脳内i-pod・サウンドトラックコーナー繁忙記
第二回
『カジノ・ロワイヤル』復権を受けて
――パチモン007サントラに愛をこめてvol.1

佐藤 洋笑

Casino Royale [Soundtrack] [from US] [Import] 2005年2月3日付けで、『ジェームズ・ボンド』シリーズ・オフィシャル・サイトに掲載されたMGMのプレス・リリースによると――

Michael G. Wilson and Barbara Broccoli, producers of the James Bond films, and MGM announced today that Martin Campbell will direct "CASINO ROYALE," the 21st film in the 007 franchise.

(適当な訳)
ジェームズ・ボンド映画のプロデューサー、マイケルG.ウィルソン、バーバラ・ブロッコリおよびMGMは、マーティン・ キャンベルがジェームズ・ボンド=007映画第21弾『CASINO ROYALE』を監督することを発表しました。

――おいおい――

『CASINO ROYALE』=『カジノ・ロワイヤル』
タイトルを聞いた瞬間にポップで能天気で愛らしい、あのテーマ曲が脳内に鳴りだす人も多いだろう。
いや、例のモンティ・ノーマン作曲、ジョン・バリー編曲のエレキのデンデケが眩しいアレじゃなくってさ。

元新聞記者で、戦時中には諜報部勤務の経験もある作家、イアン・フレミングが1953年に発表した、秘密諜報部員ジェームズ・ ボンド=007を主人公した小説第一弾であり、ハードボイルドなスパイの諜報活動の描写に、 博打での大勝負というプロットを持ち込んだ異色エスピオナージ――こそ、このタイトルの正確な形容なのだろうが、2005年現在、 このタイトルを聞いて多くの人が思い出すのは、あの怪作映画『007 カジノロワイヤル』(67)だろう。

もともと、"映画化"に向けてヤマっけたっぷりだった原作者・フレミングは、実にアバウトに自作の映画化権を売買していた。そのおかげで、 63年にイオン・プロダクションがショーン・コネリー主演の『007は殺しの番号(ドクター・ノオ=原作としては、すでに6作目)』 の製作を実現、同作のヒットでシリーズ化を開始した後も、イオン・ プロは初期の原作の映画化権獲得の最終的な調整はシリーズの製作と並行して行う有様だった。そして、 結果的に記念すべき原作第一作の映画化権を獲得することはついに叶わなかった。

その原作第一作の映画権を持っていたプロデューサー、チャールズKフェルドマンは、当初はイオン・プロの冒険譚的なつくりに対抗すべく、 シリアスな映像化を試みたが、気がつけばイオン・プロのシリーズが5作を重ねている事態に初志貫徹の理念を捨て、投げやりに豪華キャスト、 スタッフを集めて、そいつらも一蓮托生とばかりにイオン・プロのシリーズに徹底的に喧嘩を売るコメディ映画の製作を決意した。そして、 うまれたのが、金をドブに捨てて捨てて捨てまくる様のドキュメントとも言える、60年代の狂宴を見物するには最適のバカ騒ぎの記録映像 『007 カジノロワイヤル』なのだ。

――というところまでが、20世紀の映画ファンの多くの認識。しかし、99年にイオン・プロの007シリーズを配給しているMGMが、 『カジノ・ロワイヤル』の版権を所有していたコロムビア・ピクチャーズを買収したソニー・ピクチャーズと、『カジノ・ロワイヤル』 のタイトル使用と版権の獲得に向け話し合いに入ったというニュースが流れて以来――シリーズ20作目は『カジノ・ロワイヤル』か!?  タランティーノが原作に忠実に映画化!? んなことしたら、やたらスノッブな『シンナシティ・キッド』か、口数の多い『哭きの竜』 になっちまうぞ!?――など、"まさか、実現しねーだろ"という認識を背景に、色々噂は流れたが、 本家中の本家のはずが分家中の分家に昇華した微妙な立ち位置が魅力の『カジノ・ロワイヤル』に、まさかこんな日が来るとは。時代は変わるね。 また、生き延びちまった。

映画『007 カジノロワイヤル』は、90年代に、美術、衣装などのキッチュな魅力と、 60年代の流行を反映させたバブリーな空気が再評価され、オシャレな映画と認識されたようだが、いやいや、観ればベタベタ・ギャグの応酬で、 こってりと翌日の胃に悪そうなクドいネタがテンコ盛りの『ドリフの大爆笑』よろしい怪作である。出演までしてしまったジョン・ ヒューストンを始めクレジットされているだけで5人の監督(他にも数名参加しているが、名前を出すのを嫌がった模様)が整合性無視で、 自分のやりたいことだけをきっちりやって、後はトンズラという、 いったい誰が最終的にまとめたのか今もってはっきりしない闇鍋感覚の2時間半が繰り広げられる、なかなか付き合うのに体力のいる映画―― の体をなしていないアヤしく楽しい衝撃映像集――である。

見るからにヅラのジョン・ヒューストン率いる諜報部幹部連が時限爆弾で四散し、主人を失ったヅラが空高く舞いあがるイントロダクション以降、 引退した往年のスパイ、ジェームス・ボンド卿(デヴィッド・ニヴン。彼は、 フレミングがボンドの理想的なキャスティングとして示した人物の一人)が、配下の諜報部員全員にジェームス・ボンド=007のコード・ ネームを与え、表題のカジノ・ロワイヤルやらUFOが舞い降りるベルリンやらで繰り広げる乱痴気騒ぎ。 そして原作では強面の"スパイ殺し"スメルシュの貧相で小柄なボスが熱く語る、モテない男が全肯定してやまない、くっだらねー!  しかし実現したら楽しそうな野望のアレコレ――

絶望的に破綻した――いや、そもそも企画自体がカタストロフへの甘い誘惑に向かってスタートしたとしか思えないこの映画(の、ようなもの) にかろうじて一本道を引いたのが、バート・バカラックが作曲し、軽快なラテン風味のメイン・テーマを、ニッポン放送のテーマ「ビター・ スィート・サンバ」でおなじみハーブ・アルバートとティファナ・ブラスが演奏したサウンドトラック(日/Rambling Records/ PICE-5001 俺の手元にあるのは、CD化なんか考えもつかない20年近く前に購入したポルトガル・プレスのLPだったりしますが) というのは有名な話。ダスティ・スプリングフィールドが歌うロマンティックな挿入歌「恋の面影」にいたっては、 アカデミー賞の歌曲賞にもノミネートされている名バラード。この奇妙ながらも注目を集めた仕事で、 映画音楽のフィールドでは新鋭だったバカラックの名は一気に高まった。

前述のニュースに接して、久々にサントラ盤を聴き返してみると、これが楽しいこと楽しいこと。楽曲自体は、 決して笑いを誘うべく書かれた気配は無い。しかし、ハーブ・アルバートとティファナ・ブラスの演奏は、ボッサでラウンジなオサレ・モードに、 随所で吉本新喜劇か笑点かといいたくなる"ボエ~"というブラスの嘶きを添え、マヌケ美を添える。一応、アクション・ シーンを想定した楽曲のベース・ラインにもおっとりとした、それでいたキザな風情が加えられ長閑な空気を漂わせる。イイ湯加減です、全般に。

聴き終えてみると、レア・グルーヴの発掘の流れとは別のところでこのサントラ盤は愛されてきたことを改めて認識する。実際、 90年代の度重なる再発以前から、中古市場では映画以上に人気のあるサントラ盤と認知されてきたこのアルバム。全編、クールとは言いがたい、 聴き手のツッこみを許容するルーズな空気にあふれ、スタジオがパーティ会場だったのかと思いたくなるようなルーズな心地よさがあふれる。 匠の技を根底に持ちつつも、気迫もなにも感じさせないこの空気。アルコールを注入しつつ楽しむのいいけど、それ以上に、 ちょっと手間をかけて茶を入れたり、コーヒー豆を挽きたくなる――早すぎたスロー・ミュージックかもね。

しかし、本編での音楽の使い方といえば、音盤で聴く洒落た味わいとは異次元のもの。

件の「恋の面影」を金魚鉢の金魚がアンナこと、コンナことされるアイタタタな場面に流すのに始まり、 ニヴン=ボンド卿の館になぜかライオンがうろついていると思えば、"本家"007シリーズでおなじみジョン・バリーの別のヒット作 『野生のエルザ』のテーマが聴こえてきたり、ベルリンでは意味もなくバカラックの商魂を見せつけるように、彼の手がけた 『何かいいことないか子猫チャン』のテーマのプロモ場面があったりと、ポップ・マスター:バカラックの人格とセンスを疑わせるにあまりある、 しょーもない"音ギャグ"(すいません、25年以上前の増淵健先生の原稿からパクりました)の群れで、いくら金をかけようとも、 映画の志はいたって低いことを音楽面でも示す好サポートぶりを見せて――いや、聞かせてくれる。

――つーことは、バカラック、"映画に音楽を沿える"部分に関しては、手堅い仕事をしてるってことか。"本家"シリーズ以上に、『007 カジノロワイヤル』への愛に囚われ、なんだかすごく禍々しいモノに仕上がった『オースティン・パワーズ・デラックス』に盟友エルヴィス・ コステロとともに嬉々として出演し、楽曲提供している姿を見ていると彼の"お里"はこのしょーもない"音ギャグ"にあるのかもしれない。 コステロもコステロで、70年代から遠く離れた現在の作風やポジションや風貌では、いつシャーリー・バッシーやトム・ ジョーンズの流れに乗り、"本家"シリーズの主題歌のオファーがあっても不思議じゃないような気がするのに、 そんな気配が微塵もないというのは、やはり彼の"お里"も――閑話休題。

とまれ、音盤として聴いたとき/映像との合わせ技で体感したとき。それぞれ違った味わいが生まれるのが別種の媒体に刻まれた音楽の醍醐味。 その観点では、この『007 カジノロワイヤル』ほど、両者に振幅の激しい味わいを得られるものもないだろう。

ヘタに再評価を経ただけに、音楽だけを知っている、あるいは映画だけを知っている方も多いと思われる今日この頃、 せっかく両方を手にする自由があふれる供給過多の時代なのですから、一度時間を割いて、双方をじっくり味わってみて欲しいと思います。 そこで何を得るかは受け手次第なので、自己責任でよろしく勇気。

と、長々と書き記しておいて――実は『007 カジノロワイヤル』の映画にも音楽にも、私はひとつの不満を持っている。それは――下手に、 原作の権利を持っていたことや、イオン・プロのシリーズの全盛期が災いしたのであろう――"本家"シリーズへの、 あまりにもの言及のなさである。

再評価以前、"007シリーズのパロディ"と喧伝されていた『007 カジノロワイヤル』にイオン・プロ作品のファンとして接した私は、 映画に対しても音楽に対しても、そのパロディと形容するにはあまりにもの独立独歩っぷりに「なんか腰ひけてない?」 と不満たらたらだったのだ。本家の存在を感じさせる音楽や演出の存在が、速攻で裁判沙汰に発展しかねないアチラお国の状況を思えば、 多いに納得できる。しかし――これ、裁判起きるかも? ぐらいの勢いの危険な笑いが観たいのも観客の性。

――ってなわけで、次回は『007 カジノロワイヤル』ほど省みられることのない、Z級グラビア・アイドルよろしく、 咲きそびれたまま散っていった華のような007のパロディ/エピゴーネン/分家作品の群れにたおやかに寄り添う美しい音楽について、 その楽しさ/ヤバさ/エゲツなさについてつらつらと綴ってみたいと思います。 ちょうど去年の暮れにモノ好きが腰を抜かした発掘音源のリリースがあったことだし。乞うご期待。

2005/04/23/08:59 | トラックバック (1)
佐藤洋笑 ,脳内i-pod
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