Take the JAZZ Movie
(1958 / フランス / ルイ・マル)
クールな下駄職人、マイルス・デイビス

高野 雲

 私は、下駄の愛用者だ。

 仕事の時はともかく、プライベートのときは、だいたい、下駄を履いている。下駄ばかりを履いて、ぶらぶらとプランクトンのように街を徘徊するので、すぐに歯が磨り減り、だいたい1年に2足は履きつぶす。

 お金がかかる?
 そうかなぁ?

 だって、行き着けの下駄屋さんで買っている下駄は、だいたい4千円ぐらいですよ。1年に2足買っても、8千円ぐらい。
 「エイ・ビー・シー・マート」あたりで、ディスカウントの靴を買うぐらいの値段じゃないですか。
その上、下駄のほうが履いていて気持ちが良いし、健康にも良い。なにより、ヒモ靴やブーツなどと違って、履くのが面倒臭くなくて大変よろしい。

 「よし、散歩しよう!」と思い立った瞬間、下駄に足をすっと通せば、すぐにでも散歩に出かけられる。カラン・コロンと鬼太郎よろしく下駄の音をアスファルトに響かせながら、街の中を歩くのは大変気分が良い。知らず知らずに、脳のリフレッシュにもなるし、面白いアイディアが閃くことすらある。
 だから下駄は手放せないし、日本人が考えた素晴らしき歩行ツールだと思っている。

 しかし、一つ、困ったことがある。

 いや、べつに困ったことではないのかもしれないが、要するに、下駄を履くと背が高くなるのだ。下駄の歯って、思った以上に高い。下駄を履くと視界が少し変わるぐらいだから。
 その結果、電車に乗ると、出入り口のドアの天井に頭をぶつけるし、喫茶店のドアのテッペンにも頭をぶつける。これが、けっこう痛い。

 でも、それはあくまで私の不注意ゆえのことで、出入り口を通り抜ける際に、ちょこっとだけ、頭の上を意識すれば済むことだ。ボーッとさえしなければ痛い思いはしない。でも、分かっちゃいるけど、ぶつけちゃうんだよなぁ、こりゃまた。
 ま、そんなことはどうでも良いことなんだけど、皆さん、たまには下駄を履きましょう。
 ただ、階段を下るときは注意してね。前方につんのめりそうになるから。

 さて、『死刑台のエレベーター』。

 フランス映画ですね。
 計画された完全犯罪が、ちょっとしたキッカケで破綻してゆく様を、醒めたタッチで描いた秀作で、ルイ・デリュック賞という賞も受賞しています。
 個人的には、ストーリーそのものよりも、この映画全体を貫く、独特の醒めたトーンが好きですね。

 ノエル・カレフという推理小説家の作品が原作。
 これを、彼自身と、ロジェ・ニミエという新進作家の2人が共同で脚色しております。
監督は、ルイ・マル。
 なんとも覚えやすい名前の監督だが、彼が25歳のときの作品だそうで、ま、芸術に年齢は関係ないとは思うが、それでも、なかなか大人っぽいトーンを終始かもし出している映画だと思う。
 もちろん、ジャンヌ・モローやモーリス・ロネといった役者の功績も大きいし、当時の新人カメラマン、アンリ・ドカエによる、まるで"動くロバート・フランクの写真"のような"目線"も、この映画に独特な深みと緊張感を与えているということもある。

 しかし、この大人っぽく、かつミステリアスな雰囲気をさらに増長しているのは、なんといってもマイルス・デイヴィスによるサウンドトラックだろう。

 うーん、いいですねぇ、この醒めた孤独と絶望感。

 マイルスの演奏が良い感じでムードを付け加えているから、作品が、よりシリアスタッチな作風に仕上がり、2割、いや、3割増しで映画のクオリティが底上げされた。
 そう、底上げ。底上げといえば、下駄ですな。

 映画音楽の役割は、つまるところ下駄だ。
 音楽が加わるからには、作品の出来が底上げされなければならない。
 『死刑台のエレベーター』は、マイルスの音楽が無くても、素晴らしい出来の映画となったかもしれない。しかし、マイルスの音楽が加わったことによって、さらに素晴らしさの底上げがなされている。

 そういった意味では、マイルスは立派な"下駄ミュージック"を作りあげ、"下駄"としての役割をまっとうしたといえるだろう。

 マイルスと下駄。
 なんとも妙な取り合わせだが、ま、人生そんなもんだ。

 マイルスは、映像を見ながら、その場で"即興"で音をつけたという話が半ば伝説めいて語られている。
 嘘だと思う。
 いや、10歩譲って、"半分嘘だと思う"、にしておこう。

 もちろん、映像を見ながら演奏したことは事実だろう。しかし、音楽の中身が"即興で"演奏されているはずがない。
 用心深い彼のこと、あらかじめ、かなり具体的なサウンドのスケッチや骨組みを周到に準備してレコーディングに臨んだはずだ。

 それが証拠に、『死刑台のエレベーター』のサウンドトラックを注意深く聴いてみよう。
 1曲目から順番にね。
 同じ曲が何回も執拗に繰り返されますね。
 途中でカットされてしまうNGテイクを含めて、何度も聴いているうちに、すごく印象に残るフレーズがありませんか?

 そう、あれです。
 ♪ ぱぁ~やや・ぱぁ~やや、です。

 マイルスは、これにこだわっているはずです。
 それが証拠に、他のメロディは微妙に違っていても、 "ぱぁ~やや"だけは外さない。この、"ぱぁ~やや・ぱぁ~やや"は即興ではないのだ。マイルスが最初から用意していたフレーズなのだ。
 さらに、これに繋がるまでの冒頭のフレーズも若干の変化があるとはいえ、基本的には同じメロディラインだ。

 マイルスにとって、『死刑台のエレベーター』は"ぱぁ~やや"じゃなきゃダメだったのだ。だから、仮に即興で映像に合わせて吹いていたとしても、"ぱぁ~やや"だけは、決して外さなかった。

 つまるところ、『死刑台のエレベーター』は、"ぱぁ~やや"という"下駄"によって底上げされた映画なのだともいえる。

 「下駄・エレベーター・ぱぁ~やや」

 さぁ、この3つのキーワードを胸に、まだ観ていない人はレンタルビデオ屋に全速力で走ろう。
下駄を履いている人は、転ばないようにね。

(2004.12.19)

2005/04/30/06:07 | トラックバック (1)
高野雲 ,JAZZMovie
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