(2004 / 日本 / 篠原哲雄)
人工呼吸のような深呼吸映画

百恵 紳之助

 懐かしいなあ、地方バイト。筆者も何度か行ったことがある。いろんなとこからいろんな連中が集まって来て、 恋人作ったりもしてあれはなかなかに楽しいものだ。ただし学生時代とか無責任なときにやれば。そうでない人たちは筆者の経験から言えば、 この作品「深呼吸の必要」のようになんか訳ありな感じではなく、はっきり訳ありな感じの人が多いように見受けた。まあ、筆者のいたところが 「人を殺した際は確実にここに来て埋めよう」と思ったほど寂れた場所だったからかも知れないが、訳あり度は高かったような気がする。

 この映画はちょっと訳ありな感じの若者たちが沖縄でのサトウキビ狩りに集まってきて、まあ、何が解決したというわけでもないけど、 なんか吹っ切れた感じになるという物語だ。
 
 前半、ホントに連中は永遠とサトウキビを刈っている。もちろん訳ありそうな感じはあるのだが、知り合ったばかりだから会話は少ない。 ズケズケしてる奴もいれば何もしゃべらない奴もいる。マイペースな奴もいる。 なんかリーダーシップとってる奴はムカツクけどとにかくサトウキビ刈るしかない。もう絶望的なまでに刈るしかない。 この感じが抜群に良かった。最初は「おいおい、サトウキビを刈ってるだけで映画になるんかい」と否定的に観ていたのだが、 次第にこれがどこかで見た、感じた風景に思われてしかたがなくなってくるのだ。

 全然知らない者同士組まされて何かやらされることは誰にでも一度はある経験だろう。特に何を話すというわけではないが、 いっしょに過ごす時間が長ければ長いほど、いつの間にかそこには妙な仲間意識も働いたりする。筆者は、自分が経験した地方バイトではなく、 受験のために上京し、ある宿舎に三週間ほど泊まり込んだときのことをふと思い出した。そこで同室となった連中とは、 確かに重要なことはほとんど話さなかったが、(しかも筆者は甲子園に出たけど補欠だったという微妙なウソをついていた) 今日の試験どうだった?とか三号棟にウルトラ美人がいるぜとか、 ちょっと歌舞伎町ってとこに行ってみますかなんて盛り上がらない飲み会してみたりした。 みんなどこまで本当のことを喋っているのか分からないが、でも、何か通じ合えているような気がした。受験という、 できれば避けて通りたいイヤな共通の目標があったからかも知れないが、 全然知らない連中と過ごしたよく分からないあの時間はとても尊いもののように感じられたし、みんなもそう思っていた(と、思う!)。 こんな匂いが前半のサトウキビ刈りのシーンには感じられ、「ちょっと胸かきむしられちゃうなー」などと思いながら心地良く鑑賞していたのだ。

 だが、後半から突如登場人物たちが心に抱えている問題を堰を切ったように吐露し始めてしまう。こういう映画の悪いパターンだ。 いつも思うが、人物に過去があるのは当然なんだけれども、それを知ったところで映画が面白くなることはほとんどない。 それまでの妙にスリリングな空気感がぶち壊された。過去の話はしてもいいとは思うが、それがメインではないだろう。 こんなにしつこく言わなくてもいい。言葉でウソを塗り固めようとすると、今度は成宮寛貴のボールの投げ方を見た瞬間に、 「こんな投げ方では甲子園はおろか、野球をやっていたことさえありえない」なんてヤボな突っ込みの一つも入れたくなってしまうのだ。

 だからと言うわけではないが、この映画で良かったのは何の理由もなく(いや、理由あるんだろうけど語られないし、 ひょっとしたら本当にないかも知れない)ただそこにいるだけの大森南朋と香里奈だ。

 特に香里奈。初めてスクリーンでその姿を見たが、沖縄の太陽と重なってメチャクチャ眩しくてクラクラした。大森南朋に仕事を習う時「はい」 「はい」とどんな小さなことにでもイチイチ返事をしてしまう。その姿がカワイくてカワイくて発狂しそうになるくらいである。これはもう、 役の上での返事ではなく持って生まれた素直さだな、うん。などと思いつつ、とにかく観ていてすこぶる気持ちの良い女の子を好演していた。

 大森南朋も、アロハシャツを着込んだイイカゲンそうなニイチャンぷりがよく、この二人にはとても好感が持てた。 どうせならあとの連中はみんな逃げてしまって、この二人が永遠サトウキビを刈るラブ・ストーリが観たいとさえ思ったくらいだ。

 ラストシーン。残りのサトウキビを誰が刈るかでカケッコの競争をする。このこっぱずかしいシーンが筆者は大好きである。大好きではあるが、 はっきり言って映画からは浮いていた。それはこのシーンに耐えうるほどのキャラクターが、香里奈と大森南朋以外には描けなかったからだ。 他の人間はやはりウソっぽかった。でも、どうしても好きなシーンには違いない。 登場人物たちはあのサトウキビを刈った尊い時間を何らかの形で一生共有しあう思い出にしたかったのだ。 製作サイドの意図はそんなところにはないのかも知れんけど、でも、 自分が数人の仲間と経験した忘れられない時間を一生共有しあえる完璧な思い出にしたいという願望は誰にでもあるのではないだろうか? 筆者はその願望が人一倍強い。でも、それを提案するのはすさまじく恥ずかしく、勇気のいることだから結局あっさり別れてしまうのが普通だ。 いつも(そんなに多くないけど)すごく淋しい。

 この映画はその恥ずかしさを正面切って描いたと筆者は思った。だから難癖つけてもカケッコは羨ましかった。 あのカケッコに素直に感動できるような登場人物ばかりだったならば間違いなくこの映画は傑作になっていただろう。おしいのである。

 余談だがきっとあのカケッコを提案したのは香里奈が演じるひなみだ。間違いない。

(2004.6.6)

2005/04/30/19:02 | トラックバック (0)
百恵紳之助
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