今週の一本
(2004年 / アメリカ / アントワン・フークア)
ハリウッド的悪弊、ここに極まれり

仙道 勇人

 「アーサー王伝説」――この余りにも有名なケルトの伝説を、全く知らない者はいないのではないだろうか。具体的には知らなくとも、 岩に刺さった剣、エクスカリバー、魔術師マーリン、円卓の騎士といった固有名詞の一つくらいは、どこかで耳にしたことがあるはずだ。 それは後に発展しながら、多くの国々に伝播していったことと無縁ではないだろう。一国の伝説は時に騎士道の精髄として、 時に激しくも哀しい恋の物語として吟遊詩人達によって歌われ、中世騎士文学の重要なモティーフであり続けた。やがて、 ワーグナーの手によって「トリスタンとイゾルデ」や「パルシヴァル」といった形に結実したことを思えば、 この伝説の重要性は敢えて言うまでもないことだろう。トールキンの「ロード・オブ・ザ・リング」も「アーサー王伝説」 なくしてはありえなかったと断言できるくらいである。

 そうしたアーサー王伝説をほぼ忠実に映像化した作品としては、「エクスカリバー」('81)があるものの、 やはり実写ベースでこの物語を語るには当時の技術では限界があると誰もが思っていたはずだ。だが「ロード・オブ・ザ・リング」以降、 CG技術によってその限界は突破された。ブラッカイマー製作というのが気になりはしたが、筆者の期待は否が応にも高まった。だが、 筆者の一方的な期待は作品開始早々にして無惨に砕け散ることとなった。この作品が「アーサー王伝説」を描くのではなく、「アーサー王伝説」 の元となったと考えられる史劇を描くことが、いきなり宣言されてしまったからである。その時間、僅かに一分。 それは筆者にとって死刑宣告にも等しいものであった。残された119分間は殆ど拷問に近いものとなったのは言うまでもないだろう。
 ランスロット、ガラハッド、トリスタン、ガウェイン……。本の中で慣れ親しんだ円卓の騎士達の名が呼び交わされ、勇壮な姿を見れば、 どんなキャストであろうとも普通なら多少なりともワクワクするものだ。が、その名を聞く度に募る虚しさは一体どういうことなのだろうか。 洗練されすぎた甲冑、妙な体技で格闘する騎士、二刀流で戦う騎士ランスロット、謎の原住民(にしか見えないブリテン人ゲリラ)に、 肌も露わな恰好で戦場を駆けめぐるグウィネビィア……。史劇とは名ばかりで、 本当に時代考証をしているのかと疑いたくなるような漫画的デタラメさで覆い尽くされており、これが、こんなのが「アーサー王伝説」 の実像である、と宣うことなど厚顔無恥も甚だしいのではないか。この映画は、イギリス人にとって国辱に近いとすら思う。

 ここで言いたいのは、史劇として描くというアプローチが問題なのではないということだ。重要なのは、 そのアプローチを作品の中できっちり纏め上げているか否かである。その点において、この作品は余りにも杜撰としか言いようがないのだ。 問題とすべき要素を数え上げたらきりがないが、最大の問題は、 本作がローマ軍の一指揮官であるアーサーがブリテン王に担がれる過程を描いているはずなのに、「強い王を求める」 大衆の視点が欠落していることだろう。舞台となるブリテンの地政学的状況が全くと言っていいほど示されないことと相俟って、彼らがどれほど 「救世主」を求めているのかということが実感できないのである。勿論、ローマ人に奴隷同然に扱われているという紋切り型の描写はあるものの、 あくまでも特定ローマ人による例外的な事例のように描かれている為、 このエピソードをもってブリテン人の窮状を描いたとするには無理がありすぎる。また、サクソン人の侵攻に関する説明も殆どなく、 描写と言っては彼らの残忍性を強調するだけの等閑なものに過ぎない。ローマがブリテンから撤退することの意味も、 大衆が抱いていたであろうサクソン人に対する恐怖も全く無視である。恐らく、 殆どの観客はブリテン人に感情移入することはできないであろうし、アーサーがブリテン王として迎えられたということに、 なんの感慨も抱けはしないであろう。

 本作は「救国の英雄の登場と王の誕生」という物語であるはずなのに、展開される物語の力点が、ローマ軍属から自由になることを望む 「アーサー党」の苦闘という、極めて個人的なミニマムな視点であることも作品を歪める一因となっている。 その主要人物達の掘り下げもお寒い限りだ。アーサーはことある毎に「自由・自由」と呪文のように繰り返すばかりだし、 アーサー党の面々は除隊の日を夢見る、単なる気のいい兄ちゃんにしか見えない。 アーサーとグウィネビィアの恋に到っては対話すること数回で気がついたら恋に落ちている始末で、殆どキーラ・ ナイトレイの練れ場を提供する為だけに、もとい、アーサーと結婚して王妃となった女性がグウィネビィアである、 という伝説に基づいた要素を取り入れてみただけなのではないかと勘繰りたくもなる。本作の「救国の英雄の登場と王の誕生」 という大枠が最後まで見えてこないのは、こうした登場人物や各エピソードの無指向性による部分も大きい。また、 本作で唯一の取り柄と思われる戦闘シーンも、スペクタクル映画と呼ぶのは憚られるほどありふれた域を出ていない。 唯一映像的な見どころとしては、氷上の戦闘場面での描写くらいであろうか。 ブラッカイマーは奇抜な映像を最低一つは用意してくれるからまだ救いがあるようなものだが、 これで氷上の戦闘がなかったら惨憺たるものとなったに違いない。

 そもそもブラッカイマーは、「アーサー王伝説」を史劇として描くことに、どれほど本気だったのだろうか?「ロード・オブ・ザ・リング」 「ハリー・ポッター」が巻き起こした空前のファンタジー・ブームによって素材が出尽くされる中で、 最後の金脈を見つけたようなつもりだったのではないか、とすら思う。ビジネスである以上、売るためにあらゆる手段を講じるのは当然だろうが、 本作のように重要な意味と価値を有する素材を用いる場合は、素材に対する敬意だけは失って欲しくないものだ。さもなければ、 「ハリウッド映画」に対する悪評は広まるばかりだろう。

(2004.7.26)

2005/04/30/19:16 | BBS | トラックバック (2)
仙道勇人 ,今週の一本
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