(2001 / 日本 / 村本天志)
ちっぽけな魂が燃え上がる一日

膳場 岳人

 この映画の脚本を書いた百恵紳之助こと足立紳は、筆者とINTROを共に立ち上げた仲間であり、 遡れば10年以上も前に通っていた映画学校の同級生でもある。そんな男がシナリオを書いた映画を、客観的に見ることなどできるはずもない。 誉めたら誉めたで「どうせ仲間内だから誉めたんだろう」と思われるだろうし、貶せば貶すで「嫉妬しているにちがいない」 などと言われかねない。困ったことに筆者にはプロレスへの興味も知識も殆どない。 したがってこの作品について語る資格はないのかもしれないが、百恵への私信に代えて、自分なりの率直な感想を述べさせていただきたいと思う。

 厄年を迎えたちっぽけなサラリーマンが、リストラされた挙句プロレス団体を旗揚げし、ついにはリングにあがって無謀な試合に挑む物語だ。 そこに崩壊寸前の家庭の問題と、仲間である冴えないプロレスマニアたちの群像が絡む。主演の忠男を演じる田口トモロヲは、 一年間に及ぶ筋トレと13.5キロの増量でレスラー体型を作り上げたというし、物の道理に鑑みれば、 この映画のすべてはラストの試合場面の昂揚にかかっていると言っていい。他の部分に少々の瑕疵があろうとも、 スポ根映画としての落とし前をきっちりつけてくれれば結果オーライなのだ。逆に言えば、クライマックスが空疎であれば万事休すわけである。

 結論から言って、映画は途中までいささか頼りない曲線を描きながらも、最後には見事な大団円を用意して、 期待以上に客の興奮と涙とを搾り取る。劇場に明かりがついたとき、 人目を気にしなければならないくらいの夥しい落涙があったことをここに告白しておく。

 しかし、そこに至る経緯には、若干引っ掛かる点もあった。人物設定、エピソード、構成のすべてが雑然と散らかっている、 という印象が始終つきまとった。お互いに子連れの再婚であるという主人公夫婦、恋人のために親に借金を申し込む長女、パラパラに夢中の次女、 メキシコへ旅立つ息子。それに加えて、妻が通うお花教室の講師との不倫劇、前の妻や、前の夫との再会までもが挿入される。さらには、 酒場に集う男たちの小さなドラマもたくさん描かれるわけだから、煩瑣な感触があるのも当然だろう。 登場人物にはもう少し交通整理が必要だったのかもしれない。また、主人公の妻の名が「恭子」であり、 アニマル浜口の娘をパロディにした女性も「京子」という名前である。ある重要な場面で主人公が「恭子!」と叫んだとき、 一瞬どちらを呼んでいるのか分からなかった。細かいことだが、一応、気になった点として指摘しておきたい。

 会社、家庭、リング、お花教室など、さまざまな空間が登場するが、一番いきいきしているのは、飲み屋「カフェアリーナ」に集う、 うらぶれた男たちの描写である。田口トモロヲは、冒頭ではそれなりに蓄えも給料もあるサラリーマンとして登場するが、 物語が進むにつれ惨めに零落していく。足を引っ張っているのが、彼の退職金を利用してプロレス団体旗揚げをぶち上げる松尾スズキ。 胡散臭くて人間臭いダメ人間をのびのびと演じて見事というほかない。口数は少ないが、いざとなると救いの手を差し出すダフ屋の小日向文世も、 時代遅れな茶色い皮ジャンがたまらなくいい。酒場や試合の場面で、映画に活劇の匂いをふっとまとわせるのは、ラーメンズの片桐仁。 これといった個性を与えられたわけでもない彼が、くどい顔立ちを歪ませたり、伸びた髪を振り乱す時、画面にむくむくと劇的な生命感が漂う。 カウンターの向こうでグラスを磨く中川五郎が、柔軟で訳ありなマスター風情で彼ら常連客を受け止める。 名優陣が卓抜なコンビネーションでかもし出す酒場の雰囲気は、すでに一本の映画足りえており、味わい深い人情物の心地よさを感じさせる。 ところで百恵紳之助も何シーンか出演しているので要チェックだ。店が出てくるはじめの方で、頭に赤いマスクを乗っけて、 カウンターで片桐仁と飲んでいるのが奴です。

 彼らの一人ひとりは職業も世代もちがうが、プロレスが好きだという絆で結ばれている。 店内の壁に掲げられたアントニオ猪木の言葉を一緒に読み上げる場面。彼らが何かを心底信奉していることがひしひしと伝わり、 門外漢にもジーンとさせるものがある。また、人物それぞれの携帯電話の着信音が笑いのネタらしいのだが、そこが門外漢の悲しいところで、 何が可笑しいのか分からないのである。他にもその手のネタがふんだんに盛り込まれていて、場内から多くの笑いを誘っていたが、 疎外感をひしひしと感じてしまった。なんとも悔しいところだ。

 とりあえず文句みたいなことも言ってはみたが、終盤、マスクをかぶった田口トモロヲがリングに向かって寂しい通路を走り始め、 やおらその姿がスローモーションに変化した時、筆者はこみ上げる熱いものを抑えきれなかった。あの瞬間が、 ようするに活劇の醍醐味なのである。あれほど卑小な存在であった無名の男が、すべてを投げ打って取り組んだ小さなリング。 それは忠男個人のみならず、酒場に集っていた男たち全員の夢となる。それからの試合場面は、言葉にウソ偽りなく「怒涛の迫力」だ。 汗と涙が飛び散り、馬鹿馬鹿しい笑いと、戦いのパッションと、忠男という侘びしい男の、恐らくは「人生で一番燃えあがった日」が、荒っぽく、 しかし細心の注意を払って彫心される。その最高潮の場面で炸裂するラブシーン。意表をついたこの美しいラブシーンで、映画は実はこれが 「夫婦のラブストーリー」であったことを高々と宣言する。リング上には次々と物が投げ込まれるが、 それがマットで成就した愛を祝福する恵みの雨であることは言うまでもない。度を越した祝祭的な演出ぶりで、村本監督は見事に映画を盛り上げ、 身体の底から湧きあがるような感動と興奮を与えてくれた。クライマックスとは、かくあるべし!

(2004.8.21)

2005/04/30/19:21 | トラックバック (1)
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