今週の一本
(2005 / アメリカ・ハンガリー / アレクサンダー・ペイン)
ぱっとしない人生にも祝杯を

膳場 岳人

 のっけからちがう映画の話題で恐縮だが、3月25日にDVDが発売される小林政広監督の『フリック』は、 酒飲みにとってたまらない映画ではないかと思う。主人公の刑事に扮する香川照之が、劇中グラスビールをひたすら飲んでいるのである。 聞き込みのために訪れたバーに行ってだらだら飲む。ラーメン屋でも軽く一杯。車の中でも缶ビール。とにかく飲む。飽きずに飲む。飲む。 飲む。飲む。しばしば、酔った顔をのろのろと画面へ向ける。その、なんともけだるい酩酊の気分が、 くどいほど繰り返される酔いどれ顔のリフレインによって映画の隅々にまで染み渡る。もちろん、彼は飲まずにいられない、 ある痛ましい事情を抱えてはいるのだが、それとビールが美味そうに見えることとはまるで関係がない。生来の下戸である筆者も、 劇場を出た後ラーメン屋で一杯引っ掛けずにはいられなかった。この映画がR-15指定なのは、 未成年者も思わず酒瓶を手にしたくなるほどに、飲酒の魅力が濃密に描かれているからに違いない。こういう映画に接するとき、 酒が飲める人間を素直に羨ましいと思う。食欲や性欲や物欲を刺激する映画はいい映画に決まっている。

 『サイドウェイ』も、人物たちがひたすらワイングラスを舐めている映画だ。香川照之とちがい、彼らは趣味でワインを嗜むのだが、 見たところいずれ悪酔いするはめになるのは明らかだ。映画の主人公は国語教師をしながら作家を志すしがない中年男、マイルス。 彼は結婚式を一週間後に控えた親友ジャックとともに、カリフォルニアのワイナリー巡りの旅に出る。 ジャックは落ち目とは言え名前のあるテレビ俳優だし、富豪の娘を射止めて幸福の絶頂にある。 マイルスも彼の小説を出すかもしれないという出版社からの連絡を待っている状態であり、二人の旅は幸先の良いものに映る。だが、 マイルスが付添い人を務める予定のジャックの結婚式に、未練をたっぷり残して別れた女房が再婚相手と出席する旨を聞かされ、気分は暗転。 やっぱり深酒に陥る。その暗い旅路を明るく照らすのが、これまでただの女友達と思っていたバーの従業員マヤだ。

 下半身に多少お肉がついたとは言え、マヤを演じるヴァージニア・マドセンが実に魅力的だ。人生に疲れている、 だけど心の輝きまでは失っていない、そんな感じの稚気があふれる目元に、いわくいいがたい色気が漂う。 そんな女性からほんのり秋波を送られるにもかかわらず、マイルスはワインの薀蓄を垂れ流し、みっともなく酔っ払い、 元妻のことばかり気に病んで、彼女に愛想をつかされる。別れた女房はそれほどいい女なのかと疑わしくもなるが、 最後にやっと姿を現すその女性は、登場場面は短いながら、これならば思いを引き摺っても仕方ないと思わせる麗しい魅力を放っているのだ。 してみると、マイルスは見た目よりはるかに彩りのある人生を謳歌してきたわけで、なんとなく許せない気持ちになってしまう。なんせ、 マイルスを演じるのが『アメリカン・スプレンダー』のポール・ジアマッティなのだ。いかにも神経質そうなギョロ目に、薄くなった頭髪、 オタクっぽい小太り。なんでそんな男に美女が寄りつくんだ! と心中叫んでしまったのは筆者一人ではあるまい。そもそも、 彼が出版社に持ち込んでいる小説が、"ロブ・グリエ風のミステリー"などと説明されるあたりで、 彼の作家生活には絶望的な未来がたちこめるわけだが、そうしたディテールがいちいちリアルかつ可笑しいのも、この映画の魅力のひとつだ。

 マイルスの相方、ジャックは見事なまでに成長しない男である。シナリオ学校などでは「人物の成長がドラマの鍵となる」 などと教わるものだが、どんなに痛い目に遭おうとナンパに血道をあげる彼の生き様は、いっそ清々しいほどだ。 最後には報いとばかりに婚約者の指輪をなくして男泣きをしてみせるが、そんな涙は信頼できたもんじゃない。 この浅はかな人物を演じてアカデミー助演男優賞にノミネートされたトーマス・ヘイデン・チャーチは、 その大柄な体格までもがリアルにおバカである。

 微苦笑だらけの旅路は加速度的に滑稽味を加え、終盤はスラップスティックな笑いの畳み掛けになる。 彼らが乗った車がどんどん壊れていくあたりのギャグなど抱腹絶倒ものだ。イオセリアーニの『月曜日に乾杯!』 のような自由闊達さには欠けるが、中年の危機を繊細にそしてリアルに見つめた脚本の巧さもあって、どこまでも安心して見ていられる。 ちんたらと流れるイタリアン・ジャズも気持ちイイの一言。ほろ苦くどこまでも温かな演出のタッチは、 それなりの人生経験を積んだ大人の観客を必ずや魅了するだろう。ちなみに『サイドウェイ』もR-15指定。飲酒欲をそそるだけでなく、 色々と問題あるハダカが出てくるからであろうが、ガキどものいない静かな映画館で椅子に深く腰掛け、 ダメな大人たちが繰り広げる珍道中にうつつを抜かすことの喜びを、じっくり噛み締めたいものだ。

(2005.3.21)

2005/04/30/20:13 | BBS | トラックバック (1)
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