今月の注目作
(2003年 / アメリカ / アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ)
確かに人生は続いていく、けれど。

仙道 勇人

 酷く消耗させられる映画である。人の生・病・死を描いた作品であるだけでなく、それらにこびりついて離れることのない愛・憎・ 悲といった様々な、本当に様々な苦悩を見つめた作品でもあるからだ。日常に溢れた不条理を材にした作品は枚挙に暇がないが、 一つの作品にこれだけ多様な要素を包摂せしめようとする監督の姿勢と着眼点の良さには、素直に唸らされる。

 交通事故に心臓移植を組み合わせるという発想はなかなかにユニークであるが、心臓移植患者という第三の存在を物語の核に据えることで、 本作は上流・中流・下流という各階層の家族を並列に描くという極めて難度の高いことを平然とやってのけている点は特筆すべきだろう。 本作を通じて社会の全体像を描き切ってやろう、という監督なりの緻密な計算に基づいた設定であることは明らかであり、これを野心的な装置、 野心的な作品と言わずに何を野心的と呼べばよいのかわからないと言っても強ち過言ではあるまい。

 そうした監督の企図に、出演のショーン・ペン、ナオミ・ワッツ、ベネチオ・デル・トロ三人は、ひたすら誠実に応えようとしている。 虚ろな眼差しを中空に向けて佇むショーン・ペン、一瞬にして愛情の対象全てをむしり取られて錯乱するナオミ・ワッツ、 轢き逃げをして罪の意識に苛まれるベネチオ・デル・トロ。本作の最大の魅力は、やはり三人の重厚な演技にあることは間違いないだろうし、 いずれも自らに与えられた役を自分のものにした素晴らしい仕事をしているとは思う。中でもベネチオ・デル・トロは、 信仰によって生き直そうと誰よりも篤く神に対する信頼を寄せていたにもかかわらず、 神が与えてくれた信じていたその車で殺人という罪を犯してしまうという、 信仰と良心という二重の苦悩に晒される難しい役を存在感たっぷりに演じきっており、出番こそ少ないが深い印象を残す。

 ただ、本作を特徴づける時制の解体という手法は、全く奏功していないと言わざるをえないだろう。特定の人物への感情移入を敢えて排し、 時間の連続性から人物を解き放つことで何かが浮き彫りにされたと言うよりは、 寧ろ人物の姿を特定の状況に縛り付けることにしかなっていないのである。即ち、ある状況に陥った人間が示す「反応」 だけを抽出しているようにしか見えないのだ。ナオミ・ワッツなどは、 時に頬の筋肉をわなわなと震わせてみせるほどの迫真の演技を見せるのだが、 そうであればあるほどその熱演を冷めた眼差しで見つめざるをえなくなる。なぜなら解体された時制が彼らの心理に近づくことを阻むからである。

 また、本作では最初に人物の行為だけを提示して、 それに関連した状況説明を後からフラッシュバックのようにして繋ぐということがしばしば見られる。 これも状況に対する人物の反応だけを覗き見しているような感覚に拍車をかけている。例えば家族の下着の臭いを嗅ぎながら号泣するナオミ・ ワッツという場面などはその典型で、どんなにナオミ・ワッツが悲しみを熱演しようとも、単に泣いている女でしかない。後からナオミ・ ワッツが家族の脱ぎ散らかした下着類を拾い、常日頃その匂いを嗅ぎながら家事をしていたという場面が追加されることで、初めて先述のナオミ・ ワッツの演技に悲痛さが添えられる形になる。が、そのことを知った時にはもはやナオミは別の演技をしており、 我々が心情的にナオミに寄り添うことを難しくさせてしまうのだ。結果として、人物の行為に対する心理的な裏打ちが見えないがゆえに、 彼らの行動の多くには謎めいた「飛躍」を孕んだものとなってしまっているのだ。

 もちろん後から多少の類推は可能かもしれない。しかし、この種の作品において、作品のテーマではなく人物の行動を「謎解き」 するために語り合わねばならないのであれば、社会性を前面に押し出したテーマ設定など必要ないだろう。 人間像が見えてこない物語はドラマではなく、単なるパズルに過ぎないのだから。彼らの痛みも悲しみも、 これ程まで心に響いてこない作品は珍しい。

(2004.6.14)

2005/05/01/12:16 | トラックバック (1)
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