今週の一本
(2004 / アメリカ / アーシア・アルジェント)
世界の片隅で愛を叫んだ子供

膳場 岳人

 親が子供に向かって行使する様々な種類の暴力が、「ドメスティック・ヴァイオレンス」「幼児虐待」「ネグレクト」 といった言葉によって定義・分類されるとき、人は(すべてがあまりに整然としすぎている)という違和感を覚えるにもかかわらず、 何となく分かったような気になり、それらを世間一般に流通するありきたりな現象の一つとして受け入れてしまう。言葉を与えられたことで、 現象は矮小化される。子供は弱々しくいたいけな「被害者」であり、親は鬼畜にももとる「加害者」だ。その単純化された図式が意味するのは、 「悪いことは悪い」ということだ。しかしそれは便利だがあいまいな共通認識にすぎない。時に、見る者の人生を一変させてしまいかねない 「映画」という芸術形態までもが、そんな分かりきった図式を描いてよしとするお行儀のよさに収まってはいけない。悪いことは悪い、 確かにその通りなのだけれど……といった、人間心理の深淵あるいは豊穣に分け入ってこそ、 わざわざ1800円支払って映画を見る価値があるというものだ。

 映画『サラ、いつわりの祈り』は、JT・リロイが、自身の凄絶な幼少期を綴った自伝的小説を原作としている。 里親のもとで平穏に暮らしていた7歳のジェレマイアは、ある日突然、生みの親であるサラによって連れ去られてしまう。 ジェレマイアを取り戻したサラは、さりとて教育に熱を上げるでもなく、男をとっかえひっかえし、セックスと薬に溺れる毎日だ。 男の中にはジェレマイアに手をあげる者もいるが、サラはそれを止めようとはしない。ジェレマイアが男の一人にレイプされたとき、 サラは男を責めるが、それは息子に性的虐待を行ったからではない。彼が自分ではなく自分の息子に手を出したことに対する嫉妬の念だ。 かくのごとく、この物語は身勝手な淫売の母親をもったばかりに、悲惨な日々を送ることになった子供の手記めいている。しかし、 それが虐待の告発などではなく、サラという愚かな母親に対する、ねじれた、激越な、純度の高い愛情の表白になっている点に、 言葉に尽くせぬ感動と驚きがある。

 ろくでなしの母親と地獄めぐりの旅を続けるうちに、ジェレマイアはサラの真似をし始める。サラのけばけばしい下着を身に着け、 口紅を塗り、尻を振って、サラの男を誘惑する。いつしか、あばずれな母親と同一化することが、彼の熱っぽい願望となっている。 サラとジェレマイアは、余人には計り知れない不可解な絆で結ばれているのだ。そのことを、JT・リロイとアーシア・アルジェントは、 感傷のオブラートでくるむことなく、およそ即物的な筆致で描き出している。優れた文学者がみんな主張してきたとおりのことが、 このフィルムには映し込まれている。すなわち、人間とは非合理的な生き物である、ということが。

 この稀有な小説を映画化するにあたって、アーシア・アルジェントほどの適任者はいなかったのかもしれない。そもそも彼女自身、 生まれた瞬間から、異形の者として生きることを宿命づけられているアーティストだ。いったい誰が好き好んで、イタリアン・ ホラーの巨匠にして世界的変態であるダリオ・アルジェントの娘になろうとするだろうか? 主演女優に仕立てた娘をキャメラの前で裸に剥き、 レイプさせる(怪作『スタンダール・シンドローム』を見よ!)という父親の暴挙が、 アーシアの成長過程にいかなる影響を及ばしたかは定かでないが、 サラとジェレマイアの関係を違和感なく理解しているらしきそのまなざしもまた、稀有なものである。女優としても最高に魅力的な彼女の、 今後の活躍が楽しみだ。

 ところでJT・リロイは、『エレファント』の第一稿を書いている。あの映画で紅顔の美少年だったジョン・ ロビンソンが本作にも出演しており、ピーター・フォンダ扮する父親からビンタを食らって涙を流す、というシーンがあるが(ビンタは性行為だ) 、ガス・ヴァン・サントならば息詰まるほどに漂わせたであろう、濃厚なエロティシズムがまるで感じられないのが残念。 アーシアが乗り気でなかったのか、あるいはジョン・ロビンソンがあまりに早く劣化したのか――。ジョン・ロビよ、若くて美しいあいだに、 この美少年好きオヤジをもっと楽しませておくれ!

(2005.5.9)

2005/05/09/07:11 | トラックバック (3)
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