今週の一本
(2005 / 日本 / 小栗康平)
「埋もれ木」の物語批判と映像の幻惑作用

小林 泰賢(ビデオアーティスト)

 小栗監督久々の新作「埋もれ木」は、一つの町に住む様々な住人の生活や気持ちを具体的、象徴的、幻想的ないくつかのレベルで描写し、 独特の世界を作り出している。どのシークエンスも淡い中心であり、リアリズムかと思えば一部CGを用いた背景の幻想的な描写もあるが、 ほとんどのシーンは幻想ともリアルとも言えない中間の位置に立たされ続ける。その宙吊り状態に、 どこへも行き着かない苛立ちを超えた映画の存在論的な文脈を見出す事ができる。
 もちろん小栗監督の作り出した映像世界には、それだけで統一された世界観とも映像の快楽ともいえるような、 享受することの楽しみがすでに作り出されているが、そこにとどまることはこの作品の存在を矮小化することになってしまうだろう。

 映画の冒頭、少女たちは魚喃キリコの漫画を読みながら、自分たちも物語を作ろうと決める。目的もなく、 楽しみのために始められるその遊びのような創作は、読む側から作る側へと立場を変えつつも、 物語の原初的な快楽を共有していこうという彼女らのあり方によって、この映画のエモーションによる物語のあり方を端的に表している。 様々な逸話は、合目的的な結論を導く事はないが、どの逸話も物語の分解された素材である豊かな物語素で満たされることになる。
 その表現を可能にしているのは、丁寧に語られる日常のリアリズムとエモーションの映像的な表現で世界を描きながら、 ヒエラルキーの頂点に物語の中心を置くことを回避しているからだろう。

 地蔵を洗う子どもたちの行事や、紙灯篭を挙げるお祭り、埋もれ木の発見に起因する地下都市のような採掘場でのカーニヴァル。 ともすれば土着的な地方の文化を、都市生活に対するアンチテーゼとしての地方地域を描くために使われるようなこれらのエピソードは、 この映画においては冒頭の漫画の描く世界同様、どこでもないと同時にどこでもあるエモーションの世界を描く要素として機能し、 それらのイメージが一つに限定される事を巧妙に避けている。 映画が時間芸術であるために持つ忘却と記憶の機能によって映像のイメージそのものと、物語の記号的側面である物語素の連関を作り出す。

 例えば少年達の待ち合わせするコンビニエンスストア前でのCDの貸し借りに関するちょっとした会話。 夕方の光と田畑に囲まれポツリと建っているコンビニエンスストアの点灯し始めたばかりの明かり、まるでセットのように見える建物の映像。 見えるものも話されることもすべて明快でありながら、 物語のシーンとしての説明的な要素へと還元されることを拒否するようなこういったシーンの積み重ねが、 物語に慣らされすぎた観客を映像の幻惑的な魅力へと招き入れる、様々な物語素の自由な連関を可能にする。

 この映画の幻想性の高いそれらの描写を登場人物の内面世界として捉えてしまう事は、映画の矮小な理解へと向かう。それよりも、 その描写を映像メディアの大きな特性である視覚から得るリアリズムと内面世界の二重性に同時に開くことにより、 視覚芸術の幻惑性へ開いていると捉えるべきだろう。

 昭和30年代の情景を、象徴的でも具体的でもある河という場所で描いた「泥の河」の風景。 リアリズムでありながら奇妙なセットと独特の時間の流れで描かれた「死の棘」の世界。 町とその住人という広がりを持った風景そのものを描いた「埋もれ木」。小栗監督の描く風景は幻惑的な魅力を持つ。

 「埋もれ木」の物語の中心を一つに収束させない宙吊り状態は、リアリズムへ特化した映像世界の実体視への批判とも、 閉塞的で安定した幻想の世界で批評を回避することへの批判ともなりえている。 もちろん小栗監督の映像の幻惑的なものへ開かれた優れた感覚がそれを可能にしている。この幻惑性を実体視せずにおくあり方は、 それだけで映像の批評たりえている。

(2005.7.30)

 

2005/08/01/07:43 | トラックバック (16)
小林泰賢 ,今週の一本
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