今週の一本
(2005 / 日本 / 竹中直人)
オシッコから始まる愛もあるんだよ

膳場 岳人

 海辺の病院に勤める医師、佐々木正平(竹中直人)の前に、美しい女性患者、未知子(原田知世)が現れる。 彼女は重い子宮癌を患っており、治癒する見込みはほとんどない。正平は彼女の病を治すためにいつも以上に熱心に治療に取り組む。 なぜなら彼女は、正平が高校生の頃に憧れていたヒロインだったから……。という、韓流さながらの「お涙頂戴」的設定からは予想もつかない、 意外な展開をみせる恋愛映画である。それがどのように「意外」かはここでは触れないし、映画は最後にやはり臆面もない「お涙頂戴」 の結末を迎えるのだが、ラストに至るまでに幾多ものヒネリがあって、「脚本の技」について多くを教えられる映画だ。

 正平はことあるごとに「僕のこと覚えてますか?」と未知子に尋ねるが、彼女は「覚えてません」と答える。嘘をついているのではない。 本当に覚えていないのだ。だがある瞬間、彼女は彼のことを鮮明に思い出す。佐々木は「ササ菌」などというありがたくない渾名をつけられ、 女子生徒からひどく嫌われていた男なのだった。「そんな過去を思い出してほしいんじゃないと思う」。未知子は気を使って、 彼のことを覚えていないという嘘を貫く。この「気を使って嘘をつく」という優しさはどうだろう。「嘘」 というものはドラマを面白くするための定番アイテムだが、ここでの嘘はなんというか、「面白くしよう、面白くしよう」とあくせくしておらず、 人情の機微に通じた奥行きを持っている。

 その後、二人はいつしか心を通わせるようになっていく。かつて未知子は、同棲相手の男とフランスの海岸でデートをした。 尿意を催した男は波打ち際で立小便をして、未知子に「一緒にやろう」とふざけて声をかける。「できるわけない」と未知子は笑った。 その時二人は幸せだった。現在。正平と未知子は病院の近くの海岸に出向いた。やはり正平が尿意を催し、 我慢できずに波打ち際で立小便をしたとき、彼女は彼の傍らに来てパンツを下ろしてしゃがみこみ、一緒に放尿するのだ。そして言う。 「気持ちいい。くせになりそう」。その時、二人は幸せだった。しかし「幸せ」の色合いはフランスの海岸の時とはずいぶんとちがう。 戸外でのオシッコで表現される男女の気持ちの接近。これ以上はないような信頼のしるし。これほど洒落ていて、 ほのかにエロティックな愛情表現が、昨今の日本映画にあっただろうか?

 それから高校生の正平が成り行き上、未知子の家のトイレを借りざるを得なくなり、 そこのトイレで用を足しながら窓辺に茂るヤツデの葉っぱを見て、「未知子さんもいつもこれを見ながら(用を足しているのかな……)」 と呟くシーン。そのマヌケさ溢れるシーンだけでもじゅうぶんに爆笑できるのだが、ずっと後になってもう一度「ヤツデの葉っぱ」 というキーワードが出てきたとき、それは涙なしには見られない鮮烈な愛の言葉に変化を遂げているのだ。この高度な伏線の張り方はどうだろう。 『サヨナラCOLOR』は諸手を挙げて絶賛するには瑕疵が多い映画だが、その全体的な質の高さに関しては、 以上のエピソードを紹介するだけで事足りると思われる。

 脚本の馬場当は篠田正浩監督の『乾いた花』や、今村昌平監督の『復讐するは我にあり』など、 殺人者の虚無的な内面をハードなタッチで描いてきたことで知られるが、その出自は『晩春』『東京物語』『麦秋』 といった小津映画の脚本を書いた野田高悟が部長を務めていた頃の松竹脚本部戦後第一期生であり、清水宏監督の『風の中の子供』、 吉村公三郎監督の『象を食った連中』、渋谷実監督の『本日休診』といった傑作人情喜劇で知られる斎藤良輔の愛弟子である。 すなわち松竹大船調のシナリオ技法が骨の髄まで沁み込んでいる最後の世代なのだ。シネフィルを自称する者ならば、 「そんな人が現役で脚本を書いているのか!」と瞠目すべきであり、これをもって『サヨナラCOLOR』 を見なければならない義務が生ずるわけだ。しかも馬場当は大島渚や篠田正浩らいわゆる「松竹ヌーベルヴァーグ」とはまたちがった形で 「松竹大船調」に唾を吐きかけた鬼っ子。まあ『復讐するは我にあり』をご覧になった方ならば、 それがどんなに陰惨な抵抗ぶりかは説明を要しないだろう。そんな馬場当もいまや八十歳手前であり、枯淡の域に達している。 過激な表現や欝然としたニヒリズムは影を潜め、同じく松竹あがりの今村昌平が『黒い雨』から松竹大船調の緩やかなタッチに回帰した如く、 『サヨナラCOLOR』において、松竹大船調のチェーホフ的人間洞察とほのぼのしたトーンに回帰している。

 ところで、「韓流ドラマのようだ」と揶揄されがちな本作と韓流ドラマには意外な接点がある。 現在隆盛を誇る韓流ドラマのドラマツルギーに多大な影響を与えた日本映画があって、タイトルを『泥だらけの純情』(63'、中平康監督、 吉永小百合主演)という。ヤクザと深窓の令嬢との悲恋を描いた古典的メロドラマなのだが、これは韓国で『裸足の青春』 というタイトルでリメイクされて大ヒットした。それがペ・ヨンジュン主演の人気テレビシリーズ『裸足の青春』 といかなる関係があるかは不明だが、ともあれ、『裸足の青春』の元ネタとなった『泥だらけの純情』 の脚本を書いたのが馬場当その人なのである。『サヨナラCOLOR』をヒットに導く上で、 この事実をもっとおおっぴらに宣伝すべきと愚考するのだが、いかがなものだろうか。

 ヒロインを務める原田知世が素晴らしい。有体に言ってかなり理想化された女性像だが、 中盤の同窓会のシーンでふいに生身の人間らしさを曝け出して息を飲む。病の重さに怯える彼女が、 同窓生の前で感情の高ぶりとともに落涙しつつスピーチする場面は、何か特別な台詞を言っているわけでもないのに、演技そのものの力強さ、 激しさによって忘れ難い名シーンに仕上がっている。ほかに、正平に援助交際をそそのかす女子高校生役の水田芙美子に目を奪われた。 映画の主人公が女子高生と援助交際をしている設定はピンク映画以外では異例だし、 それに対する倫理的な言及が一切ないところもこの映画の面白さだが、水田芙美子の顔には「ああ、多少のお金を払ってでも、 この娘とめしを喰いたい」と思わせる不可思議な魅力がある。丸くて大きな瞳と、ぽてっとふくらんだほっぺた。若さがはちきれそうな太もも。 そんな彼女が稀に見せる笑顔はとびきりにキュート。惚れました。

(2005.8.22)

2005/08/22/18:54 | BBS | トラックバック (26)
膳場岳人 ,今週の一本
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