特集
(2004 / 南アフリカ・イギリス・イタリア / テリー・ジョージ)
過去にならないアフリカの現実を見据えて

仙道 勇人

ホテル・ルワンダ1 人類史上最悪と言われるルワンダの虐殺が発生したのは、今から12年前の1994年のことである。 この事件では、群集心理に煽られる形でごく普通の人々が虐殺に加わったことで、 事態が収束するまでの僅か100日間で80万人(国連調査)の犠牲者を出したとされる。隣人が隣人を殺戮し、 強姦していくというまさに地獄絵図が繰り広げられる中で、ベルギー系の高級ホテルに逃げ込んだ1268人は、 この未曾有の惨事を奇跡的に逃れることができたのだという。本作は、当時この高級ホテルの支配人を務めていたポール・ ルセサバギナ氏の実体験に基に、彼が如何にしてこの難局を凌いだかを描いた作品である。

 ――と、このように書くと本作がよくある「実話系感動作」と見なす向きもあるかもしれない。 確かに本作は感動的な作品だが、それは本作が実話であること以上に、「ルワンダの虐殺」 という悲劇をしっかりと見据えているからに他ならない。当時ルワンダが陥った極限状況に置かれた人間の姿を鮮やかに描き出した本作は、 外界と隔離された状況下のドラマという点でカミュの「ペスト」を髣髴させる作品に仕上がっている。

ホテル・ルワンダ2 映画は、事件前にラジオの電波に乗せて流されていた過激なアジテーションから始まる。 ルワンダの虐殺は、フツの大統領を乗せた飛行機が撃墜されたことを契機に、その怒りの捌け口をフツがツチに向けたことで発生した。 事態が暴動で済まされなかったのは、それが突発性の出来事ではなく入念な計画に基づいたものだったことがわかっている。つまり、 ラジオ放送というメディアによって、フツが抱えるツチに対する鬱憤や侮蔑心を最大限に高めた上で、 虐殺の引き金が引かれたのである。カメラはそのすぐ後に、蒼い空の下で人々が行き交う雑踏という、 アフリカのどこにでもある小都市の日常的な風景を映し出しながら、そこに不穏な空気が孕まれていたことをも正確に掬い取っている。

ホテル・ルワンダ3 この作品では、大量虐殺というテーマながら、 人々が虐殺されていく情景を直截的に描くことを極力抑えられているが、それ以前のルワンダの状況を、 ホテルという閉鎖空間を通じて描いていることが大きな特徴となっている。
 当時の人々(特にツチ)の不安はもとより、宗主国であったベルギーによるツチ・フツ間の作為的な分類という歴史、 メディアと国連部隊の存在など、ルワンダの状況を、ポールの日常生活に重ねながら見事に凝縮させているのである。 この前半部分の丁寧で分かりやすい状況描写が、事件発生後に明らかになるメディアや国連の無力さを対比的に浮き彫りにすると共に、 旧宗主国の無関心ぶりをも炙り出すのである。

 こうして本作は事件のアウトラインを緻密に提示しながら、 状況に流されるようにして緊急避難所の管理者となってしまうポールの姿を追いかけていく。注目すべきは、 このポールという人間がどこにでもいそうな家族思いな仕事人間として描かれていることだろう。フツであるポールの行動原理は、 ツチである妻と子供達の安全を確保することであり、「その他多くの避難民」の存在は基本的に二の次、三の次でしかないのだ。 このポールの一貫した行動原理の存在によって、本作は安直なヒロイズムや偽善的なモラリズムに堕すことを注意深く避けながら、 結果として一人の人間の行動の中にヒロイズムやモラリズムが顕れる瞬間を照らし出すことに成功している。

ホテル・ルワンダ5 本作はポール役のドン・チードルを筆頭に、 出演者全員が観客にハッとさせるような一瞬を投げかける印象深い演技を披露し、それぞれ素晴らしい仕事をしているが、 中でも個人的にニック・ノルティの存在を挙げたい。平和維持軍の統括責任者役であるニック・ノルティは、 いかにも彼らしい仕草で思うように動けない国連の歯痒さと苛立ち、無力感を巧みに体現しており、ドン・ チードルと共に見事な存在感を発揮している。本作は「美談」的な面が先行しがちだが、 実力のある役者陣と優れた脚本によって世界の現実を見せつけ、観る者を圧倒せずにはおかないはずだ。

 なお、物語はポールと共に1268人が保護されるところで終わるが、 ルワンダの悲劇はフツによるツチ虐殺それ自体には留まらなかったことも付言しておきたいと思う。その後、状況がある程度収束し、 政府機能が回復するのに伴って虐殺加担者の逮捕収監が始まったが、 この時虐殺に加わっていなかった者も密告という形で不当に逮捕されるといった事例が横行した結果、 虐殺加担者と加担容疑者全てが収監された刑務所は、裁判待ちの夥しい人々で殆どパンク状態に追い込まれた。その状況は、 まさに鮨詰めと呼ぶに相応しいもので、人道的配慮などとは無縁の悲惨なものとなったのである。
ホテル・ルワンダ4 虐殺だけを取り上げれば被害者はツチの人々であるが、 この事件ではその後虐殺に加担したフツの成人男子の殆どが収監されたことで、ルワンダの国力は大幅に衰退したのは明らかだろう。 その意味で、この虐殺の最大の被害者はルワンダという国家そのものと言っていい。そして、今現在、 スーダンのダルフールでもこのルワンダの虐殺に匹敵するような大量虐殺が進行している。 願わくば本作を12年前の出来事として終わらすのではなく、 本作を観た人が現在のアフリカに目を向ける契機となることを願わずにはいられない。

(2006.1.10)

2006/01/15/21:40 | トラックバック (15)
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