今週の一本
(2005 / 香港 / ウィルソン・イップ)
これを観ずしてカンフー映画ファンとは名乗らせない!

仙道 勇人

SPL1 やはりと言うべきか、当然と言うべきか。2004年の公開時に世界中の格闘アクション映画ファンを狂喜乱舞させたタイ映画「マッハ!!!!!!!」は、その後の格闘アクション映画の潮流を変えたエポックメイキングな作品であった、とつくづく思う。「マッハ!!!!!!!」以降、少なくないアクション映画が実写路線へ舵を切っていったのも、製作者の多くが「マッハ!!!!!!!」の存在を意識せざるをえなかったことを物語っていると言っていいだろう。そして、香港随一のアクション監督として知られるドニー・イェンもまた「マッハ!!!!!!!」に強く触発された一人だったようだ。いや、触発などという生易しいものではなく、彼が明らかに対抗意識をもって生み出したのが、「香港映画のリアルファイトの再建」をコンセプトにした本作「SPL 狼よ静かに死ね」なのである。

 この「香港映画のリアルファイトの再建」という使命を果たす為に、本作が香港映画のもう一つの代名詞と言える「ノワール」というフォーマットを採用したのは、ある意味で当然かもしれない。派手な銃撃戦こそないものの、香港の街に蔓延る黒社会に立ち向かっていく男達の友情と連帯感を軸に描かれた本作は、「香港ノワール」の系譜をしっかりと受け継いだ作品ともなっている。

SPL2 本作は、黒社会のドン・ポー(サモ・ハン)の逮捕に執念を燃やすチャン(サイモン・ヤム)率いる特別重犯罪捜査班の面々という構図を物語の基礎にしているが、描かれるのは善悪の境界が極端に曖昧化したノワール特有の世界である。このタフな世界を生き抜くことで結ばれた男達の固い絆を、文字通り「友情」「仲間意識」という面で捉える一方、「家族」という視点からも捉えようとしているのが面白い。特別重犯罪捜査班というチーム自体が家族的な共同体として描かれているのは勿論だが――それゆえに、チャンの後任としてやってくるマー(ドニー・イェン)は「余所者」として扱われ、捜査班の面々に新リーダーとして如何にして認められるかが物語の焦点の一つとなっている――、これに刑事個人の様々な家庭事情を重ねていくことで、人物の光と影の両面を巧みに照らし出している。本作は夜の香港を主体に描かれているが、時折挿入される海辺の砂浜の眩いイメージは、この作品を貫く光と影/陰と陽というコントラストを鮮烈なものにしていて、強い印象を残す。注目すべきは、この視点が刑事達に限らず、悪役であるポーにも及んでいるということだろう。組織犯罪を陰で操る極悪非道な男も、家族に対してはちっぽけな一人の男に過ぎないことを丁寧に掬い取っており、悪役を単なる悪役に留めない演出が心憎い。

 カンフー・アクションと「香港ノワール」の醍醐味を融合させて、ドニー・イェンが満を持して放つというだけでも注目するに十分なわけだが、本作にはもう一つ絶対に触れなければならないことがある。それは言うまでもなくデブゴンことサモ・ハンの完全復活だ。彼の盟友であるジャッキー・チェンが、昨年『香港国際警察/NEW POLICE STORY 』で香港映画に戻ってきたのは記憶に新しいが、「俺のことを忘れてもらっちゃ困るぜ」とばかりに本作で披露される彼の派手なアクションは、往年のファンには堪らないものがあるに違いない。

 何せ初の悪役である。ドニー・イェンの前に立ちはだかる最後の親玉としての存在感、迫力は巨体なだけに圧倒的だ。加えて彼の往年の姿そのままに繰り出される、巨体に似合わない敏捷なアクション!本作のラストを飾るバトルとして誰が文句などつけられようか。
 だが、実は本作におけるベストバウトはこのサモ・ハンVSドニー・イェン戦ではない。完璧に私見ではあるが、この直前に繰り広げられるドニー・イェンVSウー・ジンという前哨戦こそが本作の、そして、カンフー映画史上に残るであろう屈指の名勝負なのである。

SPL3 警棒のドニー・イェンと短刀のウー・ジンが攻守を変えながら応酬を延々と繰り広げるこの一番、互いに短い得物を使っていることから、必然的にショートレンジでの攻防になっているのだが、超高速で繰り広げられる両者の打撃がひたすら凄まじいのだ。攻撃する側もそれを受け流す側も、実力が伯仲していなければ絶対に不可能なハイレベルな技と身体能力のぶつかり合いに、誰もがスクリーンから目が離せなくなると断言してもいい。僅かなタイミングのズレが、即大怪我に結びつくであろうこの勝負の緊迫感に比肩するカンフー・アクションが、近年どれほどあっただろうか。この迫力、このスピード感……これぞまさしく近代カンフーだ!と叫びたくなるような熱すぎるバトルに、筆者が存分に酔わせて貰ったことは言うまでもない。
 そして何より、人物の動きを大きく派手にデフォルメするワイヤー・アクションとは対極に位置する、このようなショートレンジでの攻防を敢えて持ってきたところに、本作に賭けるドニー・イェンの意気込みを感じ取るのは筆者だけではあるまい。なぜなら、ショートレンジでの格闘では、基本的に誤魔化しが効かないからである。
 ワイヤー・アクションを随所に盛り込んだサモ・ハンVSドニー・イェンによる新旧対決が、ドニー・イェン流の今様カンフー・アクションを追求した答えであるならば、ドニー・イェンVSウー・ジンという新世代対決は、カンフー・アクションの限界に挑んだガチンコ勝負といったところであろう。とにかくこのドニー・イェンVSウー・ジン戦を見逃したら、カンフー映画ファンの名折れというものである。率直なところを言えば、シナリオにやや難があるのは否定できないのだが、そうした瑕疵に目を瞑ってでもこの一番を観る価値は十二分にある。カンフー映画ファン必見の一本である。

(2006.2.27)

2006/02/27/16:40 | トラックバック (3)
仙道勇人 ,今週の一本
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