今週の一本
(2006 / 日本 / 樋口真嗣)
アニメ的な、或いはお子様ランチ的な物語

仙道 勇人

 出版当時一大センセーショナルを巻き起こし、 日本のSF小説史上に燦然と輝く金字塔として知られる小松左京の「日本沈没」。1973年に映画化されたこの古典的名作を、 現在のVFX技術と科学的研究成果を踏まえてリメイクしたのが本作である。
 物語は至ってシンプルだ。日本海溝近辺の大規模な地殻変動により、日本列島が一年以内に海中に沈没するという大胆な設定の元に、国家・ 民族的なカタストロフィに直面した政府・研究者・一般市民の姿が群像劇風に描かれる。

日本沈没1 連鎖的に各地で発生する大地震、大噴火、巨大津波――VFXで再現された大規模災害シーンの数々は、 「アルマゲドン」(98)や「ディープインパクト」(98)を髣髴させ確かに圧巻である。かなり強い既視感を覚えるとはいえ、 現在の日本における最高水準の出来映えと言っていいだろう。実写に馴染んだ映像は、「タイタニック」(97)や 「グラディエーター」(00)で、細部のかなりの部分がCGで描き込まれていると知った時の感嘆に近い感覚を想起させ、 「邦画でもこのクラスのVFX処理が普通にできるようになったか」とちょっとした感慨に耽るに十分だ。
 しかし、本作においてそれ以上に評価したいのは、安易にナショナリズムを煽るだけの作品になっていない点だろう。勿論、 日本各地の名所名跡が破壊されるスペクタクルシーンは枚挙に暇がない。が、そのようにして次々と国土が崩壊していく姿を見せられても、 『祖国』というものに対する感情を些かも掻き立てられることがないのだ。
 理由は単純で、本作では民族論や国家論めいた言及はあるものの、それら以上に「住み慣れた街を離れなければならない」といった、 小市民的感情に焦点を合わせてドラマを組み立ているからである。名所名跡の破壊は『国が滅ぶ』とか『日本の歴史の終焉』 といったマクロな視点を提示するものだが、「思い出の詰まった場所が失われる」といったミクロな視点で紡がれたエピソードの方が、 より身近で共感を覚えやすいのは確かだろう。

日本沈没2 ただ、それは必ずしも良いことばかりでもない。特に本作の場合、原作にあった『ディアスポラ』 という民族的な主題(余談だが、本編で日本国民海外移住計画は『D計画』と呼称されているが、これは『ディアスポラ』 の頭文字をとったものだろう)が、完全に骨抜きにされており、作品そのものが矮小化されてしまった感があるのは否めないのだ。 しかも、本作で展開しようとしている物語のベクトルと相容れないにもかかわらず、無理に原作の主題をも取り込もうとした結果、 全てが中途半端なものになってしまっているのである。

 様々な方面から色々な制約を科せられた結果なのかもしれないが、 それにしても本作の脚本は余りにもお粗末である。年配者が自身の来歴を回顧するような場面では、 役者の力で随分と救われているところもあるが、主役の若い二人が語らう場面では、漫画も喫驚の説明台詞が安直に連発されるなど、 脚本の脆弱さが至るところで露呈しており、ドラマとしては底の浅いものに終始している。しかも、 ぐだぐだな演出と細切れの編集のトリプルコンボとあっては、メロドラマとして気持ち良く泣けるどころか、 流れそうになっていた涙も引っ込んでしまうというものである。
 いくら災害映画とは言っても、災害時の情景を遠景で描けば成立するというわけではないのだ。やはり、「パニック映画」を標榜するからには、 災害に直面した人間がさらけ出す姿をこそ丁寧に掘り下げるべきだったろう。

日本沈没3 率直に言えば、 最終的に架空兵器(爆弾)を用いて少年漫画顔負けの個人的ヒロイズムを無邪気に礼賛するのであれば、 もっと全てを脳天気に描いた方がどれだけましだったか、と思わずにはいられない。
 そんな個人的な活躍に物語を帰着させるのであれば、未曾有の災害が発生した時に政府はどのように動くのか、 人々の生活はどのようになるのか、といった大局的なリアル・シミュレーション要素などは全てうっちゃって、 どこまでも漫画的に荒唐無稽な物語に徹してくれた方がもっと素直に楽しむことができただろう。

 樋口監督は前作「ローレライ」(05)でも顕著だったが、 「アニメ的イマジネーションを実写映画に取り込みたい」という強烈な思いがあるのだろう。そうした志向そのものを否定するつもりはないし、 寧ろどんどんやってみればいいとすら思うが、しかし、そのためには「ローレライ」 のように物語全体を支えるくらいの大きな基本設定が必要であることを理解すべきだ。SF映画であろうとも、 現実ベースの物語に某人気アニメで登場した架空兵器を何食わぬ顔で登場させるなど、絶対にあってはならないのである。
 このアニメ的手法と映画的手法の差異を意識して、明確な線引きを引くことができなければ、 今後も本作と同様の轍を踏み続けることになるに違いない。

(2006.7.18)

(C)2006 映画「日本沈没」製作委員会

2006/07/18/10:52 | トラックバック (0)
仙道勇人 ,今週の一本
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