今週の一本
(2006 / アメリカ / ブレット・ラトナー)
その"選択"は正しかったのか?

仙道 勇人

 遺伝子の突然変異によって発現した超人的特殊能力のせいで、 人々から忌み嫌われ人間社会から迫害されてきた「ミュータント」たち。彼らミュータントと人間の、 そして思想の違いによって対立するミュータント同士の激しい闘争を描いた、大人気アメコミシリーズ「X-MEN」 の劇場版の第三弾が公開された。
 今作では、これまで監督を務めていたブライアン・シンガーに代わって、「ラッシュアワー」(98)、「ラッシュアワー2」(01)、 「レッド・ドラゴン」(02)、「ダイヤモンド・イン・パラダイス」(04)といった作品で、 ジャンルを問わず手堅い手腕を披露してきたブレット・ラトナーが担当している。前作までの伏線を活用・回収しながら、 主要キャラ達と今作初登場の原作人気キャラ達それぞれに適度な見せ場を用意した上で、 ド派手なスペクタクルシーンとテンポの良いアクションシーンで卒なくまとめ上げているという点で、彼の起用は概ね成功と言っていい。 誰が観ても殆どの人が適度に楽しむことができるであろう本作は、エンターテイメント作として実に無難な―― 良作と呼んでいい作品に仕上がっている。

 第一弾では「進化した超人類」ミュータントが地上を支配すべきと主張するマグニート(イアン・ マッケラン)と「人類との共存」を主張するチャールズ・エグゼビア(パトリック・ スチュワート)教授率いるX-MENのミュータント同士の戦いが描かれ、 第二弾では偏見や嫌悪といったミュータントと人類の間の確執が描かれた。第三弾となる本作では、 アメリカ政府にミュータント省が作られるなど人類とミュータントとの共存が進む中、ミュータントを「普通の人間」に戻す「キュア」 と呼ばれる新薬を巡って、再びマグニートと一戦を交えるX-MENの活躍が描かれている。

 この新薬「キュア」がミュータント弾圧の嚆矢であるとして、「キュア」の流通・ 生産を阻止せんと暗躍するマグニートが物語を牽引していくわけだが、本作が今一つ決定的な盛り上がりに欠けるのは、 やはりX-MENとマグニートの対立軸が余り明確になっていないことだろう。
 マグニート自身は、「キュア」はミュータントに仇なすものとして一貫した態度を貫いているのに対し、X-MEN側は(「キュア」 の効果に一人激しく揺れるキャラがいるが、これはミュータント社会の揺らぎを表す為のサブサブプロットにすぎない)、ストーム(ハル・ ベリー)の「ミュータントは治すようなものではない」という台詞が端的に示しているように、「キュア」 による人間化という選択は端から眼中にないもののように描かれている。このため、物語そのものは「キュア」 を巡って進行しているにもかかわらず、肝心の主人公サイドの「キュア」に対するスタンスが見えないというねじれが生じているのである。
 これに前作のラストで死んだかと思われていたが、別人格のフェニックスとして復活し、マグニート側に寝返ったジーン(ファムケ・ ヤンセン)に対するウルヴァリン(ヒュー・ジャックマン)の思いというサブプロットが絡んでくることで、「キュア」 という物語装置の効果が更に弱まってしまっているのだ。

 それでも本作がそれほどちぐはぐな印象を与えないのは、物語の底流に確固としたテーマが据えられているからに他ならない。冒頭で、チャールズ・エグゼビアが若いミュータント達に「力の行使とそれに伴う倫理」に関して講義する場面があるが、実はこの命題こそが本作のテーマそのものなのである。
 目的のために手段を選ばないマグニートの行動は、現実世界で吹き荒れているテロリズムそのものを視野に収めているし、「キュア」の開発成功と同時に対ミュータント兵器を開発し、それまでの経緯を無視したかのようにミュータントの鎮圧に一方的に突き進むアメリカ大統領の一連の行動は、言うまでもなくアフガニスタン侵攻からイラク戦争へと一気に突き進んだブッシュ大統領の行動を踏まえているのは明らかだろう。
 また、想像を絶する超パワーを持ってしまったジーンの去就や、彼女を助けようと奮闘するウルヴァリンの決断、そして特殊能力を放棄して、普通の人間として生きようと望むミュータント達など、本作を注意深く見渡せば、構成する全てのエピソードが「力の行使とそれに伴う倫理」という命題の変奏であることに気がつくはずだ。今回の「X-MEN」は、行動を支える倫理の重要性を問いかける物語なのである。

 本作が惜しいのは、そうした骨の太い構図が見えるだけで、そこから殆ど踏み込めていないことだろう。 また、こうした社会的な問題意識を盛り込むことに捕らわれたせいか、前作に見られた繊細なキャラクター描写は殆ど排除され、 単に見せ場とアクションだけで繋いだ紙芝居のような作品になってしまっているのも、前作のファンとしてはやや物足りなさを覚えた。 これは監督の資質の差としか言いようがないものなのだろうが、やはりブライアン・シンガーの撮った「X-MEN」 が観たかったと思わずにはいられなかった。
 それでも、本作でこれまで以上に見せ場が用意されていたイアン・マッケランの確かな存在感を存分に堪能できたので、 個人的にはよしとしておこう。

 なお本作エンドロールの後に、筆者を絶句させた特典映像が収められている。 これから劇場に足を運ぼうと考えている人は、最後の最後まで席を立たないように!

(2006.9.11)

2006/09/11/19:21 | トラックバック (0)
仙道勇人 ,今週の一本
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