今週の一本
(2006 / 日本 / 小林要)
アオイ春の、賑やかなグラフティ―

百恵 紳之助

 地方都市で冴えない高校生活を送り、将来について悩んだ挙句、何らかの目標を見出して上京の意志を固める――。それが映画監督や小説家といった「ものつくり」の人種ならば、自分史におけるこのエポックを「作品」として描きたいものだろう。本作は川上健一の小説『四月になれば彼女は』に、映画の作り手たちが各々の思いを仮託して作り上げた、ストレートな青春映画である。

 あまり偏差値の高そうにない工業高校を卒業し、地元工務店への就職が決まっている主人公の沢木(内田朝陽)は、将来を嘱望されたピッチャーでありながら、肩を痛めて野球への道を挫折した。寸断された夢に折り合いをつけられないまま、彼は社会人になる前の一日を過ごしている。そこへ、高校時代からの遺恨を抱えた不良との諍いや、童貞卒業のチャンス、ベトナムへと赴く米軍兵との友情、恋といった諸問題が次々と降りかかり、「卒業」と「就職」に挟まれた長い一日を賑やかに彩ってゆく。

 いわば王道とも言うべき青春映画のフォーマットを、細かなエピソードの連なりと朗らかな笑いで彩色している。物語は起伏とメリハリに乏しいが、語り口自体は冗漫に陥ることもなく、ひたすら軽快だ。根底に明るい精神が脈打つ世界は、世代や男女の差を越えた幅広い層にアピールするだろう。

 とは言え、作中もっとも重要な場面は、主人公が童貞を喪失するべく、仲間たちと町の暗がりへ足を踏み入れるエピソードにある。主人公は怪しげな男が居座るスナックに乗り込み、そこのママ(速見今日子!)を通じ、安アパートで待機する売春婦のもとへ向かう。待っていた女は聞き慣れぬ標準語を操り、生活の疲れをへばりつかせた顔には殴られた痕跡がある。「夢」として機能していた東京の暗部が思いがけず晒される瞬間である。

 翳りのない楽天性をベースとしたタッチの中、この場面のほの暗さはとりわけ印象深い。殺風景な部屋の佇まい。女が身につけた安っぽいシュミーズ。その日、ほかに客を取っていたであろう女の、艶を失った髪の毛。ここでの顛末は予想の域を超えるものではないが、主人公がその後に突入するかもしれない「暗い春」の予感を湛えて、最後まで重い余韻を引き摺る。

 欠点と言うべきは、やはり予算不足からくる映像の貧しさだ。公衆電話や乗用車が、稀に往時の空気を慎ましくアピールするが、取って付けた感は否めない。『アメリカン・グラフティ』(ジョージ・ルーカス監督)におけるチャールズ・マーティン・スミスに大胆なオマージュを捧げたいでたちの坂田真が、まるでひと気のない商店街でナンパに励む描写など、予算不足の悲しみが顕著で痛々しい。

 そうした弱みを補ってあまりあるのが、若々しい配役である。主人公の内田朝陽は爽やかな主人公を元気いっぱいに演じている。ブレのない演技で一本の映画を背負った力量はさすがである。だが「童貞」の暗さ・生々しさ・臭さ・必死さが彼自身の持ち味には皆無で、これはいただけない。また、高校球児のはずなのに髪の毛を伸ばしたままでマウンドに立つのにも首を傾げた。映画に主演するということは、肉体を映画に捧げつくすことだと思うがどうだろう。それが無理ならば、せめて「意地でも髪を切らなかった野球部員」という設定くらいは作るべきだったと思う。

 主人公と対立し、やがて奇妙な友情を結ぶこといなる大口兼悟は、突出して、良い。絵に描いたような「不良少年」だが、回想シーンにおける乱闘場面の顔のアップなど、切れ味鋭い表情に魅力が詰まっている。主人公が思いを寄せる可憐なヒロインを阪田瑞穂が務めているが、素朴さと初々しさの控えめな表現に味があった。その他、若い出演陣の溌剌とした演技はいずれも好ましく、映画に若々しい活力を漲らせている。

 高橋ひとみ扮する主人公の母親が、息子の手に通帳を握らせる場面でもっとも涙腺が緩んだりするのは、トシとしか言いようがないですな。

(2006.10.30)

2006/10/31/09:59 | BBS | トラックバック (0)
膳場岳人 ,今週の一本
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