(2006 / 香港 / アンドリュー・ラウ)
「脱悲劇」の企てと失敗

仙道 勇人

(ネタバレの可能性あり!)
傷だらけの男たち1 香港ノワールの金字塔として今なお多くの人々を魅了し続ける「インファナル・アフェア」。その製作チームが再結集して作られた本作は、観る者の記憶と理解力に挑戦するかのように物語の構成要素が複雑に組み合わさった複合ミステリだ。重要人物の顔と名前の区別がしにくいという予想外のトラップはあるものの、スタイリッシュな映像と小気味よい演出で最後まで見せ切ってしまうのは「インファナル・チーム」の面目躍如といったところだろう。

 ヘイ(トニー・レオン)とポン(金城武)は刑事として上司と部下の関係だったが、三年前に恋人が自殺したことを機にポンは警察を辞職、今はアル中の私立探偵として細々と暮らしている。対するヘイは富豪の一人娘スクツァン(シュー・ジンレイ)と幸せな新婚生活を送り、我が世の春を謳歌していた。そんな中、スクツァンの父親と執事が何者かによって惨殺、金品が強奪される事件が起こる。すぐに犯人と見られる二人組が死体で発見、事件は仲間割れとして処理される。しかし、この警察発表に納得できないスクツァンは、警察外部の人間であるポンに事件の捜査を依頼するのだが……。

傷だらけの男たち2 というのが本作の粗筋で、公式サイトでも探偵・金城武が事件の真相究明に挑むクライム・サスペンスという面が強調されている。しかし、本作は通常のミステリのように犯人捜しを中心にした作品ではない。と言うのも誰が観てもすぐにわかるように、本作では予めトニー・レオンが真犯人であることを描いた上で、金城武がその犯行の動機に迫る筋立てになっているからだ。
  これはコロンボや古畑任三郎でお馴染みの「倒叙」と呼ばれるミステリの手法の一つであるが、本作では更に完全犯罪を遂行したはずのトニー・レオンを脅かす「謎の人物」が関わってくることで、探偵が事件の真相を解き明かすミステリだけでなく、犯人が「謎の人物」の正体に迫っていくミステリが絡み合いながら進んでいく。先に本作を「複合ミステリ」と述べた所以である。

 この二つのプロットを単純に並行処理するのではなく、微妙な形でリンクさせてサスペンスを醸成・持続させているのが本作の特徴となっているが、もう一つの特徴として細かいカット割で圧縮された高密度の情報挿入が挙げられる。謎を解くヒントや真相に繋がりそうな情報、人物が何かに気がついたことを示唆するカットなど、後々の展開に繋がる情報がちりばめられており、かなり綿密に計算されている様子が窺える。
  ただ、畳み掛けるように挿入されているためにどうしても見逃しやすく、伏線としての効果は極めて限定的になってしまっている面があるのも事実だろう。この為、本作の最大の見所である「トニー・レオンの犯行動機」が明らかにされても――例えそれがどんなに哀しいものだったとしても――余り胸に響いてこない。

 いや、実は最後に明らかにされるトニー・レオンの真実と、彼が送ってきた悲劇的人生に思いを馳せたくなる一瞬はちゃんとあるのだ。しかし、その直後に挿入されるエピローグが作品の全てを台無しにしており、余韻に浸るような気分どころではなくなってしまうのである。率直に言って、浜崎あゆみの歌謡曲が流されるエンドロールというのもあんまりと言えばあんまりな仕様なのだが、本作の身も蓋もないエピローグはそうした大人の事情による仕様以前の問題としか言いようがないものだろう。

傷だらけの男たち3 勿論、本作の根底には「愛する者を突然失った人間の彷徨」というテーマがあり、トニー・レオンと金城武の生き様を対比させることで、「破滅」と「再生」という異なる二つの帰結を描き出そうとしたことはよくわかる。実際、金城武が恋人の自殺によって転落した時には、トニー・レオンは富豪の娘との新婚生活という絶頂を迎えていたように、この二人の構図に陰陽的な関係をもたせているのは明瞭だ。が、些かこうした構図に頼りすぎて、描くべきエピソードが等閑になってしまったきらいがあるのは否めないだろう。
  そもそも金城武の抱えていた問題と物語の主軸となっているトニー・レオンの真実は、噛み合っていそうでいて全く噛み合っていない。単に新しい恋人ができました、酒の減量が進んでいます、自殺の真相がわかりました、全部新恋人のおかげです、といった圧縮された情報を断続的に挿入して「再生」を匂わせたところで、対比されるトニー・レオンの「破滅」の前ではどうにも表層的な印象が拭えないし、何よりトニー・レオンに与えられた悲劇性を反転させるほどの力を発揮しようがないのである。

 本作が悲劇を乗り越えようとしてものの見事に失敗しているのは、「再生」「癒し」「赦し」といった耳障りのよいテーマに安易になびいた結果としか言いようがないが、果たして本作にあって悲劇を乗り越えようとすることにどれほどの意味があったのか、疑問は大いに残る。「再生」「癒し」「赦し」などというものは、悲劇を凝視する眼差しなしには空疎でしかないからだ。本来悲劇であるべき物語を、悲劇として完結させえなかったことこそが、本作の最大にして唯一の計算ミスだろう。

(2007.7.11)

傷だらけの男たち 2006年 香港
監督:アンドリュー・ラウ,アラン・マック
脚本:フェリックス・チョン,アラン・マック
撮影監督:アンドリュー・ラウ,ライ・イウファイ
出演:トニー・レオン,金城武,スー・チー,シュー・ジンレイ,チャップマン・トー,
ユエ・ホア,ヴィンセント・ワン,エミー・ウォン 他
公式
(C)2006 Media Asia Films (BVI) Ltd. All Rights Reserved.

7月7日(土)よりみゆき座ほかにて全国ロードショー

2007/07/11/07:38 | トラックバック (5)
仙道勇人 ,「き」行作品 ,今週の一本
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