(2007 / 日本・中国 / チャン・イーバイ)
あえて言おう、「カスである」と。

仙道 勇人

夜の上海1 独特の存在感と艶のある演技で、日本の俳優の中でも特異な位置を占める本木雅弘。「スパイ・ゾルゲ」(03)以来、実に4年ぶりとなる彼のスクリーン復帰作で、お相手がキュートなルックスで中華圏では屈指の人気を誇るヴィッキー・チャオとくれば、ファンならずとも俄然注目したくなる一作だろう。

 本作は、上海音楽祭での大仕事を無事終えて下町をぶらついていたところを、リンシー(ヴィッキー・チャオ)の運転するタクシーに撥ねられてしまったカリスマメイクアップアーティスト水島(本木雅弘)が、彼女に夜の上海を引きずり回されながら少しずつ気持ちを通い合わせていく模様を描いたスラップスティックなラブ・コメディである。
  「女タクシードライバーの憂鬱」というと、ジャームッシュの傑作オムニバス「ナイト・オン・ザ・プラネット」(91)のウィノナ・ライダーを即座に思い出すし、異国で出会った男女が行動を共にするうちに惹かれ合う……といったら、公式ページでは「旅恋」と称して「ローマの休日」(53)、「ノッティングヒルの恋人」(99)、「ラブ・アクチュアリー」(03)が引かれているが、寧ろ個人的にはイーサン・ホーク×ジュリー・デルピーによるヨーロッパ的瀟洒な情緒溢れる"お散歩ムービー"「恋人までの距離」(95)辺りを真っ先に思い出す。

 が、はっきり言うと、本作はシチュエーションこそ似せている面があるとはいえ、上記の作品のどれにも程遠い。もし本作に上記の作品のニュアンスや雰囲気を期待している人がいるなら、そして、上記のような作品を愛してやまないのであれば、本作はスルーしておいた方が無難だろう。なぜなら、本作ほど「チグハグ」という言葉が相応しい作品はなく、その余りの統一感のなさに自主映画か悪夢でも観ているような錯覚すら覚えるに違いないからである。

夜の上海2 とにかく本作は脚本の出来が悪い、悪すぎる。日本人の水島と中国人のリンシーによる、言葉が通じない者同士による異文化コミュニケーションが本作のメインプロットであることは既に述べたが、単純に両者による「旅先でのアヴァンチュール」を描いているわけではなく、本作は二人の交流を軸にして全部で4つのサブプロット(エピソード数としては都合6つ)が同時に展開される。「ラブ・アクチュアリー」を挙げていることから、製作サイドの思惑としては、同一時間軸における複数のエピソードをザッピング的に描くことで群像劇をやってるつもりのようなのだが、群像劇どころかサブプロットがメインプロットのインターミッションにすらなっていない有り様なのだ。
  これは単純に、メインプロットを形成するエピソードとサブプロットのエピソード群の"質"が余りにも違いすぎて、木に竹を接いだようなアンバランスな、整合性が著しく欠けたいびつな構成になってるからである。

 また、サブプロットに関しては、脚本だけでなく役者の方にも問題が多い。竹中直人に彼の定番芸とも言える「おふざけキャラ」をやらせたり、彼の持ちネタをスクリーン上で延々とやらせるのは、正直言って食傷気味ではあるけれど、これは竹中直人に罪はないだろう。寧ろ彼のパフォーマンスは、西田尚美と塚本高史の前ではベストアクトとすら呼びたくなるくらいだ。それ程までにこの二人には演技力というものが欠落している。
  なんと言えばいいだろう。アニメのアテレコに初挑戦したタレントが、台詞棒読みで作品を台無しにすることがよくあるが、それを三次元の演技で見せられた、とでも言うべきか。単に台本を暗誦しているだけのようにしか聞こえない台詞廻し、殆ど変化が感じられない表情、不自然でわざとらしい挙措などなど、スクリーン一杯に繰り広げられる学芸会以下の演技の数々に何度言葉を失ったことか……。
夜の上海3  特にこの二人のエピソードは詰めが異様に甘く、水島の辣腕秘書で、私的パートナーでもある美帆(西田尚美)を口説くために、上海まで追いかけてきた龍一(塚本高史)の恋の行方、などという噴飯ものの設定であるため、脚本の非現実さを役者側で埋めなければドラマが成り立たないという難しい役どころだ。それなのに脚本の穴を塞ぐどころか、思いっ切り広げられてしまっては、本木もヴィッキー・チャオも浮かばれないだろう。
  これに限らず、本作のサブプロットを構成していたエピソードの中で、描く必然性があったものが果たして一つでもあっただろうか?オーソドックスに本木とヴィッキー・チャオの交流だけを、腰を落ち着けて描いた方がよっぽど見応えのある作品になっただろうに。

 かくして、キャラクターの言動やシチュエーションの作り方、ドラマの組み立て、的を絞り切れていない場当たり的な演出など、メインプロットとサブプロットの間にある余りにも大きなギャップに、最後まで違和感を拭えぬまま終劇とあいなってしまうのだが、エンドロールに記されていた脚本担当欄を見て、本作のチグハグさの理由の一端が判明する。驚いたことに本作には脚本担当者が4人もいたのである。
  勿論、日中双方のエピソードを組むために、日本人と中国人の脚本家が必要なのは理解できるが、それにしてもこの作品に4人は明らかに多すぎる。メインプロットとサブプロットにギャップがあるのは、脚本を分担するだけして、恐らくは脚本家同士の連携をまともにとらず、最後に編集で無理矢理一つの作品に落とし込んだからだろう。個々のシーンに脚本家としての実力差がそのまま出てしまっているわけだ。

 筆者は封切りと同時に自腹を切って鑑賞してきたので敢えて書かせてもらうが、本作はとても全国公開していいレベルの作品ではない。本木とヴィッキー・チャオの絡みはそれなりに魅力的だっただけに、主演の力の及ばないところで作品がガタガタになってしまうのは、彼らにとっても本当に不幸としか言いようがない。そもそも、こんな低レベルな作品でどれだけの観客を満足させられると考えているのだろうか。1800円という安くない料金を払った観客を無視したような作品を平気で垂れ流し始めたたら、「邦画はクソ」と揶揄され見放されていた時代にすぐ逆戻りすることになるだろう。

 あの邦画暗黒時代は、過去と呼べるほど昔の話でないことを忘れてはならない。

(2007.9.25)

夜の上海 2007年 日本・中国
監督:チャン・イーバイ 脚本:高燕,山村祐二,張一白,高真由子
出演:本木雅弘,ヴィッキー・チャオ(趙薇),西田尚美,塚本高史,ディラン・クォ(郭品超),
和田聰宏,サム・リー(李燦森),大塚シノブ,竹中直人 他
(C)2007 the Longest Night in Shanghai FILM VENTURER
公式

9月22日より、東劇ほか全国ロードショー

2007/09/25/19:28 | トラックバック (2)
仙道勇人 ,今週の一本 ,「よ」行作品
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『夜の上海』 E 京の昼寝〜♪

□作品オフィシャルサイト 「夜の上海」□監督・脚本 チャン・イーバイ □キャスト 本木雅弘、ヴィッキー・チャオ、西田尚美、塚本高史、竹中直人、サム・リー、...

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