ATG映画大特集
( 2007年11月3日(土)よりシネマート六本木にて開催 )
映画×音楽の過激なディスカッション――その舞台装置=ATG

佐藤 洋笑

田園に死す『田園に死す』(C)1974 ATG ATGの諸作品をカテゴライズするのは困難、というより無意味だと思います。当初、海外の意欲的な作品の配給に始まり、俗に言う“一千万映画”の制作を遂行し、数多の名作を放ってきたATG。そこには、まだ“各社のカラー”というものが色濃く残っていた邦画界の一種の煮凝とも思える作品群が並んでいる――ように後追いもいいところのオレには思えます。特に岡本喜八監督の『肉弾』(68)、今回の上映には含まれていませんが、中島貞夫監督の『鉄砲玉の美学』(73)あたりは、各々“東宝!”“東映!”で培ってきた感性&精神の大爆発だと思います。そして、その爆発ぶりゆえに各社からハミ出た感性の受け皿としてATGが機能した――のではないでしょうか。そこに当初はATGの選定委員の一人だったという松本俊夫、ATGの牙城でもあった街“新宿”で独自の活動を続けてきた「天井桟敷」の寺山修司、「紅テント」の唐十郎ら、後の言葉で言うインディペンデントな作風の作家や、テレビ畑の実相寺昭雄らも参加し、まさに混沌の坩堝と化したATGの映画群。そうした作品達に寄り添った音楽も、まさに混沌の一言。大御所たちの異色作からいわゆるロックな若手から、時には監督や出演者の自演まで、“映画音楽”として、考えられる限りのカードが出揃った印象があります。

 今回の特集で上映される作品を中心に、ざっと“聴き所”を追っかけていきたく思います。

津軽じょんがら節『津軽じょんがら節』(C)1973 ATG 前述の『肉弾』では東宝節炸裂の洒脱な佐藤勝、『心中天網島』(69)では武満徹、松本俊夫の『薔薇の葬列』(69)には現代&電子音楽の巨匠・湯浅譲二ら大御所たちが存分に腕を振るいました。『竜馬暗殺』(74)、『祭りの準備』(75)の松村禎三も、武満、林光らとともに“ATGならではの格調高さ”を音楽で演出した一人でしょう。こうしたビッグ・ネームのさらに良質な部分を抽出したかのような趣が初期のATGの音楽にはあります。洒脱なトーンの市川崑の『股旅』(73 音楽:久里子亭&浅見久雄)、日本のクロード・ルルーシュ=斉藤耕一の『津軽じょんがら節』(73 音楽:白川軍八郎、高橋竹山、若美家五郎、大瀬清美、海童道)というのも、その人選からして監督の趣味が丸出しという感じで、イロンナ意味での感銘がほのぼのと湧き上がります。で、久里子亭ってたしか市川某のペンネームだったと思うんですが…まあ、いいか。こうしたノリを後々まで忘れなかったのが『廃市』(84)の大林宣彦センセなんでしょうな。

 そして若松孝二のピンク映画の隆盛、日活ロマンポルノの勃興とシンクロするように『天使の恍惚』(71)の山下洋輔トリオ、『あらかじめ失われた恋人たちよ』(71)の成毛滋と先鋭的なジャズ、ニューロックのアーティストたちの参入がなされ、音楽と映像の過激なディスカッションとでも呼びたくなる強烈な作品群が飛び出します。唐十郎の監督作『任侠外伝 玄界灘』(76)では俳優でもある安保由夫が音楽を手がけていますが、このスタイルも若松プロの諸作品と合い通じるものを感じさせ、“時代のキブン”を強烈に感じさせます。

天使の恍惚『天使の恍惚』(C)1972 ATG なかでも、後の世代にも大いに影響を与えたのが、JAシーザーをはじめとする寺山修司系人脈でしょう。『書を捨てよ町へ出よう』(71)では下田逸郎、柳田博義(=柳田ヒロ)、クニ河内、荒木一郎らも交えて、往時の“新宿”の持っていた空気=日本各地より集ったアウトサイダーたちの濃密な生活感と心情がフィルムに焼き付けられることで、こうしたアングラ文化が局地的なモノから一歩踏み出したことは間違いないでしょう。その濃密なテイストは『田園に死す』(74)経て、寺山の遺作『さらば箱舟』(84)まで、脈々と息づいていきます。「天井桟敷」の初期メンバーであり、寺山の秘書的存在の田中未知(「時には母のない子のように」の作曲者)も『サード』(77)という印象的な一編を手がけています。また、映画とはあくまでも別個の作品として天井桟敷が企画した『初恋:地獄篇』(68)のLPレコードは、後の角川映画的タイアップとは一味違った異文化交流の大いなる遺産として興味深い仕上がりです。

 こうしたアングラ色濃い時代を経て、彗星のように現れたのが『青春の殺人者』(75)のゴダイゴ。根深いマニアックなミュージシャンシップを持ちながらも“芸能界”の波間を波乱含みで渡ってきたミッキー吉野の才気が爆発したポップなロックと、長谷川和彦の“親殺し”なるヘヴィな題材を瑞々しく描ききった奇跡的な映像が焼き付けられた“映画×ロック”フィルムは現在も伝説的に語り継がれています。アングラ的だった日本のロックと、新世代の映像感覚のファースト・コンタクトがここでなされ、一気に世間に浮上したと言っても過言ではありますまい。数多のショーケン映画ですでに足場を築いていた元スパイダース井上尭之も『遠雷』(81)への登板で、80年代のより研ぎ澄まされた井上節の端緒を聴かせてくれます。ジャズ畑の人脈としては『ガキ帝国』(81)を手がけた、即興音楽のパイオニア・山本公成の仕事が聴き逃せません。

曽根崎心中『曽根崎心中』(C)1978 ATG そして、日本のロックと歌謡曲の新局面を体で切り開いてきた宇崎竜童は
『曽根崎心中』(78)にてATGに合流。増村保造の情念の世界に感化されたか、自身のソロ・デヴュー・アルバム『R.U.Debut』ともシンクロした『TATOO<刺青>あり』(82)に主演兼音担当楽として登板。男を上げまくり、まさに“映画×ロック”な感性を大衆レベルに頒布したのです。なお、ダウンタウン・ブギウギ・バンドで竜童の片腕として活躍し、“ファイティング化”への推進力となるなど、彼の過激な側面を大いに開花させたメンバーの千野秀一は『ヒポクラテスたち』(80)の音楽を手がけ、後にこちら方面でも大いに活躍することとなります。そして竜童とは別のルートから“映画×ロック”を具現した、自らもロックの現場に身を投じる映画監督・石井聰亙が快作『逆噴射家族』(84)を盟友ルースターズの面々も参加した“1984”の音楽を背景にモノにしたあたりが、こうした“映画×ロック”テイストの頂点だったのかも知れません。

 1983年に登場した『家族ゲーム』は、こうした映像と音楽の融合がハイレベルで実現した時代に斜めから挑戦するように、あざといほどに音楽を排除した映画として登場しました。主演・松田優作はじめ、由紀さおり、戸川純ら音楽ともゆかりの深い人物をそろえながらも、いざお母さんの思い出のレコードに針を落とせばサイレントの世界。同時期のテレビ版『家族ゲーム』は長渕剛の主演作として彼の主題歌が大々的にフィーチャーされたつくりであり、また監督の森田芳光が翌年に手がけたのが「読んでから見て、見てから聴いて」の角川タイアップ商法大爆発の『メイン・テーマ』だったことを思えば、相当に鋭い皮肉であったろうと四半世紀を過ぎた今でも感じさせます。

 かように、何でも通しの豪放磊落なマージャンよろしく、様々なアプローチで“音楽”と向き合ってきたATGの映画の群れ。そこにはどんな形であれ、時代と拮抗する作者達の気概と主張が満ちています。

 そうした“濃い目”のテイスト溢れる映画と音楽の群れが黒人のポン引きや、オバチャンにぶん殴られてるホストの溢れる化石のようなマッドシティ・ロッポンギのど真ん中に投入される――。まさに気の遠い、時限装置のような今回の特集上映。スノッブでナウでヤングな明日を夢見るニィチャンやネェチャンのハートに、届け、届けよ、この想い――。

 今回の特集、大いに期待しつつ、その成果を勇気有る態度で見つめていきたいと存じます。

(2007.10.29)

2007/10/31/16:12 | BBS | トラックバック (0)
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