話題作チェック

LINE

( 2008 / 日本 / 小谷忠典 )
「映す」ことで「視る」

佐野 亨

LINE1誕生以来、つねに技術革新をつづけてきた映画は、今日、その視覚体験の多様性において、行き着くところまで来ているといってよいだろう。
800人強のスタッフがつくりあげた3D効果が全篇を支配する『アバター』と、デジタルビデオを用いてたった一人の人間が撮りあげた映像とが、同じ映画作品として市場に共存する。これは、考えるだに驚異的な事態である。
だが、一見多様に見えるそれらの映画群は、「観る」あるいは「視る」という行為の実践において、まったく同価値のものであることも忘れてはならない。
映画というメディアの真に感動的なところは、『アバター』で驚異的な映像世界を体験した観客が、その何万分の一の規模(予算)で製作された作品に対して、なんら遜色ない映画的興奮を見いだすことができる、という点である。
そこには、技術的、バジェット的な差異はあっても、映画を「観る」という行為にかかわる本質的な差異はない。

小谷忠典の『LINE』は、そんな私たち観客の主体のありかたを、再確認させてくれる映画だ。
本作は、いちおうドキュメンタリー映画の形態をよそおっている。
ドキュメンタリーのキャメラ・アイは、その発現当初から、しばしば作り手の「視線」そのものであると考えられてきた(じつは、そうとも限らないところに、ドキュメンタリーの形而上学的面白さがあるのだが、ここではその議論はひとまず措く)。
LINE2「対象者」とよばれる被写体は、他者の「視線」にさらされ、ときにおののき、怒り、自身をいつわる。つまり、平常心ではいられなくなる、ということがしばしば事実を記録する(はずの)ドキュメンタリーの「役割」を阻害する、と懸念されてきた。
しかし、事実とはあくまで多義的なものであり、また客観的に複数の解釈が成り立つ以上、そうした懸念はあまりにも短絡的ではないか、という議論は、たとえば「ドキュメンタリーは嘘をつく」の森達也などが、繰り返し提起していることだ。
では、翻って、「視線」の主であるところの作り手にとって、映像を撮る、映すという行為は、どのような意味をもつのだろうか。

一見してわかるように、小谷はいま、複数の問題を抱えている。アルコール依存症の父親との生活、そして、子持ちの女性との結婚にまつわる不安。いずれも、小谷にとっては、すでに日常化された現実であり、ゆえにこの問題は、一朝一夕に片付くものではない。
とすれば、自分にできることは、まず「映す」ことではないのか、と小谷は、デジタルビデオキャメラをまわしはじめる。
ここで、さらに重要なことは、小谷がこれまでフィルムによる映像製作をつづけてきた、という事実である。
フィルムに慣れ親しんだ人間が、デジタルビデオキャメラを持つには、かなり意識的な「転換」が必要とされる。小谷が映し出す日常が、漫然と日常を追っているだけのように見えて、じつはきわめてシビアに映すもの、映さざるものを峻別しているように感じられるのも、彼のその意識的な「転換」と無縁ではないだろう。

LINE3やがて、小谷の「視線」は、沖縄コザの娼婦たちへと向けられる(この二つの風景をつなぐ「視線」の跳躍=“LINE”の止揚の瞬間は、なかなかにあざやかである)。
ここでも、彼は、眼前の娼婦たちを、ただ、じっと映し出す。
ときにインタビューらしきものを試みてはいるが、それは結果的にうまくいっていない。ましてや小谷は、(そのイケメンにもかかわらず!)娼婦の執拗な仄めかしに応じる気配すら見せないのだから。
先に述べたようなドキュメンタリーの「役割」を重んじる観客は、そうした点(「ただ映している」)をとらえて、本作を批判するかもしれない。
しかし、小谷がおこなっていることは、ただ「映す」ことによって「視る」主体を確立することであり、観客がなすべきもまた、ただ「観る」ことではないだろうか。
娼婦たちの内面の傷を「観る(診る)」ことは、小谷にも、私たちにも、できはしない。私たちにできるのは、彼女たちの体に残された傷あとを「観る」ことだけなのだ。
そして、それこそが、観客がどんな映画に対しても、平等に行使することのできる唯一の特権であろう。

(2010.5.17)

LINE 2008年 日本
監督・撮影・編集:小谷忠典
製作:sorairo film 宣伝:スリーピン 配給:ノンデライコ
公式

5月22日(土)より、ポレポレ東中野にてレイトショーほか全国順次公開

2010/05/21/13:06 | トラックバック (0)
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