今週の一本

華麗なるアリバイ

( 2008 / フランス / パスカル・ボニゼール )
フランス式パッケージで味わうミステリー映画

鎌田 絢也

『華麗なるアリバイ』1恋愛ミステリー『華麗なるアリバイ』は、”ミステリーの女王”と謳われ、その作品の数々は、聖書とシェイクスピアの次に多く読まれていると言われる作家、アガサ・クリスティの『ホロー荘の殺人』の映画化である。男と女の複雑な心理、恋愛模様の機微を描いたその小説は、ミステリーとしてはもちろん、恋愛小説としても高く評価されている。殺人と恋愛の駆け引き……愛と憎しみ、嫉妬や羨望が交錯する人間関係は、ミステリーのテーマをふくよかに内包した世界観である。
「男と女の背後には、誰にも触れられぬ秘密がある。」
と書いて、尾崎豊の『I LOVE YOU』の一節を思い出した。尾崎は「若すぎる二人の愛には、触れられぬ秘密がある」と歌ったが、これが殺人事件にまで事が過ぎてしまうと、穏やかに甘美な感傷へ浸っているわけにはいかない。そこには人間の欲望が渦巻くミステリーの深淵がある。

事件は、のどかで美しい風景が広がるフランスの小さな村の大邸宅で、9人の男女がひと夏のパーティを過ごしていた最中で起きる。ホストはこの邸宅に住む上院議員夫妻。ゲストに招かれたのは、医師夫妻に彫刻家、作家に女優といった上流階級の男女で、それぞれが親戚や友人同士といったごく親しい間柄であった。殺されたのは精神科医のピエール(ランベール・ウィルソン)。非常に優秀な医師であったが、女性たちには危険な魅力を振りまいて、このパーティにも彼と関係を持った女性が集まっていたのだった。一発の銃声と女性の悲鳴が悲劇の幕開けを告げる。現場のプールサイドには、銃を手に放心状態でいるピエールの妻クレール(アンヌ・コンシニ)の姿があった。すぐさま警察に連行されるクレールであったが、聴取の結果は彼女の供述どおり、現場に一歩早く駆け寄り銃を拾っただけだったとして、無実が証明される。真犯人はいったい誰なのか?犯行の動機は?事件の真相は闇の中、パーティに集まった人々は互いに疑念を深めていく。そして第2の悲劇が訪れる――。

『華麗なるアリバイ』2ミステリーというジャンルには、事件の解明対象を、犯人、犯行方法、動機のどれに求めるかという一般的な分類がある。本作『華麗なるアリバイ』を、この例に倣って分類するとなれば、いわゆる本格推理ものの王道であり、古典的なフーダニット(犯人は誰?)型であるといえる。本来このタイプは、登場人物の複雑に入り組んだ関係性が劇的構造上の妙となるため、鑑賞者の推理を喚起する繊細な情報提供を必要とするものだ。しかし、本作で焦点となっているのは、推理劇に仕立てられた犯人探しという事件解決よりも、不穏な恋愛に取り巻かれた人間たちの空虚な関係性についてであった。そうした人間関係の機微を浮き彫りにするために、本作では小説版ではなく、ポアロが登場しない戯曲版の設定が採用されている。これはアガサ・クリスティの本懐に基づくものであり、彼女の真意を汲むために必要なミステリー映画のドラマツルギー上の伏線づくりやフェアな情報提供の用意など、本作には推理劇の要請にしかと応える配慮がなされている。そして、その基盤の上で、殺人事件といった重々しくなりがちなテーマを扱いながらも、敢えてハイキー照明によって明るさを調えた演劇的な空間を構築したことが、会話の妙によって炙り出される人間ドラマそのものに観客の意識を向けさせることに繋がっている。

本作『華麗なるアリバイ』は、フランス人監督・脚本家のパスカル・ボニゼールによるフランス映画として、舞台を原作のイギリスから現代のフランスへと移植した軽妙な空気感が、映画のパッケージとしての趣を際立たせて巧妙である。ここで注目したいのはパスカル・ボニゼール監督の“しつらえの感覚”による映画デザインの志向性である。そして、そこにはフランス映画の伝統的な詩情が裏打ちされており、フランス式ミステリー映画としての回答という成果が生まれているのである。
まずは原作選びという点において、アガサ・クリスティの数多ある作品群の中から、推理劇に重きを置かないミステリーという異例のケースを取り上げたことは、この物語が、登場人物の”感情のうごめき”によって展開されるドラマを志向していることの証左と言える。本作の着想のポイントは、そのウィットに包まれた人物描写や、空虚な関係性を渡り歩く人物相関から生まれるアンニュイなムードに、誘惑的なミステリーを呼ぶエスプリを嗅ぎ取ったことに他ならない。そのエスプリの体現は、サスペンスやショックといった常套手段によらない心理ミステリーの画策にあらわれている。周到な仕掛けはまず、舞台を晴れがましいフランスに移動させたことが挙げられる。これによって人物の感情を白日の下に晒して語るというアンチミステリー的な設定を組み込み、アンバランスの妙を生み出しているのだ。さらに、そうした設定による心理劇を、現代フランス映画界を代表する俳優陣によって演劇的な空間として構築したのは、観客に物思わしげな憶測を招くためのねらいであったと考えられる。こうしてボニゼール式ミステリーである本作に、フランス映画の洗練されたニュアンスを湛えるに至っているのだ。
『華麗なるアリバイ』3小説、映画ともに、ミステリーというジャンル規定は、創造物のエンターテイメント性を標榜するしつらえである。また、パスカル・ボニゼール監督が、カイエ・デュ・シネマ出身の明晰なヒッチコック読みであったことは、本作をことさら表層的な作劇をもって整えていることの意味を明確にしている。たとえば登場人物の個性を職業という象徴的な側面においてモデル化することで、ヒッチコック直系の建築的な映画術が披露され、物語の外にある意味を創造的に読解する楽しみを与えることを企図している。
そうした点では、人物描写を中心に据えた心理劇でありながら、登場人物の中の誰かに感情移入して真に迫る哀感を認めることができるとか、恋愛の駆け引きにおける眼差しの行方にセクシュアリティの煩悶を読み解くといった抒情やエロスの高揚は皆無である。
率直なところ、この『華麗なるアリバイ』を人間ドラマとして観た場合、その構成はみごとなものとはいえず、決して良い出来ではない。しかしながら、そうした欠点を含みながらなお、本作はミステリーとして範例的な作品なのである。それは、ミステリーを語る上で必要な素材である舞台、人物、道具、行動などの典型を、象徴的な事物として配置することで寓意を生み出す“語りのシステム”による効果と、濃密と軽薄の間で右往左往しているかのように見える空虚な人間たちの生活を、“虚飾”として佇ませるシニカルなデザインワークに成功しているためだ。

よくミステリー映画はパズルにたとえられる。またパズルの醍醐味とは論理的な考察をもとに試行を繰り返す遊戯性にある。本作は、あらかじめフェアに用意されるべき推理素材というピースの生成が、人物の職業、容姿、出自の描き分けによる確度の高さで謎解きの興が叶えられている。そしてさらに、その謎解きの着地に生まれる座り心地の悪さをアイロニーとして語る話術のエスプリが、実にフランス的な映画デザインで謳われているところに面白みがあるのだ。ミステリー映画は話術を楽しむエンターテイメントである。それゆえに話者であるお国柄は否が応にも滲み出るものである。トリュフォー後期の軽快なミステリー然り、オゾンのミュージカルミステリー然り。ミステリーを心理の綾から描くフランスの伝統は、現代映画の潮流として今なお健在である。

(2010.5.8)

華麗なるアリバイ 2008年 フランス
監督:パスカル・ボニゼール 原作:アガサ・クリスティー「ホロー荘の殺人」ハヤカワ文庫
出演:ミュウ=ミュウ,ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ,アンヌ・コンシニ,ランベール・ウィルソン
提供:ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム
2008年/フランス/93分 原題:LE GRAND ALIBI 英題:THE GREAT ALIBI
(c)2008-SBS FILMS-MEDUSA FILM

7月17日(土)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

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2010/06/26/14:09 | BBS | トラックバック (1)
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