映画祭情報&レポート
第11回東京フィルメックスレポート1
2人の男

夏目 深雪

第11回を迎えた東京フィルメックスは、カンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを受賞した『ブンミおじさんの森』をオープニング作品に選び、非常にフィルメックスらしいスタートを切った。何度もフィルメックスの会場に登場している監督のアピチャッポン・ウィーラセタクンは審査員も務め、クロージング作品はイ・チャンドン監督の『詩』、審査員の中には中国のニン・イン監督の姿も見え、フィルメックスがその地道な歩みの中で培ってきた映画人脈がまたこの晩秋の祭典にて確かな成果を上げるであろうことが想像できた。特別招待作品にはこれもフィルメックスではお馴染みのジャ・ジャンクー監督の『海上伝奇』、ワン・ビン監督の初の劇映画である『溝』、すでに巨匠としての評価を確立しているアッバス・キアロスタミ監督の『トスカーナの贋作』など見応えのある作品が並び、特集上映ではイスラエルの巨匠アモス・ギタイの作品が上映された。

『密告者』 ダンテ・ラム監督 コンペティション作品

『密告者』フィルメックスでは必ず香港映画が一本は上映され、毎回満席に近い賑わいを見せる。今年の香港映画はジョニー・トーほどまだその名が浸透していないが、近年旺盛に質の高いクライム・アクションを発表しているダンテ・ラム監督の新作である。ダンテ・ラム監督は『証人』(2008)がプチョン国際ファンタスティック映画際で監督賞を受賞、『火龍』(2010)もトロント映画祭で上映されるなど、世界的にも確固たる存在感を示してきている。
『密告者』はその名の通り、警察への密告者・ガイと、ガイを利用して強盗団のボスを逮捕しようとする犯罪情報局の捜査官ドン、2人の男を描く。と書くとどうしてもハリウッドリメイクもされたヒット作、『インファナル・アフェア』シリーズを思い出す。このシリーズでは、潜入捜査官として犯罪組織に入り込む男と、犯罪組織から警察に潜入する男の2人が対比的に描かれていた。いつ潜入がバレるかとヒヤヒヤするサスペンスと、2人の運命的、性格的な対比が見事であり、苛烈でスタイリッシュなアクション、あくまでもクールな結末も相俟って香港ノワールの存在感を世界に知らしめた作品である。しかし『密告者』では、2人の運命の対比というよりはむしろ、密告者ガイを利用しようとしているドンが、ガイに引っ張られていってしまう姿を描く。
ガイは出所したばかりだが犯罪組織に捕えられ売春させられている妹を助け出すために大金が必要で、やむなく密告者としてドンに協力するようになる。ドンは、以前に利用した別の密告者が犯罪組織に素性がバレて廃人同然にされてしまい、そのことにより心理的な負い目を持っている。そんな2人であるから、『インファナル・アフェア』のように明確なコントラストやジョニー・トー映画のような強い男同士の絆があるわけではない。この映画が抜きん出ているのは、ドンと元妻とのいきさつや、ガイが強盗団のボスの女と関係ができていく辺りの描写など、2人を、というよりはむしろ2人を取り巻く人間ドラマの部分である。ガイを疑う強盗団のメンバーがガイとドンの密会現場に踏み込んだ時の、ドンの機転の利いた応対など小技も利いているし、逃走シーンのいかにも香港らしい狭くゴチャゴチャとした路地や、ラストの凄惨なアクションの舞台となる廃校など、舞台設定も秀逸である。2人の心理や性格が深いところまで描けていて、周りの人間とのドラマもきちんと成立しているので、ラストの凄惨なアクションが、単なるエンターティンメント・アクションではなく、殴打は鈍い痛みとなって観客を突き刺すし、噴き出る血は観客の眼球にべったりと貼りつくようだ。
そして、表面的にはクールに接しながらも常にガイの身を案じていたドンが、自ら壊れながら一体何を成し遂げるのか。国家権力の側にいるドンと、使い捨ての駒に過ぎないガイの間に常に存在していた溝を、ドンがどのように乗り越えようとするのか。2人の男の対比でもなく、男同士の絆を描くのでもなく、2人の男が付き合っていくうちに変化してしまうもの、憑依してしまうもの、人間の情や良心の問題を深く突き詰めることによって、香港映画の新たなフィールドを感じさせる傑作となっている作品である。

『トーマス、マオ』 チュウ・ウェン監督 コンペティション作品

『トーマス、マオ』監督のチュウ・ウェンは中国現代文学の最も重要な作家の一人として数多くの作品を発表している作家でもある。デビュー作『海鮮』(2001、日本では第1回アジア海洋映画祭で上映)は自殺を考えている娼婦を主人公にした85分の小品ながら、ヴェネチア映画祭で審査員特別賞、ナント三大陸映画祭で監督賞を受賞した。彼女を娼婦だと見抜いた警官が絡んでくるあたりから予測のつかない展開が加速し、余白を残したラストが余韻を残す佳品である。2作目『雲の南へ』(2004)は雲南地方に旅する中年男が思わぬ出来事に遭遇する話で、この作品も観客の想像を少しずつ裏切りながら展開する傑作で、第5回東京フィルメックスで上映され好評を博した。
最新作の『トーマス、マオ』は内モンゴルの草原を舞台に、西洋人の旅行者トーマスと安宿を経営するマオの奇妙な交流を描く作品。2人の男——英語しか話さないトーマスと中国語しか話せないマオは、話が通じず、噛みあわない会話が笑いを呼ぶ。共通言語がないというだけで、2人の男の間には常に誤解が、時には突発的な暴力が生じ、観客は何が起きるのか分からないその自由な空間にいつの間にか身を委ねる。この映画には共通言語がないだけでなく脈絡もなく、突然黒装束の美女と白装束の美男がカンフーで華麗な決闘を始めたり、UFOが現れたりする。この辺りになると観客ももう理解しようとするのを止め、ただ次に起きる出来事、その映画的体験を無心に楽しむようになる。まるで理解しないことを楽しみはじめたようなトーマスとマオに同化したかのように。意味から解き放たれた空間で2人の男はたゆたう。2人の間には言語の壁、西洋と東洋の断絶が存在しているにも関わらず、映画の冒頭で引用された故事「荘子が蝶になった夢を見ているのか? それとも蝶が荘子になった夢を見ているのか?」のように、夢が現実に、現実が夢に入れ替わり、その空間をともにした2人の男の間にはいつの間にか友情が生まれている。トーマスが旅立ってしまう時、マオは悔しさからトーマスに銃を向ける——その次の瞬間、マオは西洋の服に身を包んだ画家になっていて、傍らにはトーマスを描いた絵、そしてトーマスがそれを見守っている。今度は言語が通じるようになっている二人はたわいないことを語り合う。
西洋人と東洋人の交流を、ある意味荒唐無稽とも言える自由さの中で描いたこの作品が、何故これほどまでに観客に感銘を与えるのであろう。異言語の齟齬、異文化の衝突は決して現在も目新しいことではないからであろうか。噛み合わない会話からちょっとした暴力に発展する序盤のシーンは非常に隠喩的で、だからこそ上半身裸で草原を転げまわっていたマオが現代風の画家となってトーマスを描いている姿がじんわりとした感動を生む。その姿には中国という国の姿も重ねられているのだろうか。2人の男は異文化の軋轢、夢と現実の境界を乗り越える可能性を体現している。美男美女のカンフー、トーマスの姿を描いた絵の艶かしさを反芻しながら、観客にはこの摩訶不思議な映画の様々な倍音のような余韻に浸る快楽が与えられる。

『トーマス、マオ』チュウ・ウェン監督&ジン・ズーさん
チュウ・ウェン監督&ジン・ズーさん
Q&Aにはチュウ・ウェン監督と奥様でカンフーの美女を演じた女優のジン・ズーさんがまず登壇し挨拶。その後、監督を中心にQ&Aが行われた。トーマスとマオは実在の人物であり、トーマスは上海万博ルクセンブルグ館の館長を務める外交官で、マオは映画のラストと同じようにトーマスをモデルとした連作を発表している画家である。監督は2人との付き合いがもう十年来のものであることをまず説明した。特に彼らが協力関係を始めてから5~6年経った頃、監督は彼らの関係に強い感銘を受け、彼らにはどんな物語があるのか、その疑問が映画の起点だったという。観客から、「UFOや宇宙人が登場するが、着想はどこから?」との質問が上がると、監督は「映画製作の場において、空間や時間の制限は設けない」と答えた。2人で夜、星を眺めながら、一人が宇宙人のことを、もう一人が雪のことを話す噛み合わない会話をするシーンがある。そこまで脚本を書いた時、宇宙人を登場させたい、雪を降らせたいと思ったそう。
また、出てくる美しい湖が印象的あるが、これは当初湖南省で撮影を予定していたが、観光開発が進んでいたので、内モンゴルに撮影場所を変更した。そこには湖がなかったため、川を堰き止めて人工的に作った湖であることを明かし、観客を驚かせた。最後にカンフーシーンが登場した理由について聞かれると、「この映画では“言語が違うと通じ合うことができないのか?”ということを問うている。カンフーは身体による言語であり、立ち回りによって愛と憎しみを表現している」と答えた。

『ふゆの獣』 内田伸輝監督 コンペティション部門最優秀作品賞受賞

『ふゆの獣』監督は日本インディペンデント映画の雄、内田伸輝監督。長編デビュー作のドキュメンタリー映画『えてがみ』(2002)がPFFで審査員特別賞、香港国際映画祭でもスペシャル・メンションとして表彰された。初の長編劇映画『かざあな』(2007)もPFFで審査員特別賞を受賞し、バンクーバー映画祭ドラゴン&タイガー・コンペティション部門で上映された。
長編3作目に当たる『ふゆの獣』は同じ職場で働く4人の男女の行き詰る4角関係とでもいうものを臨場感溢れる手持ちカメラで追った恋愛劇。ユカコは恋人のシゲヒサの浮気を疑っている。ノボルはサエコに告白するが、サエコはシゲヒサが好きで、実は2人は何度も密会を繰り返していた。精神不安定になり倒れたユカコを介抱したのはノボルであり、2人は親密な時を過ごす。そして、4人はひょんなことからシゲヒサの家に集合する…。4人を均等に描いているわけではなく、一応の主人公はユカコと思われるが、口紅のついたビール缶などの浮気の証拠を片付けもせず、作り話でユカコに「とりあえず」合鍵を返させようとするなど、不実きわまりないシゲヒサを盲目的に愛しているユカコに感情移入することは難しい。サエコも本気でシゲヒサを好きなのかどうか、むしろ何か勘違いをしている女のように見え、そんなサエコを好きなノボルも当然のことながら愚かに見える。どの人物も賢くは見えず、必死に合鍵を渡すのを拒むユカコ、サエコにふられて意気消沈するシゲヒサ。サエコとシゲヒサの関係に気付いたノボルが、ユカコをシゲヒサのところに連れてって、事をはっきりさせようとする際の、ユカコの必死の抵抗、叫びなど、恋愛の負のスパイラルを冷徹に、至近距離から描写するカメラワークにより、特に前半部分は観ているのがつらく、息苦しく感じられるような感じもあった。
それは、映画自体がこの4人とどのような距離を置いているのかよく分からない不安感が原因でもある。人が人を好きになるのは仕方がないが、不実な男や、不実な男を見切れない愚かな女や、浮気によって優越感を抱いているような女と、映画はどのように折り合いをつけるのだろう。その疑問はシゲヒサの家で解決する。そう、2人の男の対決として。
サエコとの浮気の現場をユカコによって押さえられたシゲヒサだが、修羅場の最中ノボルが訪ねてき、ある秘密を暴露することによって、シゲヒサに奇妙な変化が訪れる。そしてその変化に化学反応を起こすように、ノボルも驚くべき行動に出、観客を驚かせる。2人の男の狂気の噴出、そのリアリティがこの映画をよくある自主映画らしい自閉性を突き抜ける。噴出した暴力性、そのまま4人の森への疾走へと繋がる終盤は、長いトンネルを抜けて見えた景色のように観客を原始の感動のようなものへ誘う。息の長い演出と鬼気迫る俳優の演技が、恋愛という不思議な現象を通してそれぞれの登場人物の心の姿をヴィヴィッドに映し出し、そのアンサンブルが稀有な映画的瞬間を生み出している傑作である。

『ふゆの獣』左から内田伸輝監督、高木広介さん、加藤めぐみさん、佐藤博行さん、前川桃子さん
左から内田伸輝監督、高木広介さん、加藤めぐみさん、
佐藤博行さん、前川桃子さん
Q&Aには内田伸輝監督と4人を演じた加藤めぐみさん、佐藤博行さん、高木広介さん、前川桃子さんが登壇。この作品は登場人物がこの4人のみで、スタッフも3人という少人数で撮影した。この映画の設定を思いついたきっかけは、「飲み屋で恋愛談義を聞いたりしていると、傍から見るとやばいんじゃないの?と思うようなことでも本人は盲目だったりする。そんなところを描く作品を作りたかった」とのこと。前作の『かざあな』もラブストーリーだったが「恋愛を通して様々なことを表現できたらと思っている」と監督。最後に4人が行くのが森である理由に関する質問には、「森に入ることによって別の力、運命的なものが入ると思った」と答えた。それぞれのキャラクターについて監督は何%くらい共感できるのか?という質問には「全員に対して50%くらい。分からない部分も含めての演出だった」とのこと。その質問に関連して、俳優陣に「俳優側にある程度役作りが任せられていたのか」という質問と、「それぞれの役柄と自身は似ているのか、違うのか」という質問をしてみた。ノボル役の高木さんが「結構似てるかも…」と笑いを取ると、ユカコ役の加藤さんは役と自分は全然違うと答えた。役作りについては、俳優には監督からA4の背景などを書いた紙を渡され、それをお互いは知らなかったそう。シゲヒサ役の佐藤さんも自分と役は全く違うとのこと。「この映画には、共演者みんなで本物の恋愛を映画にする気持ちで臨んだ。一ヶ月前から4人で連絡を取り合って関係性を作り上げていった」と話した。サエコ役の前川さんは「この映画には脚本がなく、設定とプロットだけ。セリフはアドリブだった。実際に恋愛でダメージを受けたような感覚が残って、つらかった」と激しい演技合戦をくぐり抜けた俳優ならではのリアルな感想を話した。

(2010.12.12)

レポート1レポート2

第11回東京フィルメックス (2010/11/20~28) 公式
『密告者』 ( ダンテ・ラム監督 / 中国 / 2010 / 77分 )
『トーマス、マオ』 ( チュウ・ウェン監督 / 香港 / 2010 / 112分 )
『ふゆの獣』 ( 内田伸輝監督/ 日本/ 2010年/ 92分 )

2010/12/14/12:09 | BBS | トラックバック (0)
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