ソハの地下水道/アグニェシュカ・ホランド監督

アグニェシュカ・ホランド (映画監督)

映画「ソハの地下水道」について

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2012年 9月22日(土)より、TOHOシネマズ シャンテ ほか全国にて順次公開

1943年のポーランド、ルヴフ。下水修理工のソハは、コソ泥を繰り返しては隅々まで知り尽くした地下水道に盗品を隠し、3人家族の生計を立てていた。ある日、ナチスの迫害を逃れるため地下への脱出口を掘るユダヤ人たちと遭遇したソハは、彼らのカネに目を付け、地下の安全な場所に匿って見返りを搾り取ろうと思い付く……。およそヒーローらしからぬ男が、やがて自分の身の危険も顧みず赤の他人を救うため奔走していく姿を描いた『地下水道のソハ』は実話を基にする物語だ。フィクション以上に驚きのある市井の人の真実のドラマに心を動かされたアグニェシュカ・ホランド監督は、地下の暗さや臭気、人々の生々しく矛盾にも満ちた行動を長回しを多用してじっくり描き、言語や衣装にもリアリティを追求して説得力ある力作を作り上げた。来日したホランド監督に映画について語っていただいたところ、やはり並々ならぬこだわりが伺えた。(取材:深谷直子

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アグニェシュカ・ホランド監督2――この映画の面白さは地下を描いていることにもあると思います。足元で人が生活しているという世界、地上と地下を自由に行き来する人がいる世界というのは驚きに満ちたものですし、資料を読むと、美術スタッフが地下水道のリサーチをしていて地下の世界に惹かれていったということも書かれていました。地下を描くのは映画として冒険的で魅力的なことだと思うのですが、地下に込めたかったより深い思いもあるのでしょうか?

ホランド 映画作家として「地下」と「地上」という二つの世界を、そして(タイトルともなっている)「闇」を、映画的に掘り下げていくということは大きな挑戦であり、この企画に惹かれた理由の一つでした。ただ、闇というのは象徴のように描かれがちですが、私が描こうとしたのは現実に起こった出来事です。シンボリズムというものが現実に根付いたものであれば好もしく思いますが、純粋に象徴を描くためのシンボリズムには私は魅力を覚えないのです。戦時中の地下のネットワークにしても第二次世界大戦だけのものではなく、それ以前の、例えば第一次世界大戦でもそういうところに逃げたりすることはあって、とても現実的なことなんです。私の関心は現実的な方法で闇を表現することにあり、他の多くの映画がしてきたようにロマンティックな見せ方――例えばトンネルの暗闇の奥で光が洩れていて、それによってトンネルを美しい風景として見せるような――は一切していません。だって彼らが暮らしていた暗闇の湿っぽい地下水道はそんな場所ではなかったのですから。闇を美的なものとしては描いていないのです。その一方で闇をいかに撮るかということは一つの非常に大きな挑戦でした。真っ暗な闇の中でも顔の表情だとか動きは分からなければいけないので、光源をどうするのか、闇をどう撮るのかということに今回かなり苦労しましたね。また、地下の世界と地上の世界を移動する描写というのはやはりすごく意識して、クレーンで行ったり来たりを何度も試したり、数メートルしか隔たりがないのに地上と地下とがまったく違う、そういう世界がうまく描けるようかなり意識して撮りました。

――闇を撮ることが映画の重要な鍵だったとのことですが、色彩もとても効果的に使われていると思いました。メイン・ビジュアルにもなっている女の子の着けている赤いリボンがとても目を引きましたし、地下から脱出するラスト・シーンでは新緑の美しさに安堵しました。このような色使いについては何か意識されていたのですか?

ホランド ホロコーストものというのは、収容所が舞台になることが多いからかも知れませんが、グレーや茶色や黒といったダークな色の衣装が多いですよね。だからそういうものだったんだと思いがちですが、今回参考にした記録映像やカラー写真では、ユダヤ人が意外にもカラフルな服装をしていたんです。死に装束ではなく生きるための洋服を身に付けているんですね。彼らの悲劇的な境遇をより鮮明に感じたので、衣装デザインにはそういうリアルさを取り入れました。ただ、地下で暮らしているのでだんだん水に濡れたりして色は薄れていきます。でもそれでも残る強い色彩というのはあるんですね。それはブルーだったり赤だったりするのですが、それで編集時にカラー・コレクション(色彩補正)で赤やブルーを少し強く出すようにしました。色彩によって彼らが地下という特殊な環境の中でも普通の日常生活を送っていたんだということを表現したかったのです。
ラスト・シーンについては、ソ連軍が到着したのが44年の夏で、新緑の季節だったんですね。ただ今回撮影が5月に終わってしまい、木々はまだ裸木だったんです。でもユダヤ人たちにとって春が来たような、木々が芽吹いている中で地上に脱出するというのが自分としてはどうしても描かなければならないポイントだったので、おカネがないと言うプロデューサーと闘い(笑)、夏に近い時期に追撮を行ってあのシーンを撮ることができました。でも実際には当日は寒くて天気も悪かったので、それもあとで修正しています。

『ソハの地下水道』3 『ソハの地下水道』4――監督の作品は歴史上の人物や出来事を描いているものが多いですが、実はテレビドラマで「コールドケース」(04~09)などの現代的な作品を手がけてもいらっしゃいますね。このことは日本ではあまり知られていないと思うのですが、テレビについてはどのような考えをお持ちですか?

ホランド アメリカで映画を製作したときに、テレビの現状というのが非常に興味深かったんです。特にケーブルが面白い。AMC、HBO、ショウタイムといった局が作っている作品は本当に質が高いんですよ。アメリカではハリウッドやインディペンデントでも作る勇気のないような作品をケーブル局は製作しようとするんですね。魅力を感じていたところアプローチがあって、まずHBOで「Shot in the Heart」(01)というテレビ映画を撮りました。史実に基づいた原作ものでもあったんですが、非常に興味深い体験でした。それでもう少しテレビをやってみようと思って、短期間で撮らなければならないシリーズ物が自分にできるのかという不安はあったのですが「コールドケース」でドラマにチャレンジしました。これは物語が野心的というわけではありませんが、フラッシュバックが毎回必ず登場して、それぞれのエピソードの監督がクリエイティヴに料理できるので面白くやらせていただきました。その後HBOの「The Wire」(04~08)から声をかけていただいて何本か撮りました。このシリーズはアメリカで製作されたどのテレビドラマよりも意味のあるものだと思っているのですが、とても強烈な経験でした。その後同じチームが製作した「Treme」(10~11)のパイロット版も撮りました。
作家として多様な作品を撮りたいと思っているので、決して時代物に縛られて作りたいという思いはありません。むしろ時代が違っても現代に通じるリアリティがあると思うからこそ作っているのです。撮影も時代物と現代物とで私の中では撮り方としてあまり変わりないですね。

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( 2012年6月30日 恵比寿・駐日ポーランド共和国大使館で 取材:深谷直子

ソハの地下水道
監督:アグニエシュカ・ホランド 原作:ロバート・マーシャル  脚本:デヴィッド・F・シャムーン 撮影:ヨランタ・ディレウスカ
出演:ロベルト・ヴィエツキーヴィッチ,ベンノ・フユルマン,アグニエシュカ・グロホウスカ,マリア・シュラーダー,ヘルバート・クナウプ,キンガ・プレイス
配給:アルバトロス・フィルム、クロックワークス
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