映画祭情報&レポート

第66回カンヌ国際映画祭レポート【4/5】
深谷 直子

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パルム・ドールの栄冠は3人のアーティストへ
『アデルの人生』

『アデルの人生』
『アデルの人生』
秀作は多かったが、これぞパルム!と誰もが確信する抜きん出た傑作は終盤に登場した。『アデルの人生 第1章&第2章』、チュニジア出身のフランス人、アブドゥラティフ・ケシシュの作品である。高校生のアデルが、髪をブルーに染めた美大生のエマに恋をし、女性同士の情熱的な恋愛がやがて終わりを迎えるまでの数年間を3時間をかけて描く。原作はフランスのコミックで、そのタイトルから英題は『ブルー・イズ・ザ・ウォーメスト・カラー(青はいちばんあたたかい色)』となっているが、ケシシュは主人公の名前を原作のものから新人の女優アデル・エグザルコプロスの名に変え、彼女自身から生み出される感情で、この世界に確かに生きていると感じさせる人物として描き出した。またアデルの青春時代を抜き出したものとはいえ、それは「人生」と名付けられる凝縮度だし、若者の生態すべてを鋭く映す普遍性も持つ。映画がまず描き出すのは、フランスの高校生たちが国語の授業でマリヴォーの小説の世界に酔いしれる様子。そしてうっとりと恋に恋するアデルが同級生の男の子とデートし、ぎこちないセックスへと至る青春の一歩。また友人と繰り出したレズビアン・バーでエマに再会してどうしようもなく惹かれ、やがて自覚する同性愛者だということが友人たちに知られて辱めを受ける中でも人格が形成されていく様子。丁寧に瑞々しく若者たちのあふれる好奇心と、その中でアデルが見出す他者との差異、喜びや苦しみが描かれる。
彼女たちの恋愛にしても、年齢や性別に関係なく、愛し合う一組の人間同士として見せていく。アデルとレア・セドゥ演じるエマの肢体がスクリーン全体を埋め尽くす長いラブシーン。ここまで激しくリアルな描写への挑戦には驚いたが、柔らかな肉体が絡み合い、恍惚とした表情を浮かべながら切実に互いを求める姿には、何ものからも解き放たれひとつになろうとする恋愛の本質を見るようで、眩しく羨ましく見入ってしまうばかりだった。
文学少女だったアデルが小学校の先生になり、エマが新進アーティストとして髪の色をブロンドに戻して登場する第2章。英題で観る人には「あたたかな青」の欠落がそれだけで不穏な予感を覚えさせるものかもしれないが、二人の間にある様々な違いが浮彫りになり、少しずつ歯車が狂い始めて恋愛が終わっていく様子がまた丹念に描かれていく。その試練も修羅場も、運命的な出会いを果たした人たちがどれほど感情を揺さぶらせ大きく世界を広げるか、愛の神秘を見せつけるばかりだ。タブー視される同性愛をここまで高めた圧倒的な映像の力に感服するばかりだった。
アブドゥラティフ・ケシシュ監督、レア・セドゥ、アデル・エグザルコプロス
アブドゥラティフ・ケシシュ監督、レア・セドゥ、アデル・エグザルコプロス ©AFP
パルム・ドールは審査員の全員一致で贈られ、しかもケシシュ監督とともに見事な女優魂を見せたアデルとレアとの3人が受賞するという史上初の計らいが取られた。カンヌでは1作品につき1賞のみの受賞との規定があり、昨年の『愛、アムール』でも、ジャン=ルイ・トランティニャンらは演技を絶賛されながら「その演技も含めてのパルム・ドールである」との言葉で讃えられるにとどまったが、スピルバーグは「この二人のキャスティングがあったからこそ卓越した作品になった」と、一緒に映画を作り上げた3人のアーティストとして名を呼んだ。空前の華やかさで幕を開けたカンヌは、またも比類のない栄光の喜びに溢れる授賞式で幕を閉じた。

惜しむらくは、一昨年ぐらいからカンヌでの日本の買い付けが復調傾向にあり、今年のコンペ上映作品は会期前からすでに配給が決まっているものも多いのだが、『アデルの人生』は大胆な性描写のほかに長尺もネックとなっているようで、いまだその噂も聞かないことだ。ケシシュはヴェネチア国際映画祭やセザール賞の常連でありながら日本での劇場公開作はなく、過去の作品は映画祭などで上映されたのみだった。だが8月より開催される地中海映画祭の第2部では『ヴォルテールのせい』(00)からの4作品すべてが上映される特集が組まれ、監督の来日も予定されているとのこと。俳優の個性を活かす演出は是枝監督に通じるものがあったが、ジャン・ルノワールやモーリス・ピアラらの系譜に連なり、小津も敬愛しているというケシシュ監督の瑞々しいリアリズムの世界が満を持して紹介されるのを私も楽しみに待ちたい。

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カンヌ国際映画祭2012 (2013/5/15~26) 公式

2013/07/27/14:44 | トラックバック (0)
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