レビュー

あいときぼうのまち

( 2013 / 日本 / 菅乃 廣 )
忘れてはいけない

深谷 直子

『あいときぼうのまち』 『あいときぼうのまち』場面1 1945年の福島県・石川町。英雄は青春を戦争に奪われていた。「新型爆弾」と呼ばれた原爆の開発が戦争末期の日本でも進められ、原料のウラン採掘のために学徒動員の中学生がつるはしをふるっていたのだ。作業の目的はもちろん伏せられていたが、東京から来た将校はなぜだか英雄に軍事機密を打ち明ける。いぶかしがる英雄はある日逢引きする戦争未亡人の母と将校の姿を見てしまう……。

1966年の双葉郡。英雄の娘・愛子は町を二分する原発建設に青春を奪われる。出稼ぎと農業で生計を立てる貧しい町民たちにとって、働き口ももたらす原発には抗えない魅力があった。だが英雄は土地を手放すことを拒んで村八分に遭い、生活は困窮。父娘二人の暮らしを支えるために愛子はバイトに明け暮れ高校進学もあきらめる。ほのかに想いを寄せ合う健治はこれで二人の仲は終わりなのかと心配するが、「原子力 明るい未来のエネルギー」という原発推進の標語が採用された健治に愛子は醒めた目だ。

2011年の南相馬。愛子は息子家族との二世帯で幸せな老後を送っていた。還暦を超えてなお世の役に立つための免許を取得しようと勉強中で、ネットも操りフェイスブックのやり方を教えてくれるよう孫の怜に頼む。怜はホルンが大好きで音楽科のある高校進学を目指す少女。家族の前で「亡き王女の為のパヴァーヌ」を披露し褒めてもらって喜び、その場に遅れて聴き逃した愛子に友達のように文句を言う。

そして翌2012年。怜は東京をさまよっていた。眼鏡をカラコンに変えてもまだあどけない顔で、援交をし大人からカネを巻き上げている。渋谷で震災の義援金詐欺をする若い男・沢田と出会い、自分も被災者であることをアピールした募金箱を提げるようになる。地震と津波で家族も家もなくし、原発事故でも大変な思いをして避難して、また東京でも福島の被災者は差別を受けている、という身の上話に沢田は言葉を失うが、怜は秘密を抱えていた……。

『あいときぼうのまち』場面2『あいときぼうのまち』場面3福島に暮らす家族4世代、70年の歴史を通して、原子力政策に翻弄される人々の姿を描くドラマ『あいときぼうのまち』。重厚な意欲作だが、肩に力を入れて臨む必要はなかった。故・若松孝二監督の弟子であり、近年『アジアの純真』(09)の脚本、『戦争と一人の女』(12)では初監督を果たした井上淳一によるシナリオは、師匠譲りの反骨と問題提起の中に頭脳と独自の感性が凝らされ、各時代を交錯させながら家族や男女一人ひとりの生きる姿をしっかりと描いて、それぞれのドラマに惹き込ませる力を持っている。

特に女性たちの描写にやはり筆が光る。戦争未亡人の芙美は東京に嫁いだその当時としては進歩的な女性だったろう。和服に赤い帽子で情熱的に妻子ある将校との逢瀬を重ねるが、繊細な心が徐々に蝕まれていくさまが悲しい。少女時代の愛子はついに土地を手放すことにした父親とともにその地を去ることになり、大人びた流行歌を愛唱する彼女らしく映画『潮騒』(64)の台詞で健治を挑発して抱かれる。また時代を経て健治と再会した61歳の愛子は、彼に標語の「明るい未来」は訪れず絶望に暮れていることを知り、不倫をいとわず今度は彼を優しく誘う。怜はまだ恋を知らず、自分を傷つけるように体を売っていたが、彼女も自分から沢田に近付き行動を共にする。時代や年齢ごと愛の形は違うが、何かを失ってはまた得ようと立ち上がり、相手にとっても大きな性の力を信じる女性たちがとても力強くて美しい。いずれも素晴らしい女優たち、里見瑤子、大池容子、夏樹陽子、千葉美紅が放出する死と隣り合わせのエロスに息を呑む。

一方で原発政策に身を危険にさらす男たちも悲壮である。福島県出身の菅乃廣監督は、ガンで亡くなった父親が、発症はかつて原発での作業で放射能を浴びたことが原因では……、と語っていたことで、原発を映画で描きたいと思うようになりこの作品の企画に至ったという。映画でも同様に、ガンで亡くなる原発労働者や「原発ジプシー」という言葉も出てくる。「原発は安全だ」という言葉を信じた、信じるしかなかった貧しい庶民が愚かなのだろうか。

また、衝撃的なのは第二次世界大戦中に日本で行われていた原爆開発の事実。原料のウラン採掘地には鉱石の豊富な福島県石川町が選ばれ、石川中学3年生が過酷な作業にあたっていたのだ。近年明らかになったその事実を新聞記事で知ってはいたが、制服にわらじ履きの無防備な服装で黙々と気の遠くなるような作業をする少年たちの姿を見て怒りとあきれが込み上げた。アメリカの同じ原爆開発計画「マンハッタン計画」に、大勢のカナダ人が参加しウランを提供していたことを明かす、リンダ・ホーグランド監督によるドキュメンタリー『ひろしま 石内都・遺されたものたち』(12)が記憶に新しいが、秘められた歴史の事実は映画に教えられることが多いという思いとともに、二つの計画の規模や、現在それに対して各国民が持つ罪の意識の差にも愕然とする。

『あいときぼうのまち』場面4 『あいときぼうのまち』場面5「日本はそういう国だ」と映画序盤にある人物が語る。そういう国に振り回されて庶民が庶民を傷つける。戦争未亡人を、故郷の土地を守ろうとする人を、募金箱を持つ被災少女を。責めるほうの人も苦しい生活を送っている。その原因がどこにあるのかを見ずに、国のしていることは正しいとがんじがらめの70年を、脈々と日本は歩んでいるのだ。

しかし映画はやはり「あいときぼう」も見せる。少女時代に辛酸を味わった愛子は、それからもどれほど苦労の多い人生を送ったことだろうか。しかし61歳の愛子はとても満ち足りた表情を見せている。つらい体験、系譜ごと受け止めてくれる夫の愛や家族との生活で再生したのだ。そして大きな過ちを犯した怜もまた、沢田との道行きに自分を取り戻して祖父に優しく迎えられ、身体に流れる血の記憶に支えられてやがて立ち直っていくだろう。多くの死に捧げる鎮魂のホルンが胸を打つ。

もちろん大地は今も揺れ、向き合う海の色は暗い。そして原発の問題はまだまだ終わってはいない。しかし今私たちは知ったはずなのだ。「お上の言うことは信じちゃいけない」ということを。もうすでに忘れてしまいそうになっている日本人に、この映画に描かれる多くの人生が目を覚まさせてくれるだろう。先は長い。でも心を許せる人とともになら闘いも苦しいばかりではないはずだ。

(2014.7.8)

あいときぼうのまち 2013年/日本/カラー/DCP/ドルビー5.1ch/126分
出演:夏樹陽子,勝野 洋,千葉美紅,黒田耕平,雑賀克郎,安藤麻吹,わかばかなめ,大谷亮介/大池容子,伊藤大翔,
大島葉子,半海一晃,名倉右喬,草野とおる,あかつ,沖正人/杉山裕右,里見瑤子,笠 兼三,なすび(声の出演),瀬田直
製作・エグゼクティブプロデューサー:小林直之 製作・プロデューサー:倉谷宣緒
監督:菅乃 廣 脚本:井上淳一 撮影監督:鍋島淳裕(J.S.C) 照明:三重野聖一郎 録音:土屋和之
美術:鈴木伸二郎 衣装:佐藤真澄 編集:蛭田智子 音楽:榊原 大 音響効果:丹 雄二
監督補・VFXスーパーバイザー:石井良和 スタイリスト:菅原香穂梨 ヘアメイク:石野一美
VFX:マリンポスト 製作:「あいときぼうのまち」映画製作プロジェクト 配給・宣伝:太秦
©「あいときぼうのまち」映画製作プロジェクト
公式サイト

2014年6月21日(土)よりテアトル新宿ほか全国順次公開

2014/07/08/18:34 | トラックバック (0)
深谷直子 ,レビュー
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