レビュー

ゴーン・ガール

( 2014 / アメリカ / デヴィッド・フィンチャー )
2014年12月12日(金)より全国ロードショー
「完璧な」復讐劇

岸 豊

『ゴーン・ガール』ネ タ バ レ あり 現代のハリウッドを代表する監督の一人であるデヴィッド・フィンチャーの最新作『ゴーン・ガール』は、ベストセラー作家であるギリアン・フリンの原作を基にした、美しい映像と隙のないプロットが溶け合った極上のサスペンスだ。

ミズーリの田舎町でバーを経営するニック・ダン(ベン・アフレック)は、妻であるエイミー(ロザムンド・パイク)との結婚5周年記念日を迎えていた。しかし夫婦間は冷え切っており、ニックは共にバーを経営する妹のマーゴ(キャリー・クーン)と昼間から酒を飲んでいた。そんな折、ニックは「お宅の様子がおかしい」という隣人からの知らせを受けて家に帰宅する。帰宅したニックの前には、家にいるはずのエイミーの姿はなく、不自然に割れたテーブルだけが残されていた。エイミーの身に何かが起こったことを直感したニックは警察に連絡する。ニックはエイミーの搜索のために情報の提供を求められるが、彼はエイミーの血液型も、日頃の生活も全く知らない「不自然な夫」だった。果たしてエイミーはどこに消えたのか、そしてニックの不自然な振る舞いの理由とは?

デヴィッド・フィンチャーの作品では、しばしばメディアがモチーフとして描かれる。特に近年の作品では、『ゾディアック』(07)の新聞、『ドラゴン・タトゥーの女』(12)の雑誌、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(13)のネットメディアなどが象徴的なように、主人公が特定のメディアを武器として用いて、社会的な悪を暴露する姿が描かれてきた。しかし本作はより多角的にメディアを描いている。本作の前半では、テレビ・新聞・SNSといったメディアが、妻が失踪した夫らしからぬ振る舞いをするニックに牙をむき、後半ではニックがメディアを利用して哀れな視聴者たちを味方につける様も映し出す。メディアが「主人公が持つ武器」としてだけでなく、「主人公を苦しめる存在」としても描かれ、そのメディアの短絡性や簡単に騙される哀れな視聴者たちの姿も浮き彫りにする。
そんな本作で興味深いのが、ニック役にベン・アフレックを起用されている点だ。彼にはかつて『ジーリ』(02)の撮影中に、共演した歌姫ジェニファー・ロペスとの情事がパパラッチによって暴露され、ハリウッドから嫌われた(干された)過去がある。この過去は、本作でメディアからの執拗な追求から逃げ回り、大衆から嫌われるニックの滑稽な姿に皮肉なリアリティを与えている。

『ゴーン・ガール』場面1デヴィッド・フィンチャーは代表作の『ファイトクラブ』(99)で、ミステリーの女王であるアガサ・クリスティが『アクロイド殺し』で発明した「信頼できない語り手」という禁じ手を、主人公の語りを媒介に物語に組み込み、90年代の消費主義社会と都市に住むヤッピーが抱える病理を風刺した。
一方で本作では、ニックとエイミーという対照的なキャラクターの語りと日記を媒介に「信頼できない語り手」を用いて、「壊れた夫婦」が巻き起こす恐ろしい復讐劇を構築している。
「信頼できない語り手」というトリックは、『ユージュアル・サスペクツ』(95)などのサスペンスの名作でも使われてきた。しかし本作は、ニックとエイミーという二重の「信頼できない語り手」を用いることで、そのトリックをさらに高いレベルに昇華し、観客を完璧に騙すことに成功している。通常、ミステリーに慣れた人間であれば、語り手や主人公を最初に疑う。しかしフィンチャーはこの発想を逆手に取り、観客をいきなりミスリードする。具体的には、ニックのオープニングでの特徴的な独白、ニックがマーゴに贈ったオモチャの名前(マスターマインド=悪事の首謀者 の意味)、その後の不可解な言動などを通じて、ニック=「信頼できない語り手」というバイアスを観客にかけてしまう。観客がニックの言動に注意を払わざるを得なくなってしまう一方で、エイミーの日記は「おとぎ話のような2年間」をありのままに書き記し、ロマンチックな状況描写で観客を惹きつける。そして我々観客は全く無意識の内に、「健気な妻」としてのエイミーが書いた日記の嘘も真実だと思い込まされ、主人公であるニックへの嫌悪を強めるように仕向けられる。しかし物語の中盤であっさりとネタばらしをして、2人の関係性を逆転させ、エイミーの真実の姿を浮き彫りにしていく。この過程でのロザムンド・パイクの演技が凄まじい。それまでに見せてきた品性に溢れた美しい姿とは対照的に、ニックへの復讐のために自己を演じ分けて味方を作り、逃亡生活のために姿を変え、膣やアヌスを傷つけてまでレイプをでっち上げ、コリンズ(ニール・パトリック・ハリス)の喉を切り裂いて血まみれにもなる。自分の目的のためには手段を選ばず、蜘蛛のように獲物を引きつけて絡め取っていくその姿は、冷徹で完璧な「ファム・ファタール」そのものだ。本作におけるロザムンド・パイクの怪演は、間違いなくオスカーの主演女優賞に値するものだろう。

『ゴーン・ガール』場面2デヴィッド・フィンチャーを象徴する暗く静的な映像を作り出したのは、撮影監督のジェフ・クローンウェス。彼は数々のフィンチャー作品でキャリアを積んできたカメラマンであり、今作でも映画史に残る名シーンを映し出している。特に素晴らしいのは、ニックとエイミーが初めて出会った夜の、宙に舞う粉砂糖をバックにしたキスシーン。この場面は完璧な構図に基づいており、まるで雪のように降り注ぐ粉砂糖が街灯の光を反射し、夜の暗さと絶妙なコントラストを生んでいる映像美の極みだ。
その一方で、クローンウェスは暴力的なシーンでもその手腕を発揮する。特にエイミーがコリンズを殺害するベッドの上でのシークエンスは、見る者の脳裏に焼き付く圧倒的な暴力を、スピード感あふれる細かいカットで鮮やかに映し出している。返り血にまみれて佇むエイミーの姿は、血の赤と服の白のコントラストが効いており、おぞましさと美しさを同時に感じさせる。

本作では過去のフィンチャーの作品に対する自己言及的な面も見受けられる。エイミーが演じ分ける「ペルソナ」は、先述の「信頼できない語り手」と同様に、『ファイトクラブ』と共通する物語の骨子である。また、エイミーがニックの元に舞い戻ってきたシーンで、エイミーはコリンズの返り血に塗れた恐ろしい姿で現れる。これは『セブン』のジョン・ドゥ(ケビン・スペイシー)が警察署に出頭してきたシーンへのセルフパロディだろう。一方で、『セブン』や『ゲーム』(97)、『ドラゴン・タトゥーの女』で主人公が明かした「真実」とは対照的に、エイミーの狡猾さが生んだ新たな生活と子供のために「真実」を闇の中に葬るニックの決断は、『ゾディアック』の結末に似た歯がゆさを残す。

フィンチャーは作品の多くでオープニングに物語の結末やテーマを暗示させる。今作のオープニングでは、物語の舞台となるミズーリ州のジャスパー郡に位置する北カーセッジの景色が淡々と映し出される。不況の余波を受けた地方都市の疲弊を象徴するかのように、霧がかった暗い印象を受けるカーセッジの街並みは、曖昧で憂鬱なエンディングを暗示していたのかもしれない。
ラストシーン、オープニングと同じように振り返ったエイミーは、ニックに微笑む。その微笑みには、本作を通じて明らかにされた、すべてを支配する「完璧な」悪女としてのエイミーの、底知れない恐ろしさを感じた。そして「何を考えている?どう感じている?僕らに何が起こった?これからどうする?」という、結婚の基本的な問いに対して、観客はニックと同じように、ただ押し黙るしかない。

(2014.12.20)

ゴーン・ガール 2014年/アメリカ/149分/カラー/デジタル
出演:ベン・アフレック,ロザムンド・パイク ほか
監督:デヴィッド・フィンチャー 原作・脚本:ギリアン・フリン
製作:アーロン・ミルチャン、ジョシュア・ドネン、リース・ウィザースプーン、セアン・チャフィン, p.g.a.
製作総指揮:レスリー・ディクソン、ブルーナ・パパンドレア 撮影監督:ジェフ・クローネンウェス, ASC
プロダクション・デザイナー:ドナルド・グラハム・バート 編集:カーク・バクスター, A.C.E.
衣裳デザイナー:トリッシュ・サマーヴィル 音楽:トレント・レズナー&アッティカス・ロス
©2014 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.
公式サイト

2014年12月12日(金)より全国ロードショー中

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  • 監督:デヴィッド・フィンチャー
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2014/12/24/20:41 | BBS | トラックバック (2)
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