今月の注目作

姑獲鳥の夏

(2005 / 日本 / 実相寺昭雄)
松尾スズキが白い肌に狂う夜

膳場 岳人

 京極夏彦の『姑獲鳥の夏』を読んだときの衝撃は忘れられない。作品の大部を占めるのは、殺人場面や心理描写などではなく、民俗学、 量子力学、心理学、哲学、宗教、といった夥しい「知」の薀蓄。妖怪マニア、陰陽道マニア、 民俗学マニアといった連中のハートをくすぐる博覧強記と華麗なレトリック。それは衒学趣味の厭らしさを突き抜け、 ほとんど冗談の域に達していた。喩えるならば、蓮實重彦が映画業界を舞台にした探偵小説を書いたようなものだ。 妖怪をモチーフにした奇々怪々な事件と、一度読んだだけでは理解不能なほどに複雑に編み込まれた物語もさることながら、情緒不安定な 「ワトソン君」の関口巽、他人の記憶が読める探偵の榎津礼二郎、実直で昔気質の刑事、木場修太郎等々、 個性豊かな登場人物が入り乱れて狂騒の限りを繰り広げる。中でも、古書店店主にして神主にして拝み屋という、「京極堂」 こと中善寺秋彦の造形は、数ある探偵小説の中でも異彩を放っていた。その万華鏡のように多彩な魅力――。文字通り寝食を忘れて読みふけった。 その後も『魍魎の匣』『狂骨の夢』『鉄鼠の檻』と、京極夏彦は甲乙つけがたく刺激的な続編を次々と刊行し、 そのたび寝不足が続く羽目に陥った。

 しかし熱しやすく醒めやすい筆者は、『絡新婦の理』まででシリーズの追っかけをいったん打ち切ってしまい、 以降の続刊を目にせぬまま現在に至っている。今回、実相寺昭雄監督によって映画化された『姑獲鳥の夏』も、読んだのは八、 九年前ときているので、映画に接して「ああ、そうだ、そういう話だった」と原作の筋を確認するばかりに追われてしまって、 冷静に鑑賞出来たとは言いがたい。それでも、「カエルの顔をした赤子」とか、「憑き物筋」とか、「癲狂」とか、「拝み屋」とか、 おぞましい言葉(と映像)の数々に魅了され、個人的にはけっこう楽しめました。

 全編、実相寺昭雄の映像美学が炸裂している。細部に至るまで丁寧に再現された昭和二十七年の真夏の東京が、『鏡の女たち』(吉田喜重監督) の撮影を担当した中堀正夫のキャメラによって巧緻に捉えられている。中でも京極堂の居住は、陰の中で冷えた古書の佇まいといい、 光が小さく風に踊る夏の庭の感じといい、室内の机や装飾品の端正な配置といい、非常に美しい。その一方で、 (実相寺監督としてはいつものことだが)キャメラを斜めに傾けたアングルとか、でこぼこの「眩暈坂」 を歩く関口を追いかける青白いピンスポットライトとか、ディスコの照明みたいに激しい明滅を繰返すクライマックスの病院の光とか、 関口が見る「姑獲鳥」の夢のチープさとか、いささか古臭い表現方法も頻出していて、この映画が「紛い物」であることを何度も告発する。だが、 それくらいのキワモノ感こそ、この物語のバカバカしさに相応しいものだろう。

 筆者がもっとも心引かれたのは久遠寺梗子(原田知世)と夫で医師の牧朗(恵俊彰)の夫婦関係。牧朗はドイツ留学中に性器を怪我してしまい、 セックスが出来ない。そのため、梗子を松尾スズキ演じる同僚の医師、内藤に抱かせるのだ。清楚で貞淑そうな原田知世を、 ギラギラした変態顔の松尾スズキが好き放題に嬲る……。しかも、嗚呼、なんてことだ、夫の目の前で!  映画はそれを劇画タッチのイラストでごまかし、肝心の濡れ場の一切を削除しているのだが、さすがは『いじめて、ください。アリエッタ』 『堕落~ある人妻の追跡調査』といった人妻陵辱映画を放った実相寺昭雄、その行間に立ち込める陰気なエロティシズムには 「なんていやらしいんだ……!」と心を奪われました。

 物語は雑司ヶ谷の医院から、箱根の山荘、四国の山奥、ついにはドイツ(ここの特撮が素晴らしい)にまで視点を飛ばし、 人物たちの運命を狂わせた先の大戦にも言及する。この特異な地理/歴史感覚が奇妙な「眩暈」を覚えさせる効果を上げている。

 京極堂を演じた堤真一は想像したよりずっと良かった。ポイントは乱れた髪型となで肩。書物に脳髄を毒された不健康な翳りや、知性、 色気には欠けるものの、世捨て人の胡散臭さとふてぶてしさがしっかり漂っていて、偉そうな言い方をさせていただくと、 及第点という感じがする。本当の意味での主役である関口巽役・永瀬正敏は、 もっと徹底的に弱くてダメな人間の雰囲気があったほうがいいんじゃないかという気がした。特に終盤、 京極堂は関口のためだけに重い腰をあげるのだ。彼らの間にほのかに漂う何かがあってもいいではないか。そういう情緒の不足は惜しまれます。 それから、戦争で左目を負傷したことにより、相手の記憶が読めるという型破りな探偵、榎津礼二郎の阿部寛。 全体的にカラッとしていて良かった。あまり役には立たなかったけど。木場修太郎役の宮迫博之も、この程度の活躍であるからして、 これくらいの存在感で十分という気はする。

 物語の鍵を握る涼子/梗子を演じる原田知世は、「遊ばない?」と関口少年を誑かす少女時代のエロスと、 性生活に秘密を抱えた人妻のほの暗いエロスを演じ分けて見事。ややつり上がっている涼しげな瞳に、少女の無邪気さと、気品と、 "ものぐるい"が幽かに滲む。飛び道具のようないしだあゆみも愉快。気が触れた女のわななきと戦慄が耳を聾する奇声となって結実。 ものすごく楽しそうに演技をしている。それから出番は少ないが、関口の妻を演じた篠原涼子の清涼でしなやかな存在感が、 基本的には趣味の悪いこの映画を、鑑賞後の暗澹から救っている。最近の篠原涼子はすばらしく魅力的です。

 鬼子母神神社で演じられる紙芝居の絵は、筆者が尊敬する水木しげる大先生の手によるもの。クリッターみたいな造形の「川赤子」が、 でかでかとスクリーンを埋め尽くす一瞬があっただけでも、かなり痛快な映画でした。 原作者京極夏彦が思いのほか大きくフィーチャーされていて、しかも水木しげるの役を演じるという冗談も可笑しい。

(2005.7.22)

2005/07/23/18:44 | トラックバック (55) | 膳場岳人 ,今月の注目作 ,姑獲鳥の夏

05年7月特集/姑獲鳥の夏

2005年 日本 監督 実相寺昭雄 脚本 猪爪慎一 出演 堤真一     永瀬正敏     阿部寛     宮迫博之     原田知世     田中麗奈     松尾スズキ     恵俊彰     寺島進      続きを読む

2005/07/16/18:04 | トラックバック (0) | 中川泰典 ,今月の注目作 ,姑獲鳥の夏

姑獲鳥の夏

(2005 / 日本 / 実相寺昭雄) げに恐ろしきは人間なり…… 仙道 勇人 (ネタバレあり)  本作は言わずと知れた大人気ミステリ・京極堂シリーズの第一作である。それが刊行十年目にして遂に映画化された。 かねてからファンの間で映像化が待ち望まれていた本シリーズだが、実はこれまでにも何人もの監督が挑み、そして玉砕してきたのだという。 元々著者の京極夏彦は、本作をマンガで描きたかったということで、映像化への余白は十分残されていた作品なのかもしれないが、 やはりと言うべきか、本作の魅力の一つとなっている濃密で膨大なペダンチズムの再現とそれを如何に劇構成と調和させるか、 という二点に多くの監督と脚本家達が頭を悩ませたことは想像するに難くない。  多くの読者を魅了し、幻惑し、げんなりさせもするこのペダンチズムの巨碑を、実相寺監督は二つ――「妖怪」 続きを読む

2005/07/16/18:00 | トラックバック (47) | 仙道勇人 ,今月の注目作 ,姑獲鳥の夏

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