話題作チェック
『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005 / 日本 / 山崎 貴)
『僕の恋、彼の秘密』(2004 / 台湾 / DJチェン)
嗚呼、郷愁と空想のファンタジー

鮫島 サメ子

 まったく脈絡のない組み合わせで申し訳ありませんが、まずは前者。日本中が感動しているらしいです。 話題性や観客動員数はともかく、満足度や泣けちゃう度ではブッチギリの№1だとか。他所様の評価や感想を見ても、 みな褒めて褒めて褒めまくってます。ここで貶しでもしたら、えっれえことになるんだろうな。どうしよう。

 筆者の子ども時代は昭和30年代末期から40年代前半となるため、さすがにテレビや冷蔵庫、 洗濯機は標準装備。ちょうどテレビが白黒からカラーに切り替わる時代で、『ジャングル大帝』を見るたびに「ウチ~のテレビにゃ色がない、 隣のテレビにゃ色がある~」というCMソングが流れ、カラーテレビでプロレスを見たどこかの婆ちゃんがフレッド・ ブラッシーの流血沙汰で興奮、そのままポックリ逝ったという実話に日本中がのけぞった。給食には悪名高い脱脂粉乳が供され、 よっぽどの嬢ちゃま坊ちゃまじゃない限り、塾に通うガキなんざいなかった。まだ街にはオート三輪(しかし『鈴木オート』 の車みたいなポンコツは見たことがない)が走っていたし、SLは観光列車ではなく田舎における単なる移動手段に過ぎず、乗り心地が悪い上、 トンネルに入るたびに窓を閉めなくちゃいけないので非常にめんどくさかった。

 とまあ、自身の記憶が映画の世界に重なる部分も少なくないのだが、 生憎しみじみ思い出に浸るという趣味は持ち合わせておらず、基本的に「ま、イロイロあるけど、今が一番いんじゃねえ?」 と日々思って生きているため、「懐かしいなあ、クソーッ」といった感慨は特段ないっす。すいません。
 そしてもちろん本作は単なる懐古趣味で作られたわけではなく、ささやかな、しかし心の琴線に触れるエピソードを通して、 人と人との関わり方、社会のありかたを見つめなおし、生きる勇気をもらうことができる作品なのだ――と思うです。多分な。 絵に描いたような良心作で笑いあり涙あり、ツボとなる部分では場内のそこかしこですすり泣く声。その中でひとり、 目頭すら熱くならなかったわたくし。ホントに鬼畜ですいません。泣く代わりにナニを考えていたかというと――。

 売れない作家・茶川竜之介役の吉岡秀隆。いったい何年着てんだと言いたくなるほど擦り切れてケバ立ち、 毛玉だらけのカーディガンやセーターなど、なかなか芸が細かい。机に向かってはいるもののサッパリ筆は進まず、 何日も洗ってない髪特有の固まったボサボサ感と、ヨレたランニング姿で悶々としている姿にすっげえ既視感が。 不本意ながら兄と弟を持ち合わせている筆者にとって、オトコの原風景はまさにあんなん。むさくるしいわ、うっとうしいわ、 (いくら風呂に入っても)何か臭うわ。ウチで飼ってた猫も、筆者や母のフトンにはずいりずいり入ってきても、弟のフトンは避けてたしなあ (単に馬鹿にしていたのか?)。
 そして道路の舗装率はまだまだ低かったため、幹線道路はともかく、ちょっと入ったとこは大抵が砂利道かフツーのデコボコ道だった。 だもんで、風が吹くとその土ぼこりといったらハンパじゃなく、雨が降れば降ったでぬかるんでエライことに。 また子どもってえのがしょっちゅう何かに躓いて転ぶため、膝小僧は常時赤チンでまっかっか。 映画のお子ちゃま方はあんまし転んでないようだったが…。

 ――といった由無し事ばかりがアタマの中をぐーるぐる。トシのせいか最近めっきり涙腺が弱くなり、 簡単に涙ポロポロの体質と化したにも拘わらず、クスンともしなかった敗因は、結局本作の世界に浸りきれなかったことにある。
 たしかにすっげえベタなつくりだ。鈴木オートの社長(が聞いて呆れる)は短気で口が悪いが家族思いで努力の人であり、とても優しい。 青森から集団就職でやってたロクちゃんは健気で可愛いし、実母に捨てられ、 ひょんなことから茶川と暮らすようになった淳之介はヒネて当然な生活環境なのに、驚くほど素直で分を弁えている。 淳之介を茶川に押し付けたヒロミもチャッカリはしているものの腹黒さはなく、所謂「可愛い女」である。 三丁目の住人は皆ありえねえほど良い人ばかりだ。
 その現実離れ感が気に障るというわけではない。ただ、笑わせようと力めば力むほど場が白けるように、制作側の「意欲」やら「思い入れ」 があまりに捻りなくしかも過剰に供されてしまったため、感動よりも胸焼けが勝ってしまったのは事実である。号泣よりも静かに微笑む方が、 罵詈雑言よりも抑制された痛烈なひとことの方がより深く胸に刺さるように、 善意に満ち満ちた贅沢な学芸会タッチをもうちょっと抑えてくれていたら…。

 しかしそれは余計なお世話というものなのだろう。多くの人はこの極甘なファンタジーを十二分に満喫・ 満足しているのだから。筆者とは相性が今ひとつだった、これに尽きる。――それにしても、「あの時代」はそれほど素晴らしかったのだろうか。 今はそれほど生きにくい世の中なのだろうか。

 欲を言えばキリがないが、とりあえず頭の上に屋根があり、食べるものがあり、暑さ寒さを凌ぐ手段がある。 こんなにありがたいことはない。どこかの国と違って徴兵される心配もなければ、街中を銃弾が飛び交うこともない(※西日本の一部地域を除く) 。その意味で、筆者にとっては昭和30年代も今もたいした違いはない。ちょっとばかりビルが増えてトイレがみな水洗になり(これは重要!)、 文明の利器がイロイロ発達しただけのことだ。あからさまな身分制度に縛られることもなく、一応の安全と安定が約束された「社会」において、 幸福に暮せるかどうかは誰かや何かのせいではなく、自分自身の問題だろう。

 生きにくい世の中に、世知辛い社会になったと口にする人は少なくない。だが、 世の中や社会というものが人類で構成されている以上、不可避の力で「なった」ということはありえない。多くの人がそれを望み、そのように 「した」からこその結果である。であれば、楽しく生きるコツは三丁目「探し」ではなく、それぞれが希求する三丁目を「つくる」 ことではないのか。ないものねだりの青い鳥探しや過去の美化、大上段に振りかぶった社会改革などではなく、日々の生活の中で実践する、 ごく私的でささやかな革命。どんなに街の在り様が変わっても、家族構成が変化しても、生きる上での優先順位を間違えない限り、決して 「三丁目」が消えることはないはずだ。


 さて。ガラでもない人情話を選んで大いに反省したわたくしはバランスをとるべく、 その対極にある (と思われた)台湾のゲイ作品へダッシュ。しかし。これが。

 お話自体はまんま少女漫画。いや、それ以前。片田舎に住む純情な高校生が夏休みを利用して勇躍、 首都台北へ。友人宅に寄宿し、バイトも順調。そしてプレイボーイの悪名高い美青年に恋心を抱き、心配する友人達に反対されながらも結ばれる。 だが、目が覚めたら彼の姿はなく――。紆余曲折の後、ちゃんとハッピーエンドになるです、はい。しょーもない物語です。 しかも登場人物全員が野郎です。もれなくゲイです。つか、この世にストレートはありえない世界観となってます。だもんで、 彼が振り向いてくれないのどうしようの煩悶はあっても、同性を恋うる葛藤は1ミリもありまへん。老いも若きも同性愛に勤しんでます。 というより中台戦争の挙句、特殊な化学兵器でも使われたのか♀は消滅しております。一人も出てきません。これぞ究極のファンタジーです (ホラーかも)。

 今更申し上げるまでもなく、ゲイ作品には寛容――どころか大好物の筆者なのだが、これはどうなんだ。 コテコテのコメディである。それはいい。しかし人選。主人公のティエンはタラコ唇で顔立ちが微妙に長嶋一茂。 プレイボーイのバイは見事なホスト顔。おまけにティエンの親友はお笑いトリオ「ロバート」の一人に似ている。ファッションセンスも凄い。 どう凄いかというと…。ま、それは直接確認していただきたい。
 何より、 どう見ても体育会系だろのでかい図体をした若い男が上目遣いでオレンジジュースをストローで飲む姿や馬鹿面下げてソフトクリームを舐める姿、 片手で軽々と赤いスーツケースを下げ内股でそそくさと歩く姿を可愛い、あるいは笑って許せるかどうかが本作観覧のポイントだろう。 筆者はソッコーで蹴りを入れたくなったが。

 それにしても驚いたのは観客数の少なさである。水曜日はレディース・デイ。 であれば腐女子の皆様が挙って観覧に押しかけると思いきや、物凄く小ぢんまりした場内の席は半分も埋まらず(皆、賢明)。
 でもね。ホスト顔の兄ちゃんがスーツ姿で裸のマネキン(注:もちろん♂)を小脇に抱え、交差点に佇むシーンはちょっとしたもんでした。 これだけでも一見の価値は……どうざんしょ。

(2005.12.8)

2005/12/11/18:06 | トラックバック (8)
鮫島サメ子 ,話題作チェック
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