今週の一本
(2005 / ドイツ / ビャンバスレン・ダバー)
今日、そして明日、「為すべきこと」を行ってゆく生活の美。

鮫島 サメ子

天空の草原のナンサ1 最近流行りの「地球に優しく」「自然を大切に」といったエコ・ スローガンにどこか困惑と違和感を覚えてしまうのは、たぶん筆者が掛け値なしのド田舎生まれだからだろう。
 子どものころ、ご近所どころか「お隣さん」すら数百メートル先といった山間部の辺境の地に住んだことがある。新月の夜は、 鼻をつままれてもわからない真の闇だ。そして気の遠くなるような静寂。暗闇の中に無言で圧してくる昏く巨大な山の恐ろしさを、 どれほどの人が知っているだろう。そして冬ともなれば何日も何日も雪が止まず、見上げればどんよりと鉛色の空に吸い込まれてしまう。 一見優しげな降雪時の静けさには、底の知れない恐怖と狂気が隠れている。
 ことほどさように、「自然」は人間なぞが労らねばならないようなヤワなものではなく、 筆者にとっては畏怖の対象に他ならない圧倒的な存在だった。誰も何も言わなくとも、己の小ささ、無力さが身にしみた。こちらが心がけたのは、 せいぜい先様の機嫌を損ねないように、上手く「すき間」で生きていくことだった。

天空の草原のナンサ2 そんなことを思い出したのは、日本のウエットな田舎ぶりとは対照的であるものの、 モンゴルの雄大な自然を無造作にポンと切り取って供してくれたような、本作の妙味ゆえである。
 主人公「ナンサ」は遊牧民一家の長女だ。家族を守る頼もしい父親と働き者で優しい母親、そして妹とまだほんの「チビ」である弟の五人家族。 ナンサは六歳だが、自分の足のように馬を乗りこなして羊の番もすれば、妹弟の面倒もみる。
 果てしなく広がる草原。一家は羊を飼い、羊に生かされる。狼の襲撃に手を焼きつつ、「今日」と「明日」を生き抜くために、 それぞれが淡々と為すべきことを行ってゆく生活の健やかさ。逞しさ。美しさ。
 大自然という生活の場が決してヤワなものでもなければ、いたずらに恐れおののく対象でもないことを知悉している彼らは、「分を弁えた」 者だけにそなわった絶妙な程のよさで日々の糧を得、感謝の祈りを捧げる。
 こうした中では、必然的に家族は家族である以上に、かけがえのない「仲間」である。 だから彼らは自己存在の証明といった不毛な青い鳥のことなど考える必要もない。 ナンサや妹はいかなる不安や猜疑心とも無縁な笑顔を父母に向け、父と母は厳しくも溢れんばかりの愛情で子どもたちを包む。彼らの結束は固い。 生きるとは、こういうことなのだ。

天空の草原のナンサ3 本作は、やはり小さな子を持つ親にこそ見てほしい。モンゴルの大自然も甘くないが、 現代社会という名のジャングルも様々な危険に満ちている。健やかに生き抜くために必要なものは、 この一家の暮らしを見れば自ずとわかるはずだ。
 率直に言って、「ワクワクするような面白さ」とは無縁な作品である。しかし、身体を芯からじんわり温めてくれ、 その優しいぬくもりがなかなか冷めない、遠赤外線のような効果がある。しかも、見終わった直後より日が経つにつれて、 なぜか印象は鮮明さを増してゆく。
 如何にドキュメンタリータッチであろうと、映画である以上もちろん作為はあるわけだが、 それがまったく神経に障らないのも本作の凄いところだ。シャバのしがらみや日々の些事に追われて自分の「軸」がズレそうになった時、 またぜひ見てみたい。

 ついでながら、何十年経っても東京暮らしに馴染めず、どこか居心地の悪さを感じている筆者にとって、 モンゴルの草原が孕む危険は都会のそれより数段マシに見えた。狼も怖いが、人間はもっと怖い。

(2006.1.15)

2006/01/16/17:18 | BBS | トラックバック (7)
鮫島サメ子 ,今週の一本
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