地球はイデ隊員の星

連載第12回 放送第9話『電光石火作戦』

 『ウルトラマン』ならではの怪獣バトル篇「怪獣無法地帯」に続く第9話は、ふたたび、『ウルトラQ』の味わいに少し戻ったエピソードです。
 台風のためキャンプ地に孤立した山岳少年団。団長補佐を務める2人の少年ががんばるようすと、ハヤタ隊員がヘリコプターで怪獣の好物であるウランのカプセルを運び、怪獣を誘導して町から遠ざける作戦実行。2つのタテ筋が並行し、接触したところで危機的状況が生まれる展開からそう思いました。
 操縦するのが『Q』の万城目淳氏でも違和感が無いほど、科特隊が民間企業からレンタルしたらしいヘリがかなり活躍します。いったん着陸してフジ隊員とホシノ少年を降ろし、再び上昇するまでを約50秒のワンカットで見せる場面は、航空アクションの演出としてはかなり出色。

 それに、孤立したキャンプ地で年下の子たちが心配しないよう元気づける2人の少年リーダーの健気さ。僕はここ、とても好き。
 現在の保護者的観点からすれば台風が来たのにキャンプを続けるなんてムチャクチャでしょうが、昔の少年団的組織はまさにそういう状況こそが恰好の訓練の機会である、という考えをみごとに押し通していました。僕はかつてボーイスカウト日本連盟に所属しておりまして、1982年の第8回日本ジャンボリーに参加しています。中学2年の時です。初日の夜遅く、会場の南蔵王上空を台風が通過。雨合羽を着てみんなでテントの柱を押さえ、テントや荷物が闇の向こうに吹き飛ばされないようこらえたズブ濡れの記憶が、第9話を見てしみじみ甦りました。あの時早々に大会中止にならなかったおかげで、全国約3万人のスカウトが、すごく怖いけどすごくワクワクするミニ・ディザスター・ムービー的シチュエーションを肌で学べたわけです。
 ああいう経験が人生の糧になる、今の子どもたちにももっと冒険の場を!……とスパルタ教育論者みたいに勢い込むつもりはありません。ただ、親や先生が守ってくれない状況で頼りになるのは、懐中電灯と雨合羽、そして仲間との協力なのだと知っておくこと。それ自体は悪いもんではないですヨ。
 ボーイスカウト時代を懐かしく思い出させてもらった一方で、当時の自分は2人の少年リーダーのように、年下の子たちにとって頼れるお兄さんであっただろうか、ちゃんと気を配ることができたろうか、とも顧みてしまいます。鉄砲水で食糧が流された、かなり不安な局面なのにそれを気取られないよう「よし、みんな歌を歌おう」と明るく声を掛ける辺り、頭が下がる思いでした。『Q』の少年路線を担い、『ウルトラマン』でもここまでホシノ少年フィーチャーの話を手掛けている山田正弘らしい脚本です。

『地球はイデ隊員の星』イデ隊員 そうした山田ワールドと相性があんまり良くないのが、イデ隊員。彼のパーソナリティの重要な面である少年性が、ほんとに年少者がメインのエピソードだと控え目にならざるを得ません。残念ながら今回はまた存在感が薄い。ばかりか、「ただの台風じゃこちとらお呼びじゃないから。ハ~ア、力を持て余しちゃうなあ」なんて不謹慎なセリフを口にするほどです。
 しかし、これもイデ隊員の万能選手らしさ。怪獣もの、SFものはもちろん、サスペンス/スリラーのジャンルにも必要なのが、主人公と観客よりも状況判断が遅れる端役です。みなさんもよく見たことがあるでしょう。ヒロインがいくら「怪物を見たのよ!」と訴えても、ガムをクチャクチャさせながら「お嬢さん、アル中の更生施設に入るなら隣の州だぜ」と取りあわず、そのあとギャ~ッと怪物に食べられちゃう警官みたいなの。ザマミロと思われるだけの役目ですが、こいつの察しの悪さ加減がイライラさせるほど、展開にバネが付きます。捨て石だけど、平穏な日常と怪奇的状況の接点として必要な役。
 そう考えるとイデ隊員って、第1話の「そんなバカな」と謎の現象目撃情報を信じない態度から始まって、よく泥を被ってるよなあ。基本的にはここまでずっとダメ人間で、もはやどんな失言・失態をやらかそうがイデ隊員ならさもありなん状態ですが、ふつうの脇、潤滑油的三枚目、ひっかきまわすトリックスターに今回の無神経な端役と、それぞれグラディエーションは違います。全て1人で引き受けてみせているところに〈男のなかの男〉を僕は感じるのです。

 登場する怪獣はガボラ。台風一過のあとに現れ、ウラン鉱山のある町を襲います。「ガボラは放射能光線を吐く」というデータをハヤタ隊員が本部のコンピュータから引き出し、ムラマツキャップも「好物はウラン235だ」と性質をすでに知っている。
 『ウルトラマン』の作品世界では、ガボラの同種が以前にもどこかに出現しているのです。第4話のラゴンに近いけど、ラゴンの場合は『Q』で登場済み。初登場なのにデータがある怪獣はガボラが初めてです。毎回「なんだあれは!」と驚いていても芸がないしシナリオが手詰まりになる、制作上の必要から生まれた工夫かもしれませんが、SFシリーズとしての背景を膨らませる効果は抜群です。
 それに今回は、ウランを食べる時にも放射能を出すガボラを人里から遠ざける、その作戦がしっかり描かれる点がポイント。「放射能はとっても怖ろしいのよ」とフジ隊員も言います。『ウルトラマン』はここまでその視点がややおろそか……と感じていたので、良かった。
 しかし。登場人物はみんな「放射能」って言うんだね。正しくは「放射線」、或いは「放射性物質」じゃないかな?

 せっかくですから、ここでミニミニ科学講座。
 ガボラの好物であるウラン235は、天然ウランのひとつ。核分裂しやすい性質を持ちます。このウラン235の核分裂によって生じるエネルギーを利用しているのが、原子力発電です。
 で、このウラン235やウラン238、ラジウムなどの鉱石には「放射性物質」が含まれていて、物を通り抜ける光線のようなものを発します。これが「放射線」。で、この「放射線」を発する能力を「放射能」と言います。分かりやすく例えると、〈電球=放射性物質/電球の光=放射線/電球の光る能力=放射能〉ということです。
 なので、怪獣が「放射能」を出す、みたいなセリフは科学的には少し違うのです。怪獣そのものは体内に「放射性物質」を孕んだ、まさに「放射能」の持ち主だけど、彼らが発する、しかもかなり大量の「放射線」が怖ろしい、と言うほうが正しい。
 さらに言えば、我々はふだん宇宙から、また空気中や大地から様々な「自然放射線」を受けて暮らしています。病院で検査する時のX線は「人工放射線」です。農作物などにコバルトの「放射線」を当てる品種改良も行われています(第5話で登場した研究がそう。おばけニンジンなどやや極端な表現でしたが)。ふだん受けている量の「放射線」ならば身体に影響はありません。問題なのは、事故などによってケタ違いの量の「放射線」を一度に浴びてしまう場合です。

ウルトラマン Vol.3 [DVD] 講座なんて言いつつ、以上のことは日本原子力研究開発機構(JAEA)刊行物などからの受け売りです。日本の現在のエネルギー政策については僕なりの私見もありますが、世の中に〈放射能→とにかくコワイ、反対!〉という感情的な認識が行き渡っている点については、やや残念。思考停止状態したままだと、議論をスタートさせることさえできないからです。
 かなりの数の映画や小説が、「放射能」と「放射線」「放射性物質」の意味をゴッチャにしている。これ、けっこう責任あるよなあ。僕自身も数年前に知るまではそうでした。今は「放射能を浴びる」なんてセリフを聞くと、けっこうガッカリします。いつから始まった誤用でしょう?第五福竜丸の被爆事件と同年に公開された『ゴジラ』(54)はさすがに丁寧ですが、(いや山根博士、その説明の場合は「放射能」ではなく「放射性物質」が適切では……)と質問したくなる場面もあったりして。
 つまりは「放射性物質」も「放射線」もひっくるめて「放射能」、という慣用が定着しているわけですけど、被爆国だからこそもうちょい厳密であるべきかな、と思う次第であります。

 第9話に戻りましょう。ヘリによるガボラ誘導作戦のサスペンスの末、ウルトラマン登場。
 両者の戦いが……素晴らしい!ルールを変えて、特撮場面についてもみっちり語りたくなります。藤波と長州がバチバチやってた時代すら思い出させる迫真のファイト。地球に慣れてきたのか、ここにきてウルトラマンの動きの切れがよくなってる。〈ウルトラマン名勝負数え唄〉的なアンソロジーが企画されるならば、ぜひガボラとの戦いは推したいぞ。
 ガボラの好物はウラン235=原子力発電に利用される鉱石資源。この設定自体が、すごく効果的なんです。発電所を襲い電気を大量に食う第3話のネロンガと同じくエネルギー/資源摂取タイプ。人類の科学や文化の発展に欲されるものと、怪獣の好物が同じであるため、対立項が明確になるのがミソです。
 1992年に刊行された「ウルトラマン新研究 その「戦争と平和」論概説」(グループK-76編/朝日ソノラマ)を開いてみると、国家間の戦争原因には国家利益、領土紛争、経済的利益、支配目的などがあり、ガボラやネロンガのようなタイプの怪獣と人間との衝突は、経済的利益に分類されると書いてあり、ナルホドナルホドと感心させられました。

 ただ、この本は全体的には、著者の方々の専門(過去の戦争研究や国際政治学など)に基づいた論旨が前提にあり、該当する「ウルトラ」シリーズのエピソードを逐次当てはめていく論文スタイル。よくよく思い出してみると、こうした研究本は1991年に刊行された「ウルトラマン研究序説-若手学者25人がまじめ分析/科学特捜隊の組織・技術戦略」(SUPER STRINGS サーフライダー21編/中経出版)のほうが先でした。今までにない切り口だったので、当時はずいぶん評判になりましたよね。僕も買ったか借りたかして読んだはずなんだけど……。
 記憶がアイマイなのは、単に僕の求めているものとの差ゆえです。直感で、あ、御自分の学問のほうが映画や番組そのものより優先でらっしゃるのね、と察せられた時点で無意識に遠くなりました。本連載における僕の狙いのベクトルは逆で、あくまで1話ずつ順に見ながら何が読み解けるのか(イデ隊員を軸に)発見していきたいと考えています。演繹法と帰納法の違いに近いかな。
 なので「ウルトラマン研究序説」「ウルトラマン新研究」の価値については、その専門内容に敬意を持ちつつ、僕には判断できないのが正直なところです。この2冊に限らず、他分野専門の方々が映画をダシに使う形で書かれた、例えば〈スリラー映画に見る社会不安分析〉〈ハリウッド映画から読み解くキリスト教文化〉的なアプローチの著作はことごとくスルーさせてもらっております。

 そういうわけで、イデ隊員の存在感が薄くても、充分に面白かった。こういう〈イデ隊員度〉が限りなく低くても実のあるエピソードを本連載的にはどう捉えるべきか、まだ決めあぐねているところがありまして。悩みつつも、進めていきます。いずれはイデ隊員本人が教えてくれるだろう。

 イデ隊員のおとこ語録:第9話 「そうそうそう、狙いが外れるってこともあるしね」

 射撃に自信があるアラシ隊員がガボラを攻撃しに行かせてほしいと焦り、ムラマツキャップやフジ隊員に諌められる時、被せるように言うセリフです。完全に尻馬なひとこと。言われるほうはカチンときますね。今回はこれぐらいしかマトモなセリフが無かったです。
 当然ながらアラシ隊員、「なにを~!」と腹を立てます。それで余計、冷静さを欠いているアラシ隊員にはやはり無理だ、となり、ハヤタ隊員の出番に。……ウン、これは確かにつまらないセリフだけど、イデ隊員ならではじゃないかと。火急の状況では、この俺が!的な張り切り方を見せる人はけっこう立ちます。そんなに言うならキミに任せてみようか、というムードにもなりやすく、逆にリスクは高まったりする。そんな全体にカッカと頭の血が上っている場には、「狙いが外れるってこともあるしね」とあえてシラけるほど当り前なことを言って判断が狂わないようクールダウンさせる、憎まれ役は必要なんです。
 吟味すると、やはりイデ隊員はイデ隊員。つまらないセリフのなかに、おとこが光っていました。
 こうした美点が、以降のSFヒーロー番組からはだんだん消えていきます。「宇宙戦艦ヤマト」(74~75)あたりになると、例え0.01%の確率でも(波動砲などを)撃つ、それがオトコだ!的に燃える古代進くんが称揚される突貫精神賛美ファンタジーにすでになっていましたね。イデ隊員みたいな発言をするキャラクターは、単なる腰抜け、弱虫扱いでした。どこでどう変わってしまったのでしょう。

(つづく)

( 2010.10.22 更新 )

(注)本連載の内容は著者個人の見解に基づいたものであり、円谷プロダクションの公式見解とは異なる場合があります。

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2010/10/22/16:32 | トラックバック (1)
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ウラン怪獣 ガボラ 登場

Tracked on 2010/10/22(金)18:52:01

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