(2003 / アメリカ / デイナ・ブラウン)
波頭で生の瞬間と戯れる悦び

仙道 勇人

 「ブーム」という言い方は余りしたくないが、近年のドキュメンタリーの活況ぶりは、 やはりそうとしか言いようのない勢いがあるのは誰もが認めるところだろう。これはマイケル・ムーアの「ボーリング・フォー・コロンバイン」 ('02)によって、ドキュメンタリーに対する硬直したイメージが突き崩され、ドキュメンタリーの面白さが再発見された面が大きい。が、 「ボーリング~」の前年に公開された「戦場のフォトグラファー」('01)は、現時点における最高の戦場カメラマンの一人であるジェームズ・ ナクトウェイに密着、その世界観を丁寧に掘り下げていたし、また「ボーリング~」と同年には、 複数の監督が米同時多発テロを題材にした真摯なドキュメント「セプテンバー11」('02)、ハリウッド女優の実像に迫った 「デボラウィンガーを探して」('02)、また、10人の監督達が10分間を撮ったコンピレーション映画「10 MINUTES OLDER」('02)にも秀逸なドキュメンタリー作品が幾つか収録されていたように、 全体的に見てこの年は独創的なアプローチによる優れたドキュメンタリーが数多く公開されていたおり、 そうした静かなムーブメントを決定的に象徴していたのが「ボーリング・フォー・コロンバイン」であった、と言うことができる。更に今年は、 パルムドールを獲得したマイケル・ムーアの新作「華氏911」を筆頭に、 様々な世界を題材にしたドキュメンタリー作品が公開(公開予定)されており、当分ホットな分野であり続けることは間違いないだろう。

 そうした追い風の中で公開された本作「ステップ・イントゥ・リキッド」は、意外なほど正統派に属したドキュメンタリーである。ここで言う 「正統派」とは、素材への関心を喚起させる手法にあざとさがないということであり、 素材に対するアプローチに奇を衒った演出がなされていないということだ。シンプルに且つ徹底的に素材を追うことで、 素材の魅力を十二分に引きだし、伝えきっていることは言うに及ばず、本作はそうした人間の営為を丁寧に掬い取ることで、 人の生きる意義としか言いようのないものまでをもストレートに提示している。映像的にも、 哲学的にも申し分のない見応えを備えた出色のドキュメンタリーなのである。

 サーフィンを題材にした作品ということで、当然サーフィンの映像を中心に構成されているわけだが、 本作の魅力の一つは従来のサーフィンのイメージを覆す映像群にある。高波を御して鮮やかにターンをするとか、 筒状と化した波をくぐり抜けていくといった、誰もがイメージとして持っているような従来のサーフィンは勿論のこと、 沖合に屹立する壁の如き超巨大ウェーブに挑むサーフィン、タンカーが作り出す航跡の波にひたすら乗り続けるサーフィンなど、 想像したこともないようなサーフィン・スタイルが次々と登場するのである。一口にサーフィンと言っても、 こんなにもアプローチの仕方があるのか、と感心させられることしきりで、 これら見たことも聞いたこともない新しいサーフィンに興じる人々の姿を見ているだけでも、十分楽しめる魅力的な映像となっている。

 また、波の大小によって映像構成に自然な緩急がついている点も見逃せない。前出の超巨大ウェーブを乗りこなす映像は、スタントなし、 CG合成なしの実写ゆえの圧倒的な迫力に満ちているし、各地の凄腕サーファーが、チューブ・ ライディングを次々と決めていく姿は何度見ても胸が空くほど華麗で、壮観だ。その一方で、 始めてサーフィンに挑戦する子供達の初々しい姿などは見ていて本当に楽しそうだし、老境に入ってなお波と戯れる人々の姿は、 スリルや興奮を求める若者とは一線を画した波との付き合い方があることを如実に伝えている。 サーフィンの映像が延々と映し出される作品でありながら、飽きが来ない作品に仕上がっているのは、 ひとえにこの巧みな構成の妙にあると言えよう。

 本作では世界各地で見られる多種多様な波と32名のサーファーが紹介されているが、それは様々なサーフィンスタイルと同時に、 彼ら一人一人の人生の多彩さを切り取っている、ということでもある。 サーフィン映像の合間を縫うように挿入されたサーファー達の生の声を通して、 デイナ監督は人生の中心にサーフィンがあるということの意味を浮き彫りにしようとしており、そしてその試みは見事に成功している。 彼らの言葉は、いずれも味わい深いものが少なくないのだが、時には単純明快すぎて綺麗事のように聞こえるものもある。が、 次の瞬間に挿入されるサーフィン映像によって、彼らに対する批判や反発はたちどころに雲散霧消してしまうのである。当然だろう、 彼らは口だけでなく、きっちりと実践してみせているのだから!

 こうして、鑑賞者はいつしか彼ら筋金入りの実践者の言葉に導かれていくことになるのだが、 そうするうちに彼らが共通して持つ快活さの理由が少しずつ見えてくる。そして、彼らの行動原理こそは、 シンプルだが人生にとって極めて大切な"真理"に基づいているのだ、ということがはっきりと理解されていくのである。それは同時に、 自分の人生がその"真理"に基づいているか、という鋭い自省を喚起せずにはおかないだろう。

 とはいえ、そんな理屈よりも、多くの人は彼らの快活さや彼らの笑顔に魅せられてしまうに違いないし、 恐らくは彼らが愛してやまないサーフィンに激しい興味を掻き立てられることだろう。 本作によって爆発的にサーファーが増えるかどうかはわからないが、世界中でサーファーの底辺を押し上げることはまず間違いないところだ。 この夏、まだ海に出かける予定があるなら挑戦してみたらいかがだろうか。もしかしたら、 テイクオフの瞬間人生が変わることになるかもしれない。

(2004.8.16)

2005/04/30/19:20 | トラックバック (0)
仙道勇人
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