今週の一本
(2005 / 日本 / 桜井剛)
ライオンは眠っている、今はまだ

膳場 岳人

 父親による理不尽な虐待に耐えるうち、少年は自らの心に暗い暴力衝動を胚胎させてしまう。「津波が来る」――。 この世の終わりを幻視したかの如き不穏な言動を口にしてみる少年は、天災によって世界の「悪」が一掃される場面を夢見ることで、 暴力の連環から束の間逃れようとする。しかし、現実は容赦なく彼を虐げ、彼の中の獰猛な衝動を刺激する。そしてある瞬間、 それは唐突に爆発する。彼の中から生まれた暴力という名の怪物は、手始めに彼よりさらに弱い者を歯牙にかける。彼は知ったはずだ。 暴力を行使することにはある種の快楽が伴うことを。暴力を生きていくための手段とすることで、「自分は強者になれる」という強い感覚を。 ついに彼は、家庭に居座っている暴君に対して牙を剥く。これにより、彼は津波を待つ受動的な存在ではなく、 自ら津波を見に行ってやろうとする、能動的な存在へと変化を遂げる。世界の破滅を手持ち無沙汰に待ちわびるのではなく、 その最初の目撃者になってやろうというわけだ。しかし、傷ついた少女を伴って旅に出た彼が目にするのは、世界の破滅ではなく、 世界の始まりの朝である。

 家庭内暴力や児童への性犯罪といった、今やすっかり身近で切実な現象となってしまったモチーフが、 きわめて巧みに55分間の作品内におさめられている。ただ単に巧みな物語構成を持っているというだけでなく、 作家の主張の強さを感じさせる箇所が複数ある点が心強い。たとえば、主人公ハルキと道行きを共にすることになる少女、カツキ。 彼女はクラスの女子から「無視」という形でイジメを受けるのだが、その原因の描写に一工夫がある。 暫く学校を休んでいたクラスメイトの少女がいる。彼女はどうやら、性犯罪の被害に遭ってしまったらしい。 カツキはどこからか仕入れてきたその情報を、こっそりとグループの友人たちに打ち明ける。友人たちはすでに知っていたといい、 そうしたデリケートな問題を無神経に吹聴する彼女が「信じられない」と怒りをあらわにする。これでは、 カツキが同性に嫌われてしまうのは当然だろう。彼女は「両親の不和に淋しい思いをしながらも、あくまで健気に振舞う可哀想な女の子」 という造形を施されているが、さらにその不完全な人間性に踏み込んでみせたことで、彼女の心の彷徨はリアリティに富んだものとなり、 その孤独も後悔もひりひりした痛みを伴ってこちらに伝わることになる。振り返ってみると、 ローティーンというものは誰もがそういう不恰好な過ちを犯し、失敗から多くを学ぶ時期ではなかろうか。 カツキがその後出くわす事件を鑑みても、危険だらけの子供の世界を簡潔に表現する上でも、性犯罪に対する子供たち側の印象を見せる上でも、 このちょっとした「一工夫」の効用は甚大である。

 だが優等生的なドラマ作りに徹したゆえか、あるいはビデオ撮りされた画面の宿命なのか、最後まで「映画を見ている」という感触は希薄。 しばしば焦点を失い、覚束なくなるキャメラや、流麗とはいいがたい編集のリズムのせいかとも思ったが、むしろ物語のクライマックスが、 いかにも皮相的な描写の連続で終わってしまっているところに、その最大の原因があるのかもしれない。傷ついた少年と少女は、 閉塞した息苦しい世界を飛び出し、変質者が跋扈する危険な闇夜へと歩を進める。そこには、かつて経験したことのない冒険の興奮があり、 朝日を待ちわびる心細い時間があり、異性同士が二人きりでいることによって生じる、さまざまな心の綾があったはずだ。『スタンド・バイ・ ミー』ほどドラマティックである必要はないが、孤独に生きる者同士の交流が、より繊細に描かれたのちに、 はじめてあの美しい目的地に辿り着くべきではなかったか。その行程にこそ作品が「映画」に昇華される豊穣が埋まっているはずである。 もっとも、そこを描く時間をもらえないのが、中編映画の宿命なのかもしれないが。

 とは言え、素材を料理する手腕は、初監督作品とは思えないほどに習熟しており、「文部科学省選定映画(青年向け・成人向け)」 も納得の充実度であることは確か。主人公ハルキを演じたタモト清嵐は、父親に殴られ、蹴られ、ご飯も与えられないという悲運をこうむる一方、 やんちゃで、元気で、お調子者の側面も持つ生命力のあるキャラクターを、完全に自家薬籠中のものにしている。彼は生涯「内なる怪物」 と付き合わなければならないので、本作品の爽やかで前向きなラストは欺瞞以外の何ものでもないのだが、 いまひとまずライオンは眠りに落ちたのである。暗い将来をいささかも思わせないタモト清嵐の生まれ持っての陽気さが、 鑑賞後の爽快さに大きく貢献している。短期間のうちに苛酷な経験を連続して強いられるカツキを演じた野原瑠美。 その決して上手とはいえないぎこちない演技が、危うくて不安定なカツキの心情によくフィットしている。落ち着かない雰囲気が変に可愛いです。 「津波」つながりというわけでもあるまいが、『ユリイカ』で「見た目凡人、切れたら狂人」の殺人者を演じた利重剛が、 ここでもブルーカラーで潔癖症の親父を凶々しく演じていて、本気で怖い。今後、 この方がミステリー映画に出てきたら絶対に犯人だと思うことにします。母親役の秋本奈保美も、 子供には優しいがどこまでも優柔不断な女を好演。彼女が子供といるときの柔和で自然な笑顔が、 息子の唯一無比のオアシスであることを証明している。子供も、若者も、子供をもつ親も、見て決して損はしない一作です。

(2005.2.28)

2005/04/30/20:08 | BBS | トラックバック (0)
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