地球はイデ隊員の星

連載第2回 第2話『侵略者を撃て』(前)

 「ウルトラ」シリーズの人気敵役、バルタン星人初登場の第2話です。うろ覚えですが、これは確かに再放送などで接した記憶がありますし、見るのを楽しみにしていました。しかし、まさかここまでイデ隊員大フィーチャーの回だったとは! 本連載のヤマ場が、早くも訪れてしまった……と戦慄を覚えるぐらいの勢いです。

 もうね、いきなりイデ隊員好きのハート鷲掴みなオープニングなのですよ。
 「ハイハイ、ああ、あれですか。ありゃあ隕石じゃなかったですよ。ええ、ただの軽石でした。いや、こりゃどうも。失礼します……」と電話対応するイデ隊員から始まります。ここはまず、科学特捜隊の日常の雰囲気を伝える描写として面白い。怪事件や異変を捜査し宇宙からの侵略に備えるといっても、多くの通報は単なる誤認であり、その処理に多くの時間が占められている。そんな業務風景の一端が見られるのです。その証拠にこの場面での隊員一同、やっていることは明らかにデスクワーク。
 市民からの問い合わせの電話なら、イデ隊員の口の利き方は少しぞんざいな気もしますが、第1回で書いたようにそこが〈宇宙からの脅威の襲来にリアリティがある世界〉として設定されているならば。イデ隊員のようなカラッとした返答のほうが、問い合わせしているほうも安心できるでしょう。エピソードが始まる前のマクラの部分で、「ウルトラマン」の設定世界にさりげなく引き込む脚本の工夫であり、やはり、そういう役目にはイデ隊員が適切なのだなと、感心させられます。

 で、そのイデ隊員の右目のまわりには大きなアザが。隊員たちもクスクス笑ってる。
 するとイデ隊員、なんとカメラに向かって話しかけるのです。「いや、(アザをさして)これですか? いや、こりゃどうも。そんなに目立ちます? ウヒヒ……」
 おっかぶせるようにアキコ隊員が、「目立つなんてもんじゃないわよ。ねえ?」とやっぱりカメラを見て、首をかしげながらニッコリ。
 ……なんなんでしょうね、この甘い多福感。劇中の人物が唐突にカメラ(=視聴者)に向かって話しかけることで生まれる、メタフィジックな意外性かつ批評性と、親しみやすい楽しさの同居。ジャン=リュック・ゴダール全作品のなかでも最も明朗な『女は女である』(60-61日本公開)に、同じ演出(ギャグ)がありますよね。ジャン=ポール・ベルモンドのような面長の顔をクシャッとさせて笑うイデ隊員のオトボケに、すかさずつっこみを入れるアキコ隊員のアンナ・カリーナ的愛くるしさ、その呼吸の良さ!

『地球はイデ隊員の星』イデ隊員3A こういう洒落た、知的雰囲気を湛えた楽しさはもちろんゴダールに限らず、ルイ・マル、ジャック・タチなどなどといった当時のフランス映画の多くに共通するものです。第2話はまた、特にバルタン星人が人間たちを次々とフリーズさせる特撮場面での色彩アイデアが抜群なのですが、そこにもジャック・ドゥミなんかを思わせる、カラフルで手作りな夢の雰囲気があります。柱の真っ赤なあたりが、特にいい。
 大体、科学特捜隊は「パリに本部を置く国際科学警察機構の日本支部」下にある設定だってんですから、『ウルトラマン』の独特の垢抜けたタッチに、ヌーヴェル・ヴァーグを中心とした当時のフランス映画の影響があるのはまず間違いないでしょう。だから逆に、本家が変化球を投げれば亜流のフォームに似てくる、というユニークな現象も生まれます。僕と年齢の近いなかには、やはりゴダールのSF映画『アルファヴィル』(65-70日本公開)を名画座やビデオなどで見て、「ウルトラ」シリーズとの妙な既視感にビックリした記憶がある方、少なくないはずです。そして本家も亜流も、アメリカ映画への憧れでは一致している。カメラに向かってニッコリ、その多福感のもとをたどれば、MGMミュージカルのジーン・ケリーとか、色々あるんだよね、きっと!

 話が脱線していますが、イデ隊員のキャラクターと今後付き合っていく上でも必要になっていくと思いますので、ヌーヴェル・ヴァーグを感じさせる点について、もう少し。
 科学特捜隊は深夜に、「強烈な電波を発する物体」が東京上空に飛来したと「防衛基地」から連絡を受けます(つまりここで国内には別の防衛組織があると分かるのですが、それについては後で)。その電波が消えた地点にある「科学センター」へ、ムラマツキャップの指示で向かったアラシ隊員。時間はもう早朝です。特捜隊の専用車を降り、広い構内をセンターに向かって歩くアラシ隊員を、「科学センター」の建物の上階から俯瞰するカット。この、構図をバッチリと決めた怜悧ゆえに異常さを醸し出した(なにしろ、中にはすでにバルタン星人が潜んでいる)カットは、『去年マリエンバートで』(61-64公開)そのものです。
 アラシ隊員は、特捜隊のなかでも実直な現場人タイプで、第2話において早くもイデ隊員とは凸凹コンビを形成しつつあります。仮眠室の二段ベッドでお互いのイビキに眠れない、といった描写。スリッパのまま出動しようとしたアラシ隊員をイデ隊員がからかう描写。これもいちいち、イデ隊員チェックとしてはおいしいポイントですが。ともかくイデ隊員の相棒・アラシ隊員の姿を、まさかアラン・レネ調の映像によって拝めるとは思いもよりませんでした。

 冒頭のイデ隊員とアキコ隊員にせよ、アラシ隊員の俯瞰にせよ、こういう絵がいちいち決まるのは、『ウルトラマン』が(近未来ではないとしても)未来的ムードを前面に出した設定のストーリーだから。ここ、重要です。もう40年以上前に制作され、当時の映画の最新モードを積極的に取り入れていても、未来的ムードは意外となかなか古くならない。アメリカの『宇宙大作戦(スター・トレック)』だってそうですよね? 〈むかし作られた未来のイメージ〉は、ノスタルジックなようでいて、またいつまでも新鮮でもあります。それこそ『去年マリエンバートで』でアラン・レネが意図し、実験的かつ思索的モンタージュの雨あらしによって生みだした、現在にも過去にも帰属しない「恒常的時間」とでも言うべき存在。あれが丸ごと、>ウルトラマン Vol.1 [DVD]しかも易易とパッケージされているとでも申せましょうか……。まあ、これは実に本質的な探究となりましょう。同じフランスとはいえ、ジョルジュ・メリエスにまで話を遡らせ出すと大変です。しかし、映画が持つ原初的魅力、トリックの魔性は、その誕生当時から架空世界/ファンタジーとおそろしく相性が良かった。この事実は、『ウルトラマン』の長持ちの秘密を探る上でも、押さえておきたい。当時のスタッフが素晴らしい仕事をなさったことはもちろんなのですが、さらに映画そのものの核心に、いきなり迫ってしまった“何か”があるはずなんです。僕はもしかしたら映画を、口承や文字で伝えられてきたフシギなおはなしを、実在するようでしない、動くイメージとして見せてしまう、20世紀に生まれた新しい民間伝承装置として捉えようとしているのかもしれません……。

 う~む。昔から分かってはいるつもりだったけど、『ウルトラマン』はやはり奥が深そうだぞ。感心したところで、本筋に戻りましょう。
 そのくせ、特撮の見せ場であるバルタン星人が姿を現すあたりはちょっと走ります。早いうちにお断りしますが、本連載では、イデ隊員チェックを軸にするぶん、ウルトラマンが出てきて怪獣や宇宙人と戦う場面についてはやや淡白になると思います。特撮の分析や研究をメインにした文献はすでに山のようにありますし、なにより特撮は見てナンボだと思いますので。
 僕が購入した廉価版DVDには、各話の観賞ポイントや特撮のビハインド情報などがコンパクトに書かれたライナーノート(執筆・秋廣泰生)が封入されており、面白いし、僕のようにこれから『ウルトラマン』を初めて順番に見ようという人間には、ガイドとしてとても助かります。この第2話が制作上の1回目なのはなんとなく知ってましたが、バルタン星人の分身シーンに完成試写の席でどよめきと歓声があがった、というエピソードは初めて知りました。いい話ですね。新しいものを作っている手ごたえと高揚。ジンとくるものがあります。(DVDの宣伝をしてるわけじゃないですよ!)

 そのバルタン星人が何を目的に地球にやってきたのか。コンタクトを取る重要な任務はイデ隊員に委ねられました。さすが~。イデ隊員が大きな仕事を任されると、僕も嬉しいです。
 理由はというと、イデ隊員が「宇宙語」を話せるから。
 ……子ども向けSFドラマなんだから、そういうムチャな設定も楽しかろう、とスルーしてしまってもよいのですが、いやいや、ここは拘りましょう。なにしろアータ、「宇宙語」ですよ。イデ隊員がこんな特技・資格を持っているとは思いもよりませんでした。やはり、凄い男だ。
 ところがイデ隊員、「そりゃあボクは宇宙語に関してはかなりのキチガイさ。けど、本当の宇宙人と話した経験はないからねェ……」と、おっかなびっくりなのでした。
 ガチガチに緊張しながらバルタン星人のもとに向かう、すこぶる頼りなさげなイデ隊員の様子は第2話きってのおもしろパートなのですが、これには明らかにスタッフの側に、パロディ的な意図があったと思います。なんのパロディかといえば、先行のSF映画です。
 『ウルトラマン』の作品設定や演出にはアメリカの戦争映画や西部劇、フランス映画のヌーヴェル・ヴァーグの影響が窺える、とここまで書いてきましたが、さらに重要なのは、1950年代から本格的に始まったSF映画ブームの存在です。これについて書き進めたいのですが、第1回に続いてまた目安の3,000文字を越えてしまった。イデ隊員チェックはこれからが本番なのに! どうしよう。……3分熟考したすえ、決めました。1話=連載1回分はあきらめ、イデ隊員度が高いエピソードは、回を分けることにします。第2話は、想像していた以上に語りたい、語っておくべきポイントがたっくさんあるのです。

(つづく)

( 2010.8.13 更新 )

(注)本連載の内容は著者個人の見解に基づいたものであり、円谷プロダクションの公式見解とは異なる場合があります。

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2010/08/13/12:02 | トラックバック (1)
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「ウルトラマン」第2話「侵略者を撃て」 E あしたはきっとやってくるさ!

宇宙忍者バルタン星人 登場

Tracked on 2010/08/13(金)14:53:36

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