連載第10回 放送第7話『バラージの青い石』(後)
怪獣アントラーが現れる街、バラージ。
科学特捜隊の調査に同行するパリ本部の連絡員・ジムが、「地図にも載っていない幻の街」と何度か強調します。が、地理上は特定が難しい場所にあるわけではありません。現在のトルコ共和国の東端にあり、アルメニア、イラン各国境に近いアララト山のふもとです。アララト山は、アラシ隊員のセリフにもある通り、ノアの箱舟が流れ着いたと言われている有名な山ですから。
ただバラージの女性神官・チャータムの説明によれば、かつてバラージの街はシルクロードの交易地として大いに繁栄したのに、怪獣アントラーが周辺に現れたために人の流出入が途切れて一気に孤立、地図から消えた街になってしまった。「幻の街」と半ば伝説化されたのは、そうした歴史的経緯によるものです。
さてさてそれで、国際科学警察機構/科学特捜隊の日本支部が現地に調査へ。バラージの人々が密かに祀る〈ノアの神〉の像がウルトラマンに瓜二つだったという、ここまでしつこく書いてきたエピソードがあり。街を襲来するアントラーと、ウルトラマンの対決へ。
アントラーは全体のフォルム、甲羅の質感が実にカッコイイ、造型的には名怪獣のひとつ。しかし、プロフィール自体にはドラマがありません。(また)あっさりウルトラマンが勝つんだろうと思いきや……。とどめのスペシウム光線が、効かない! 大苦戦。初めての事態です。
ところが、かつて〈ノアの神〉(ウルトラマンの先祖)が置いていった青い石。これをムラマツキャップが投げつけたら、石の大爆発とともにアントラーは絶命。びっくり。
ウルトラマン抜きで科特隊が怪獣退治に成功するエピソード、確かにあったと記憶していましたし、こうして順番に見ていけば、いずれは目にするものと予測していました。だけど、まさか、まだ7話目で見ることになるとは。
一方で、青い石にはウルトラマンの先祖によって、スペシウム光線に相当するエネルギーが蓄えられていたようです。だから、厳密にはやはりウルトラマン(一族)のおかげ、と言える。
なんとも興味深い展開です。現在のウルトラマンのスペシウム光線が、中近東の怪獣アントラーに対しては全くの無力だったというショーゲキの事実。アントラーがケタ違いに強かったというより、スペシウム光線が異国では通用しないのだ、と考えた方が理屈に合います。
これも、ウルトラマンは日本に定住しやすいという理屈の、ひとつの裏付けになるのかなあ。
ウルトラマンの先祖がバラージにやってきたのは紀元前。唯一神(アラー)を信仰するイスラム文化の生まれるよりずっと前です。バラージがアララト山のふもとに実在したとすれば、先史時代から東西、さらに南北の民族が接触して文明を生んだ地域、アナトリアにあった街だと解釈できます。そして、その一帯にはおそらく、ウルトラマンの先祖が必要となるぐらい、怪獣、魔物の類が存在したのです。
ここから、さらに仮定が引き出されます。
- 伝統的にウルトラマンは文化や宗教が混然とし、なおかつ大発展を遂げている地域(古代アナトリア、そして戦後の日本)の街に現れ、滞在する。
- その代わりウルトラマンの能力は、その国・地域のみでしか発揮できない。
- 今の段階で僕も知っている最終話のあらましを併せて考えれば、ウルトラマンの地球滞在は何らかの理由で期間限定。そしてバラージの例を見る限りでは、大発展した国・地域はウルトラマンが去った後、衰退する運命をたどる……。
技術や科学の発展に邁進する世の中への懐疑。人類の平和の守り神・ウルトラマンが初めて見せてしまう、無力な姿(怪獣に対してもバラージの衰退に対しても)。バラージの物語のメッセージは、「ウルトラマン」という番組自体への鋭い批評になっていました。
大ざっぱな説明になりますが、シルクロードはかつての内陸の交易ルートです。とはいえ、一本道の街道が定められていたわけではありません。砂漠を迂回する、山脈のふもとに沿うなど進路は複数あったようです。さらに言えば、街や集落ごとの人の出入りや物流の「点」が自然と増えるに従い、結果的に「線」となり、東西の文化を端から端へと運ぶ大きなルートが形成された、とみるほうが実相に近いみたい。(だから、仏像などの仏教美術がインド→中国→日本と伝来される過程で、バラージの〈ノアの像〉の影響が大陸のどこかで混ざり合った、と楽しく想像してみることも可能です)
で、この内陸の交易ルートが、やがて航海技術の発展と海路の発見によって廃れていったのですね。必然として、世界の大都市も内陸から海沿いへ移動。やがて航空技術とともに空路という新しく、しかも大幅に時間を短縮する物流手段が生まれ、陸路・海路をともに駆逐するに至る。
こうした不可逆的な歴史を踏まえると、科学特捜隊専用機・ビートルに乗り込んだ一行が、日本から中近東の現地へ向かう前半の場面の楽しさ。それ自体にテーマの針がしっかり仕込まれているのが分かります。最新鋭機のジェットで大陸をひとっとび! のようすをミニチュア撮影と細密な風景画の高度な合成で見せる楽天性と、歴史から取り残されたバラージとの落差。発展と衰退とは常に合わせ鏡なのだ、という。
ここで唐突に思い出したのが、たまたま読んだカエサル(シーザー)の「ガリア戦記」にある1文です。カエサルがこれから遠征するガリアの地(現在のフランス・ベルギー・スイスとその周辺)に住む民族のひとつ、ベルガエ人について触れた箇所が、急にバラージと対照的な例としてつながってきました。
「なかで最も強いのはベルガエ人であるが、その人々はプローウィンキア(※ローマの属州/現在の南フランス地方)の文化教養から遠くはなれているし、商人もめったにゆききしないから心を軟弱にするものが入らないのと、レーヌス河のむこうのゲルマーニー人に近いのでそれと絶えず戦っているためである」(近山金次訳・岩波文庫)
そうか、古代ローマの大将軍が戦争をおっ始める時、手ごわい相手になると警戒していたのは、こんな民族なのか。文化/流通の発展イコール民族の進歩という公式に胡坐をかいていないカエサルの認識には、とても現実的な強度を感じます。いにしえの繁栄の記憶を抱いて滅びゆく街・バラージの物語を哀感とともに味わってしばし満足し、はい次回は? と意識がすぐに移ることを、ためらわせるものがあります。とはいえ、結局はベルガエ人も、カエサル率いるローマ軍に敗れることになる。では、文明の営みとはなんなのか。そこまで考えさせられます。
要はこの第7話「バラージの青い石」が、単独のSFドラマとしても傑出している、と僕は言いたかった。傑出していると結論づけるに至る迂回だらけの過程を、ウニョウニョと書かせてもらった次第です。
辛抱強く付き合ってくれた方に情報サービス。第7話を見て、もっと似たテーマのドラマを見たいと思ったなら、『新スタートレック』のエピソード、「超時空惑星カターン」がオススメです。スタートレックってよく知らない、途中から見てもつまらないのでは? と思った場合でもダイジョウブ。未来の宇宙をパトロールする船員達の冒険を描く1話完結の長寿シリーズで、「カターン」はそのうちの1本。最低限これだけ押さえといてもらえば、すぐに、1993年度世界SF大会ヒューゴー賞(映像部門)受賞作の感動がアナタのものだ。
まさか、イデ隊員抜きでここまで書き進めることになるとは思いもよりませんでした。
連載の主旨を忘れたわけではありませんヨ。ビートルが砂漠に不時着した際に負傷したため、今回のイデ隊員はあまり調子が出なかった。それに、ウルトラマンとハヤタの関係の再認識が重要なエピソードなので、あえて控え目なポジションだったことは、前々回に書いた通りです。
しかし、それでもイデ隊員は前半のうちに、しっかりと自分の存在感を示していました。
バラージのある地点へと飛ぶビートルの機内。日本支部に残ったフジ隊員に無線連絡する際の、イデ隊員のセリフです。
イデ隊員のおとこ語録:第7話 「いよいよ魔の地点に突入する!……とはいっても、天気晴朗にしてェ」
これから向うのは、パリ本部ほかの調査隊が次々と行方不明になった(おそらくバミューダトライアングルの伝説を参考にした)場所です。危険な任務です。生きて帰れる保証は全く無いのです。にも関わらず、天気がいいとゴキゲン。実に驚くべき肝力ではありませんか。
大体イデ隊員は第5話でも、怪物に狙われる女性の身辺警護の途中で「空気はいいし、天気はいいし。フワア……」と欠伸しながら芝生に寝っ転がっていました。目の前に青空さえ広がっていれば、任務や責任みたいな肩の凝るものは一切どうでもよくなる。妙に吹っ切れた、人生そのものをいつ投げ出してもいいようなところが、イデ隊員にはあります。ほとんど、ハナ肇とクレージーキャッツ「だまって俺について来い」の歌詞そのものの境地(作詞・青島幸男)。
ひょっとしたら楽曲著作権云々があるかもなので歌詞の丸ごと引用は控えますけど、知らない人はぜひ聞いてみてください。稀代の名曲です。仕事も金も無く女のコにもフラれ、お先真っ暗だった27歳の冬。図書館でたまたまCDを借りたこの曲の、あらゆる悩みをバカバカしくさせる陽気な破壊力にどれだけ救われたか分かりません。現在の自分を省みて「そのうちなんとか」なってるかどうかは、はなはだビミョーですが、今でも「ぜにのないやつぁ……」と口ずさんで勇気をもらった日のことは忘れない。
そんなクレージー・スピリットを受け継いで、深いテーマのエピソード全体をチャラにしかねないセリフをあっさり口にするイデ隊員。ぜひ、我々も見習いましょう。例えばこんな時に、実践してみてはいかがでしょうか。
「これから、クレームの出た顧客に謝罪と説明に向かいます!……とはいっても、天気晴朗にしてェ」
「家庭裁判所へ、離婚調停の話し合いに行かねば!……とはいっても、天気晴朗にしてェ」
(つづく)
( 2010.10.8 更新 )
(注)本連載の内容は著者個人の見解に基づいたものであり、円谷プロダクションの公式見解とは異なる場合があります。
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