連載第13回 放送第10話『謎の恐竜基地』(前)
『ウルトラマン』を順に見ていると、まるっきり間延びしたエピソードが今まで無いことに改めて感心します。それほどの興趣が無いストーリーの場合でも毎回違う怪獣が登場、ウルトラマンとの対決スペクタクルが用意されているので、必ず一定以上の満足を約束してくれる。
それにしても、このところ数回のテンションは高い。『ウルトラマン』という枠でやれることの幅は意外と広いぞ、とスタッフが早々に掴み、燃えている感じが伝わってきてドキドキします。
そしてこの第10話。結論から言えば、ここまでで最もシリアスで、一番の見応えです。僕なりの重要ポイントを挙げると、下の4つになります。
- イデ隊員のデート姿が見られる。
- ハヤタ隊員がウルトラマンに変身する際の姿が、初めて具体的に描写されている。
- 〈ゴジラ対ウルトラマン〉という夢の対決が実質上、実現されている。
- 怪獣の存在の哀れ、という潜在的だったテーマが遂にストーリーの軸になっている。
ポイント2~4は、広く捉えれば1セット。熱心な特撮ファン、〈ウルトラ〉ファンの方々なら言わずもがなでしょう。登場怪獣ジラースがゴジラの着ぐるみの改造、というトリビアを知っておくのは、かつては全国の小学生(主に男子)の当然のたしなみであったほどです。
なので本連載的には、まずポイント1をじっくりと考えます。
北山湖という湖に、異常な量の魚が獲れる怪現象が発生。ハヤタ隊員、アラシ隊員、イデ隊員の3人はビートルで調査に向かい、特殊潜航艇S21号が湖底を探索するものの(怪獣は岩陰に隠れ)原因は見つけられず。
ムラマツキャップが特別に一泊してこいと許可してくれたので、3人は湖の近くのホテルへ。そこでイデ隊員、〈モンスター博士〉と呼ばれる中村博士の取材に来ていた女性記者、久保さんと知り合い、一緒に湖畔で夜釣りを楽しむことになります。……第2話や第8話ではフジ隊員と仲が良いところをチラホラ窺わせ、第5話や第7話においては美しい女性に敏感に反応してきたイデ隊員。ついに見せましたよ、プライヴェートにおける若い独身男性の素顔を。女の子大好き、エルヴィス・ムービー風に言ったら〈ガール!ガール!ガール!〉振りの片鱗を!
でも、正確にはプライヴェートではないか。北山湖調査の後、「さしあたって事件も無いんだし、ひと晩泊ってゆっくりしてこい。特別休暇だ」とムラマツキャップが無線で言ってくれますが、これは宿泊費などが経費として出る出張扱いにしてやるぞ、ということでしょう。
「ありがとうございます!」とハヤタ隊員とイデ隊員が喜んで握手する場面からの一連、いいなあ。本当にいい。科学特捜隊は画面で見ている限り、四六時中働きづめですから。ハヤタ隊員さえ半分休みの1泊許可を喜ぶあたりに、若い独身隊員揃いのチームらしさ、青春の実感が露出していて、DVDで何回見ても涙が出てきそうになります。
唐突ですが、『丹下左膳余話 百万両の壺』(35)という古い時代劇があるでしょう。夭折の天才監督・山中貞雄の、映画史学的には散々分析され尽くした感のある代表作です。僕もそうした研究を踏まえてこの映画を愛でつつ、何かこう、うまく見つけられない自分だけのスイート・ポイントがあるんだよな……と前から感じていました。それがハヤタ隊員とイデ隊員の、1泊遊べる、という喜びの握手を見てようやく分かった。
江戸の射的屋(今でいう“女の子のいる店”)の用心棒をしている左膳と常連客、その客が贔屓にしている娘が、店で預かっている子どもが金魚を欲しがるので、金魚釣りに付いて行く。あの場面が僕のスイート・ポイント。店の者と客とが子どもと一緒に時間をつぶすあのルーズさ、寄り道の場面で映画のなかを膨らませるシナリオの余裕が美味しくってたまらない。休日ならいくら遊んでもいいのですが、艶は出ません。営業中にサボって遊ぶ無為の時間なのが典雅で幸福なのです。
この〈仕事の合間の空白時間〉に対するパラダイス的あこがれ、僕が構成作家/フリーランス・ライター=自営業者であるのと凄く関係あるんだよなあ。集団活動、組織活動は無理だとガキの頃から悟ってきたくせに。いや、だからこそです。ふだん1人でやる仕事のぶん、部活の合宿状態で制作プロダクションに泊まり込むアシスタント諸君を見ると(本人達はタイヘンなのですが)、凄くうらやましい気持ちに襲われます。たまに立てこんだスケジュールのため一緒に徹夜で作業して、夜中過ぎにみんなでゾロゾロとなにか食べに行く時、密かに感動するもんね。文化祭の3日前ぐらいな雰囲気をかりそめにも味わえて。恥ずかしいから口には出さないけど。
ここまで考えてみると、科学特捜隊はやはり、僕の理想のホームです。現実にそういうチームへの所属が日常になればすぐ抜けたくなり、向いていないのは目に見えています。そんなことではいけないと考え、30代半ばからお店の常連、映画ファンの集まり、サークル的な活動などに参加する努力を何回かしてきましたが、いずれも長続きしませんでした。いつも同じメンツで同じ話題じゃないか、と息苦しくなってしまう時点でもう資格無し。先方からすれば「パッタリと急に顔を出さなくなった若木さん」のほうが、とても失礼な男なわけで。申し訳ない、と謝りたい人がけっこういます。理想は幻想。分かっているから泣けてくるみたい。
さて、おおっぴらに1泊遊べることになり、ホテル入りした科特隊の独身隊員3人。ハヤタ隊員はそれでも部屋で勤勉に日誌らしきものを開き、アラシ隊員はレストランのテラスで料理を頬張り、イデ隊員は気持ちよさそうにシャワーを。思い思いの過ごし方に、3人の個性。
夜はハヤタ隊員とアラシ隊員がバーで合流します。氷の入ったグラスにウイスキーが注がれるカットがあり、次のカットはカウンターに座った背中。低年齢視聴者への配慮と職場劇のリアリティが絶妙にバランスを取っていて、僕はずいぶん感心しました。2人がグラスを傾ける直接的な姿を見せないままお酒を飲んでいることを示す、モンタージュ演出のお手本だからです。
最近はモンタージュなんて言葉をめっきり聞かなくなりましたねえ。僕が高校生だった80年代半ばまでは、映画を勉強するならまず「エイゼンシュテイン全集」を読みなさい的ムードはまだ残っていたので、懐かしい気持ちになります。カットとカットの弁証法的構築云々というセオリーは今は古臭いし、僕はむしろ教養主義にアレルギーを感じるほうなんですが、理論の習得がそれだけの強度と効果を演出にもたらすのは確かなので。またまた余談でしたが、「映画は自己表現だ、好きなように撮ってつなげることがオリジナルだ」というテーゼを逆にプレッシャーに感じる映画青年のみなさんには、昔ながらのモンタージュを勉強してみるのもひとつの手かもよ? と、ちょこっと言いたくなった次第です。
で、ハヤタ隊員とアラシ隊員がバーにいる間、前述の通り、イデ隊員は若い女性・久保さんと湖畔に夜釣りに出かけているわけです。ポイントはこの場合、イデ隊員にそのう、言い方としては気を使いますが、うまいこと後くされなしに遊んじゃえという下心があったか否かに絞られます。もちろん飲酒シーンさえ間接的に見せている位ですから、演出上、そんな露骨な姿は見せるはずがない。あくまでイデ隊員という青年自身がどう思っていたかです。
この問題、2週間以上にわたってよく考えてみたのですが(ヒマか)、下心はあったにしても淡いものだった、デート気分は楽しみたいにしてもがっついてはいなかった、というのが僕の結論です。がっついていたら、すぐ部屋に呼ぶんじゃないでしょうか。「バーで隊の仲間が待ってるからさ、ホラ、すぐ脱げよ」なんて言って。いや、表現はホント気を使うんだけど。
そんな芸能界やプロスポーツの大スターが追っかけの子をアレしちゃうような振る舞いは、『ウルトラマン』の世界における科特隊の隊員なら可能だったはずなんです。モテたかモテなかったかといえば、これはもうお話にならないぐらいモテたと思います。最も危険な任務である怪獣退治のエキスパートで、子どもたちの憧れ、文武両道のスーパーエリート。なおかつ国際科学警察機構の一員として将来も約束されている。だから当然、自重もするし、周りもガードするのでは。独身隊員それぞれに防衛軍高官の令嬢などとの縁談は進んでいるとみるのが普通でしょう。
なにしろ、実は心配性なところがある(第6話)ハヤタ隊員とすぐ怒るアラシ隊員が、軽いデート気分を楽しむぶんにはいいだろうとイデ隊員の外出を認めているのですから。うん、大丈夫。しかし、3人のうち誰が久保さんをエスコートしてもいいところで、行くのはやはりイデ隊員。ここらへんのノリはやはり、らしさだと思います。つまりは生来的に、女性に優しい男なんですよ。
しかし、むしろ気にかかるのは、久保さんのほうが玉の輿狙いのモーションをイデ隊員にかけてこないかでした。そうなった場合、イデ隊員はどうするのだろう……。そんな心配をする間もなくもっと大変なことになります。怪獣の存在に気付いた2人は、湖にいた男の後を追ううちに〈モンスター博士〉こと中村博士の研究室に閉じ込められてしまうのでした。
(つづく)
( 2010.10.29 更新 )
(注)本連載の内容は著者個人の見解に基づいたものであり、円谷プロダクションの公式見解とは異なる場合があります。
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