連載第17回 放送第12話『ミイラの叫び』(前)
洞窟から発見された約7,000年前の人間のミイラが、電流を受けて息を吹き返した。暴れるミイラ人間をやむなくアラシ隊員が撃つと、洞窟の奥から怪獣・ドドンゴが現れる。
第12話は、現代の発展が神話の地層から怪獣を呼び起こしてしまう『ウルトラマン』の基本パターンに忠実なストーリーです。が、さらに加えて怪獣ドドンゴには、おそらく主人であるミイラ人間を撃たれた怒りによって暴れる正当な理由があります。ひょっとしたら迷惑をかけたのは人間のほうかもしれない、と科学特捜隊の隊員たちは改めて自問自答する。怪獣の死に一掬の情をたむける幕切れの作法は、ジラースの最期を哀切に描いた第10話を経て、大きな特色になりつつあります。
ミイラ人間のような等身大モンスターの登場は、バルタン星人、ピグモン以来、3体目。
個人的な話になりますが、……というか、本連載では個人的な事しか書いていない気もするので、もういちいち断りませんが、この第12話は僕にとって特別な回です。連載第0回の前説で、両親に「まだそんな幼稚なもの見て!」と言われるのが応えるので、小学生高学年の時には『ウルトラマン』の再放送をゆっくり見られた記憶はほとんど無かったと僕は書きました。しかし「ミイラの叫び」は例外だった、これは当時しっかり見てる! と思い出したのです。
大体、家庭の環境問題は別としても、毎日のように習いごとはあったし、高学年にもなれば誰かの家に集まってその週のジャンプ・サンデー・マカジン・チャンピオン(たまにキング)を交換しあう社交も忙しくなるしで、夕方の再放送タイムのプログラムを欠かさず見るのはなかなか難しくなるものです。それなのにどうして「巨人の星」と「あしたのジョー」は毎回のように見ることができたのか、どうもフシギではあるのですが。まだまだ、記憶の錯綜があるかもしれません。
ともあれ、当時の僕にとっては『ウルトラマン』=「ミイラの叫び」。地下のコンクリートの構内を逃げ回り、警官隊に囲まれるミイラ人間や、ドドンゴと戦う科特隊の姿はしゃぶるように何度も反芻しました。いつもの話よりも隊員たちの作戦行動にヴォリュームがあるのは、ラッキーなことだったと思います。何より、ミイラ人間が怖かった。あの頃、テレビで見て心底おそろしくてひとりで寝られなくなった映画は、巨大なクモとアメーバが人間を襲うモノクロの洋画ですが(後で調べたけど題名は特定しきれず)、ミイラ人間の怪奇と哀切も相当、当時の僕の不安をえぐりました。あの不気味さで等身大ってのがまた体に響いたようです。あんまり怖いと、かえって反芻せざるを得ない。
等身大モンスターといえば後年、『吸血鬼ノスフェラトゥ』(22)を見た時も、ちょっと泣きそうになりましたね。未見の方は、まずはどこかでスチールを見てみてください。あんな絶望的なほど不吉なメイクの怪人が、ハリウッド映画のような前触れの煽り抜きで、いきなり屋敷の奥から出てくるのです。演出が極道です。当時はいっぱしの映画青年を自認していたもんで(今でいうシネフィルね)、「ムルナウは凄い!」と監督の名前ばかり吹聴したものですが、あの戦慄はどこかでやはり、ミイラ人間の記憶と通じていたのだと思います。
しかし、7,000年前といえば、日本の歴史上は縄文時代のまんなかあたり。縄文人はあんなに怖い顔で怪力で、目から怪光線を出すのでしょうか? まあ、それも現代の大量の電気を受けた影響、とは解釈できるとして。ドドンゴはこれはもう、モロに姿が麒麟。麒麟は、古代中国の伝説上では(鳳凰、亀、龍とともに)神聖な獣であり、人前に姿を現すことは基本的におめでたいしるしとされています。その麒麟とほぼ同じ種・仲間であるドドンゴは、第12話を見ると、明らかにミイラ人間とテレパシーか何かで通じている存在。『モスラ』の小美人とモスラに近い関係と想像できます。DVD封入のライナーノート(執筆・秋廣泰生)を読むと、実際、ドドンゴの声はモスラの声素材を加工したものだそうです。
そんなドドンゴ。いつ中国大陸から日本にわたり、ミイラ人間=縄文人と交流していたのか?
両者の関係に悩み、しばらくハマッてしまいました。弥生時代のはるか前、縄文時代中期の日本にも大陸からの文化渡来はあったのか、なんてことまで考えてしまった。でも、僕がどんなに考えても、分かるわけがないのです。専門家として第5話に続いて岩本博士が登場しますけど(脚本は同じ藤川桂介)、この岩本博士自身が「不思議な関係」と、ミイラ人間とドドンゴについては何ら究明できなかったことを認めているんですから。
それに架空の設定について大真面目に考えてみることは、ゲームとしてやり甲斐がある、なかなか面白いことなんだけど、同時に、架空は架空としてあっさり楽しむ態度も必要ではないかともここにきて僕は思いつつあります。「7,000年前」とセリフにあったらそれを几帳面に、本当に7,000年前と受け止めず、はるか昔、現代の人智を超えた何かがあった時代のことを言っておるのだなと、もっとザックリ解釈すべきかもしれません。
日本における芸能・エンタテインメントの場で、映画よりも先に視覚ファンタジーの表現を確立させたのは、歌舞伎です。僕は観劇のほうは暗いのですが、それでも歌舞伎の特性が、現在進行形の劇のなかで現代と過去がないまぜになった点にあるのはおおよそ分かります。架空世界をより華やかに楽しむための長所としての、反リアリズム性。最近の人気漫画「BLEACH」や「銀魂」のファンの方なら、理屈抜きで納得できるところでしょう。ああいう風に時代劇っぽさをあくまでコスチューム・ファンタジーの雰囲気作りとして活用している作品(アニメ化も含めて)は、正直、僕の理解を絶しているところがあります。でも、成人女性の支持が圧倒的に強いと聞けば、ああ、あれは最新型の歌舞伎なのか、とどこか納得できるのです。
つまり、『ウルトラマン』のような〈空想特撮シリーズ〉を楽しむ切り口はいろいろあり、前回書いたように、バラエティ・ショー番組的要素もあれば、歌舞伎的表現の進化形のひとつとして見ることも可能だということです。ウルトラマンと怪獣の戦いも、いわゆる「荒事」と呼べば呼べるわけで。
第12話を見て歌舞伎へと意識がつながったのは、時代設定のアバウトさもそうなんですが、怪獣ドドンゴを見ての連想からです。
ドドンゴは、2人の俳優が前後に入って前足と後ろ足を演じています。つまり、歌舞伎の馬と同じノウハウ。なんでも昔は、馬の中には道具担当の裏方が入るものと決まっていて、次第に役者が入るようになったとか。舞台上の表現・演出が次第に洗練されるに従い、馬でも演目によっては演技が必要になると認識が変化したのだと思います。しかし転じて、大きな役のつかない下積みの役者を「馬の足」と蔑称する習慣も生まれました。スーツアクターが若者の憧れの職業になった現在とは隔世の感がありますが、当時の俳優にとって怪獣を演じることはその「馬の足」に近い、プライドを呑み込んでやらなければいけない仕事でした。古谷敏「ウルトラマンになった男」(小学館刊)には、当初は出演を躊躇した時の心情がとても細やかに明かされています。
そこまで踏まえてウルトラマンとドドンゴの戦い、特に絶命する場面を見ると、ゾクッとなるほど感動的です。スペシウム光線を浴びて倒れるドドンゴ。前足が苦しそうに宙を掻きむしるあいだに、後ろ足はヒクヒクと痙攣をおこしながらやがて動かなくなり、前足もゆっくり力尽きていく……。着ぐるみに命を与える絶妙なコンビネーション、渾身の演技です。ウルトラマンや怪獣を演じる俳優さんたちに、「馬の足」の立場と割り切ってやる気のない芝居をする人はいなかった。そんな細部の入魂が『ウルトラマン』を古典たらしめていると再認識できます。
歌舞伎との連想話で長くなりました。円谷プロの創設者である「特撮の神様」円谷英二がそのキャリアの初期に衣笠貞之助『狂った一頁』(26)の撮影助手をつとめているなど、もうちょい特撮と歌舞伎の関係について書き進めたい気持ちはあるのですが、それはまたいずれ。
今回書いていて大きな収穫だったのは、特撮は歌舞伎のように楽しむ、というたしなみかたの発見が、自分自身にすごく馴染んだことです。どうも昔から、ビートル機やミサイルなんかを吊るすピアノ線、ウルトラマンのマスクの口の奥に見える人間の肌、この第12話でいうと一瞬ウルトラマンの腕と手袋の装着が外れて……なんて部分に目ざとく気付くのを競い合う、サブカルチャー的な遊びが肌に合わなかったもので。
あ、いえいえ、オールド特撮ファンの趣味を真っ向から批判したいワケではないのです。ただ、「歌舞伎の鑑賞法の中には、目にはいって来るものも見ないつもりにするという約束がまじってもいるのだ」(「歌舞伎」戸板康二・吉田千秋/保育社カラーブックス)という端的な解説を特撮に引き映してみれば、『ウルトラマン』や昭和の特撮ジャンルの楽しみ方により豊かな雅味を添えられるのでは? と考えた次第です。
今回出てこなかった分、次回はイデ隊員の話だけで埋め尽くす、予定!
(つづく)
( 2010.11.26 更新 )
(注)本連載の内容は著者個人の見解に基づいたものであり、円谷プロダクションの公式見解とは異なる場合があります。
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- 監督:野長瀬三摩地,満田カズホ,円谷 一
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