映画祭情報&レポート
第23回東京国際映画祭(10/23~31)レポート1
コンペティション部門報告――時代の犠牲者たちに学ぶ1/2

深谷 直子

ニール・ジョーダン監督を審査委員長に、今年で第23回を迎える東京国際映画祭(以下TIFF)が10月23日~31日に開催された。ジョーダン監督がTIFFに参加するのは1985年の第1回に出世作の『狼の血族』が上映されて以来という談話を聞いて、TIFFはミニシアターブームと同時期の、映画業界が活気に溢れていた時代にスタートしたのだということをあらためて思った。
それから20年余り、世界的な不況が続き、一方で映像を巡る技術革新は目覚ましい。映画を撮ることが敷居の高いことではなくなり、作品はコンテンツとして自在に発信できるものに変容する中、独立系の映画会社の倒産やミニシアターの閉館が相次いでいる。
こうした状況下で、良質な作品を求めるファンに対しても劇場に対しても、TIFFを始めとする映画祭はより大きな役割を担うものとなり、存在意義を高めている。『シルビアを探して』、『ペルシャ猫を誰も知らない』、『瞳の奥の秘密』といったここ最近のミニシアターでのヒット作は、いずれも映画祭で評判を呼んだ作品だ。昨年のTIFFでコンペティション部門の最高賞であるサクラグランプリを獲ったブルガリア映画『ソフィアの夜明け(映画祭時タイトル:イースタン・プレイ)』も、映画祭開幕と同日に劇場公開された。コンペ部門の矢田部吉彦プログラミング・ディレクター(以下PD)は「優れた映画を映画祭で話題にしてもらい、一般公開につなげるのが私たちの仕事」と気概を示す。
今年のラインナップにはそんな意気込みが表れ、例年以上に秀作・話題作が並ぶものとなった。コンペ部門も傾向を変え、原作ものや名匠の作品、有名スターの出演作などが800本以上の応募作の中から選ばれて上映された。
映画の面白さを備え、時代を反映する力作が充実する中、ひとつの傾向として現代社会につながる歴史を描く作品が目立った。しかもいずれも戦争などをテーマとしながら中心にいた兵士たちを描くのではなく、その陰で葛藤する一般庶民の内面を描いて、現代人に生き方を模索させる作品であることが印象的だった。

『一枚のハガキ』 ~審査員特別賞~ 2011年夏全国ロードショー

『一枚のハガキ』
(c)2011「一枚のハガキ」近代映画協会/渡辺商事/プランダス
98歳の巨匠、新藤兼人監督が「最後の作品」と公言する作品であり、PDも「今年の驚きと発見に満ちたコンペを象徴する作品」と自信を覗かせた1本。話題的にも作品の秀逸さからも間違いなく今年のTIFFの目玉であった。
太平洋戦争末期、豊川悦司演じる中年兵・松山が、戦友から1枚のハガキを託される。妻から送られたそのハガキにもはや返事を書くことはできないが、自分が戦死したら妻を訪ねて確かに読んだと伝えてくれと。彼は死に、クジ引きで戦地に赴くことを免れ続けた松山はやがて復員する。だが彼の不在中関係を持ってしまった妻と父親は出奔した後だった。一方大竹しのぶ演じる戦友の妻・友子は、夫を亡くした後、義父母に懇願され彼の弟と結婚するが、彼もまたあっけなく戦死して孤独の身となる。
松山は生き甲斐をなくして無為な日々を過ごし、友子も村の有力者から妾になれと迫られるなど言われのない屈辱に感情を殺してただ生きている。そんなある日、友との約束を思い出した松山が、ついに友子の元を訪れる……。
戦争がひたむきに生きる庶民の生活にどれだけ多くの爪跡を残すか。その罪をずっしりした重みで糾弾しながら、残されて苦しみを背負いながらもそう簡単に生から下りはしない人間のたくましさも、映画は喜劇的な演出を交えながら描き出す。ちっぽけで愚かしくも見える存在のひとりひとりが、戦争の大きな渦に翻弄されながら、細々とでも日常を繰り返す。本能からくるあっけらかんとしたエネルギーに圧倒されてしまう。だがもちろん一旦蝕まれた心が完全に癒されるということは恐らくなく、立ち直ったかに見えてもふとしたときに狂気が顔を覗かせる。そんな人間の弱い心には、ラストシーンで松山がしたように「生きろ!」という叱咤が必要だ。生きにくい現代社会で人を正気に導くためにも、新藤監督は人間賛歌・生命賛歌を撮るのだろう。

『一枚のハガキ』Q&A
新藤兼人監督、豊川悦司さん、大竹しのぶさん、六平直政さん
上映後のQ&Aには新藤監督と、俳優陣から豊川さん、大竹さん、その夫役の六平直政さんが登壇した。車椅子を押されながらも赤いベストを着こなし毅然と姿を現した98歳の監督を、観客は祝福するように迎え、質問も活発に飛び出した。最初の質問者が“ノーモア戦争”の力強いメッセージを受け取ったと伝え、俳優たちの熱演を褒めたたえると、監督は最後の作品としてこのテーマを取り上げた理由と成り立ちとを語った。
この作品で松山が辿った道は、監督の実体験に基づいている。監督は二等兵として招集され、100人の部隊のうち6人だけ生き残ったそのひとりとなったわけだが、94人の犠牲の上に自分の人生は立っているという考えに付きまとわれていたと言う。それを最後に少しでも解決したくて撮ることに決めたそうだ。戦争はひとりの兵士を破壊するのではなく、あとに残された家族全体を破壊するということにテーマを絞って、同志や気心の知れている俳優たちと撮り上げることができたと語り、「スタッフと俳優さんたち、そして私自身に感謝しています」と喜びを表現する監督に温かい拍手が送られた。
その後、役柄を離れた大竹さんらキャスト陣の機転の利いた受け答えにも和まされた。すべてを出し尽くした満足感が表れ、作品と同様、風格に溢れながらも爽やかな印象を残す登壇であった。

(2010.11.26)

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第23回東京国際映画祭 (10/23~31) 公式

2010/11/27/00:04 | トラックバック (0)
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