映画祭情報&レポート
第23回東京国際映画祭(10/23~31)レポート2
コンペティション部門報告――時代の犠牲者たちに学ぶ2/2

深谷 直子

『サラの鍵』 ~最優秀監督賞、観客賞~

『サラの鍵』
(c)Hugo Films
タチアナ・ド・ロネによるベストセラー小説の映画化。1942年、ドイツ占領下のパリでもユダヤ人の一斉検挙が行われ、少女サラも父母と一緒に自転車競技場ヴェルディヴに連行された。すぐに帰れるものと思って弟を納屋に隠し、外から鍵をかけて出てきてしまったサラは、彼を救うため必死で逃亡を図る……。
この警察主導の一斉検挙事件は、フランス人でさえ知らない人が多い封印された歴史であった。60年後、パリの雑誌社で働くアメリカ人ジャーナリストのジュリアは、事件について取材するうちに、個人的にサラたち一家に関わりを持っていたことを知る。2つの時代の物語を交錯させながら映画は進む。
10歳のサラの目を通して描く収容所の混乱や逃亡の緊迫感がとてもリアルだ。立錐の余地もなく競技場に押し込められて、人々はパニックを起こしていく。幼くて事態をまともに把握できていないようなサラだが、トイレに連れていってもらおうとして、羞恥に耐えながら人前で排泄する人々の姿に凍り付く……。原作にもある描写だが、画面からも臭気が漂ってくるようで、強制収容の非道さを実感させる印象的なシーンだ。人は恐ろしいことや理解の範疇を超えることに出会ったとき、無意識に目や耳を閉ざしているものだが、悪臭からは逃れられない。生理的な嫌悪感とともに、人の尊厳を奪うことがどれだけ暴力的であるか、幼い少女も一瞬で理解したことだろう。サラはその後、またも悪臭とともに、最悪の体験をすることになる。身体に沁み込んだその痛みは雪がれることなく、サラは哀しく生涯を閉じるのだ。
戦争が人に残す爪跡はとても大きく、取り返しの付かないものだ。だからこそ時代が変わればそれは蓋をして隠してしまいたいものとなる。被害を受けた当人にとってもそうだし、ヴェルディヴについては、ナチスドイツの傀儡政権下で起きたことであるとは言え、実行したフランス警察、そして黙認した市民にとっても恥ずべき汚点だろう。調査を進めるジュリアは、徐々にサラの人生の秘密に迫っていくが、果たしてそれを知ることがよいことなのか疑問を持つようにもなる。サラは息子に自分がユダヤ人であることすら教えていなかった。そうまでして守った秘密を暴くことは傲慢なのではないだろうかと。
『サラの鍵』ジル・パケ=プレネール監督
ジル・パケ=プレネール監督
だがサラを知ることでジュリアの人生は大きく変わった。過去の出来事はもう変えられないが、目を背けることなく向き合うことで、未来をよくする方法を学ぶことができるのだ。ラストシーンではアルフォンソ・キュアロン監督の『トゥモロー・ワールド』を思い出した。悲しみや苦しみに満ちた個人の人生も決して無駄なものではなく、次の世代がそれを受け取り、背負って継いでいくのだ……、という大きな円環をそこに感じて、観る者はサラの息子・ウィリアムとともに熱い涙を流すことだろう。
戦争の悲惨さをテーマとするのならサラの時代を描くだけで成り立つが、現代を並行して描いて戦争を知らない世代がそれとどう向き合うべきかを描くというのが若いジル・パケ=ブレネール監督らしいセレクトだと思う。実は監督の祖父はユダヤ系ドイツ人で、ホロコーストの犠牲となったそうだ。一方で監督は若い世代が過去に興味を持たないことも危惧しており、歴史に対して多面的な見方ができるためにこのような重厚な作品を撮り上げることができたのだろう。

この作品は、観客賞と最優秀監督賞を受賞したが、第二次世界大戦を描いた作品が日本人に共感してもらえるかどうかを心配していたため、特に観客賞の受賞が嬉しかったようだ。 「歴史・過去というのは、とても重要なものだと思っています。未来を作るのは過去です。歴史を描いた作品を楽しんでいただけたことはとても大きな意味をもっていると思います」と受賞後のコメントで喜びを語っていた。

『隠れた瞳』

『隠れた瞳』躍進目覚ましいラテンアメリカからは、アルゼンチンのディエゴ・レルマン監督の新作がエントリーされた。1982年、軍事政権末期のエリート校を舞台に、若い女教師の孤独と抑圧された性を描き出す。
最近公開された『瞳の奥の秘密』も軍事政権下で人々が味わう不条理をテーマにしていたが、日本にとってのヒロシマのように、ヨーロッパにとってのホロコーストのように、アルゼンチンにとっては軍事政権が忘れてはならない負の歴史なのだ。だがこの作品は、恐怖政治そのものを描くのではない。暴力吹き荒れる外界とは隔絶された学校という密室で、軍事政権が人々の生活をどう歪めていくかを凝縮して描くのだ。
学校は一見非常に統制が取れているかのように見える。生徒たちは軍隊のように整然と行進し、硬い表情の女教師マリア・テレザが服装の乱れを指摘すると、罰則を恐れる彼らは驚くほど従順に従う。だが陰では教師を嘲笑うかのように校則破りをしており、マリアは上司から“見えない目”となって生徒の行動に目を光らせるよう命じられる。
マリアは正義感を燃やして新しい任務にあたり、更衣室やロッカールームに忍び込んでは持ち物を調べ、喫煙の現場を抑えようと男子トイレの個室に身を潜めて覗き見を始めるようになる。だが軍事政権に青春を奪われていた彼女は、若い異性の生態を覗いて初めて自らの性の渇望に気付き、彼らを取り締まるどころか好奇心を抑えられなくなっていく……。生徒たちとドア一枚隔てたところで恍惚として妄想に浸るというあまりにも危険な行為に、端正な鉄面皮の中に押し隠していた彼女の孤独と暗い情熱が生々しく表され、衝撃を受ける。
女性ばかりの家族でのひっそりした暮らしの寂しさと、一見清潔に見える学校内に渦巻く暴力。マリア役のフリエタ・シルベルベルクの繊細な一人芝居が映画の魅力の大部分を占めるものだが、小宇宙の中には緊迫した社会情勢も重層的に盛り込まれており、観終えた後も熱に浮かされたような気分が続くラテンアメリカらしい作品だった。

『隠れた瞳』ディエゴ・レルマン監督、フリエタ・シルベルベルクさん
ディエゴ・レルマン監督、フリエタ・シルベルベルクさん
ディエゴ・レルマン監督と主演のフリエタさんが登壇する記者会見では、作品の重苦しさとは打って変わって華やかなムードのおふたりに、まずはホッと息をついた。
この映画はマーティン・コーハンの著書に着想を得て作られた。1976年のまさにクーデターの起こった日に生まれ、家族が反政府運動をしていたため幼少時代は逃げ隠れる生活をしていたという監督は、今まで軍事独裁政権を直接描くことは避けてきたが、この原作はそれをメイン・テーマではなく背景に描いているため格好の題材となったとのこと。読んですぐに原作者に会いに行ったそうだ。
テーマが重いため、映像が堅苦しくならないよう撮影に気を配ったそう。取材陣から出た「静かなトーンが染み入ってくるようであり、すべてを見せない美しさが優れていた」という感想に、「マリア・テレサという主人公の主観を大事にした。カメラを常に動かし、カメラに映らない部分で何が起こっているかにも焦点を置いた。女性の知覚を通して語ることが出発点であり、そこを重視した」と作品のテーマにも繋がる撮影手法を語ってくれた。
フリエタさんは監督とは違って軍事独裁政権に直接影響は受けてこなかったらしいが、マリアというキャラクターに共感できたかという質問に、「人生の中で疎外感を感じる瞬間や、内省し自分を探求していく過程というのは通じているのではないかと思う」と答えていた。現実離れした行動を取るマリアの中にも普遍性を見出し、内面からなり切ったことで地に足の付いたキャラクターを作り上げることができたのだろう。

これら3本はスタイルやアプローチは様々だが、いずれも監督自身や家族が戦争や政治の犠牲者であったということで、非常にリアリティある作品になっていた。伝えなければならない、という熱意がひしひしと感じられる一方で、それをコントロールする冷静さも持ち合わせ、きっちりと撮られた力作揃いだった。
ほかのコンペ出品作で好きだったのは、ベルマ・バシュ監督の『ゼフィール』、シニツァ・ドラギン監督の『一粒の麦』など。『ゼフィール』はトルコの山岳地帯の村を舞台に、外国へ旅立とうとする母親をつなぎ止めようと願う少女の繊細な心境を描く作品で、神話的な味わいを持つ。『一粒の麦』は、セルビアからルーマニアへ息子の遺体を引き取りに行く父親と、コソボで強いられて売春婦をしている娘を探すルーマニア人の父親がドナウ川で出会い、さらに古い教会を移築しようとするルーマニアの農民たちの伝説も絡むという壮大なドラマ。2本とも畏怖に溢れるような自然描写が美しく、トルコの緑深い森の景色や、雄大なドナウ川を大きなスクリーンで堪能できたのは映画祭ならではの体験だ。
エキゾティックで深い主題を持ち、芸術性の高いこれらの作品は、賞レースにも絡んでくるのではないかと思っていたのだが、今年は構成がしっかりした大粒の作品が数多くラインナップされ、賞もそちらに行きやすかったように思われる。
サクラグランプリを獲ったイスラエルのニル・ベルグマン監督の『僕の心の奥の文法』は見逃してしまった。この受賞結果には誰もが納得というわけではないようだが、繊細な少年が懸命に生きる姿をユーモラスに描くという概要を見ると、今年のラインナップを代表するようなバランスの整った作品なのだろう。劇場で確かめることができればと、公開を願う。

(2010.11.26)

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第23回東京国際映画祭 (10/23~31) 公式

2010/11/27/00:06 | BBS | トラックバック (0)
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