連載第19回 放送第12話『ミイラの叫び』(後)
イデ隊員が、新兵器発明家の顔を見せた話の続き。
初めて披露し実戦に使ったものが、ドドンゴの怪光線から身を防ぐバリヤーだったのは、嬉しいところです。怪獣に致命傷を与える攻撃価値の高い兵器ではないあたりに、作り手の柔らかい優しさを見ます。そしてイデ隊員は、融通性の高い人物ゆえに作り手の思いが反映されやすい。『ウルトラマン』の楽天的ムードとイデ隊員の人格はシンクロしている、と改めて思います。
マシンがどんな原理なのかは全く不明。バリヤーと名が付いてるからにはそうなんだ、というあたりは、「ドラえもん」の未来のひみつ道具と同じ楽天主義の所産です。但し、楽天主義は、世相の反映が鮮明に求められる世では、子どもっぽく感じられる。もしバリヤー・マシンが本当にあったら軍需産業が色めきたつだろう、という指摘のみが、現実(ベトナム戦争と「ヨーロッパのたそがれ」の時代)と想像の乖離を防ぐ唯一の蝶番となる。ほんのもう少し後なら、ゴルゴ13とルパン三世とサイボーグ009が設計図の争奪戦を演じるような発明です。科学特捜隊以降の怪獣対策チーム、ウルトラ警備隊やMATなどの武器や装備が急にミリタリー色を濃くするのも、多くの人が子どもの頃から気付いていたはずです。そして、そのチームにはイデ隊員のようなタイプがもういないことも。
この時代の子ども向け番組や漫画が未だにサブカルチャーの源泉として生き続けているのは、大戦後の世界が迎えていたオプティミズムの行き詰まりと、まさに子ども向けゆえにダイレクトに対峙せねばならなかったからでしょう。娯楽が思想に先んじる例が無数に生まれた時代であった。これも頭の片隅に置いておかねば、です。
イデ隊員のような、発明「も」する人物に近い日本人、それまでにいたかねーとしばらく考えました。おそらく、江戸中期の平賀源内は少しヒントになっているのではなかろうか。実在のというより、もとは小説で、それからお芝居やテレビ・ドラマで奇矯だが魅力的な世俗逸脱者と描かれるようになった源内です。科学者専門ではなかった点、その多芸振りがかえって疎んじられ不遇に終わった点。イデ隊員と通じる気がします。多才な人は専門家よりも一段下とされる国では、源内もイデ隊員もトリックスターのポジション以外に居場所がありません。
平賀源内が出てくる映画で、僕が好きなのは『㊙極楽紅弁天』(73)。片桐夕子主演、曽根中生監督・田中陽造脚本の日活ロマンポルノです。貧民長屋でガラクタと一緒に暮らし、隣の部屋を覗くのが楽しみの素性不明な先生。「めぞん一刻」の四谷さんそっくりで、高橋留美子はこの映画を見ているんじゃないかと思うほどです。その「めぞん一刻」の86年の映画化脚本を書いたのが田中陽造で……と言い始めるとキリがないのでそれはさておき。とぼけた脇役の先生が実は冷たい目で近世社会を見渡していた、とじわじわ分かってくるあたりが、えらくカッコイイんだよね。アナーキストとして描かれた平賀源内。それがまた、第10話のラストでイデ隊員が垣間見せたニヒルさとよく似ているのです。
しかし、第12話のイデ隊員はあくまで、新兵器の発明と科学技術の進歩の夢がイコールだった時代を(まだ)体現している人物。前回に触れた通りの、大らかな円谷一演出のもとでは、無邪気な少年のように行動します。おもしろいもので、そういう時にホシノ少年は登場しません。
そして、怪獣が倒され、ウルトラマンが去った後に、ハヤタ隊員を見てこう呟きます。
「おかしいな……。あいつ、本当にウルトラマンじゃないのかな」
まだ疑ってやんの! 第2話で「僕はてっきりハヤタさんがウルトラマンかと思いましたよ」と言い出し、第3話などでもウルトラマンが飛び去った後になって戻って来るハヤタ隊員に対し首を傾げていたイデ隊員。もう納得しているかと思っていましたが、結構しつこい。
でも、いったん抱いた疑問を持ち続ける粘り。これは科学者や研究者にふさわしい、素晴らしい資質です。第12話は、こうしたイデ隊員の技能特性が示されたのと対になるようにして、ハヤタ隊員とウルトラマンの関係についても、踏み込んだ描写があります。
ドドンゴを倒した後、空に飛び去ったウルトラマン。両手を合わせると指先から光の輪が飛び出し、崖の上へ。静止した光の輪が下に降りるように広がると、その下からハヤタ隊員が現れます。ウルトラマンからハヤタ隊員に戻るときのようすが、初めて描かれたのです。
それにドドンゴの怪光線、バリヤー・マシンの効果と、第12話は光学合成が大活躍の回です。光の輪が直線的ではなく、生き物のようにクネクネと飛ぶあたりはお見事。
ここまで、果たしてハヤタとウルトラマンは「一心同体」と言い切れるかどうかは、結論の出ない問題でした。ふだんのウルトラマンは、ベーターカプセルのなかで生きているのではないか、と仮定してみたこともあります。ハヤタ隊員がウルトラマンに「変身」するのは確かなんだけど。
ウルトラマンと人間の契約関係の、最新例は『ウルトラマンゼロTHE MOVIE 超決戦!ベリアル銀河帝国』(10)でしょう。僕は今年(11年)のお正月に劇場で見ました。別の宇宙に現れたゼロが、大怪我を負って瀕死の青年に「2人で1人だ」と命を分け与え、その青年の身体を借りる。あー、ウルトラマンとハヤタ隊員もそういうことか、とずいぶんクリアになりました。ただ、大団円のあとにゼロがふるさとのM78星雲に戻り、青年が目を覚ますと、怪我をしてからの記憶は一切無かったのでした。ゼロが青年の身体のなかにいる間、常にゼロが精神の優位にいたわけです。
ハヤタ隊員の場合はどうなのだろう……。改めて、2つの説が立てられます。
- ウルトラマンは地球に現れた時だけ、ハヤタ隊員と「一心同体」になる。ハヤタ隊員がベーターカプセルをかざした時の光は、宇宙で待機しているウルトラマンにだけ通じる信号であり(実際にあれだけ光ったら目立って仕方ない)、地球に飛来したウルトラマンは、その短い時間の間だけハヤタ隊員の肉体を〈依代(よりしろ)〉のように媒体として借り受け、実体化する。ハヤタ隊員が高い崖から落ちても死なない(第8話)超人的な肉体を得たのは、その付加価値。
- ウルトラマンは、第1話以来、常にハヤタ隊員と「一心同体」である。なのでハヤタ隊員が超人的な肉体を得ているのは当然。ベーターカプセルの光はウルトラマンの実体化を促すために必要なもの。つまりは変身していない、ふだんの時のハヤタ隊員もその精神は(ウルトラマンゼロと同様)ウルトラマンとほぼ同一人格である。
やっぱり、2のほうが近いかな。そう考えたほうが、ハヤタ隊員の無個性なほどの立派さもスムーズに納得がいきます。
しかしそうなると、別の疑問が生まれます。怪獣を倒した後のウルトラマンは、再びハヤタ隊員の身体に戻ればよいところを、なぜ毎度、空の向こう=宇宙へ飛び立ってみせるのか。そして、なぜそのような儀礼的行動が(実際の演出においても)必要なのか。
ここで僕は「宇宙」という言葉を、実際に観測されている地球圏外の空間であると同時に、僕らの思考の外に存在する世界、とも解釈してみることで、少し手がかりを得ます。ウルトラマンは地球上における3分間の実体化を終えると、知覚できない、物質のない場所-観念の世界へと戻っていく。そしてその観念の世界は、ハヤタ隊員のインナーとつながっている。
理屈っぽくなってきて、すみません。自分でも森の中をさまよう気分ですが、アンリ・ベルクソンを相当意訳解釈してヒントにしつつ少し粘ったのは、イデ隊員がここにきて科学特捜隊のメンバーらしい発明家の特長をクローズアップさせたことで、ハヤタ隊員との対照、という重要な役割がハッキリした気がするためです。
イデ隊員 | ハヤタ隊員≒ウルトラマン |
人間 | 宇宙人(人造神)と一心同体になった依代 |
発明の新兵器 | 変身。スペシウム光線 |
文明人・科学者 | 半人半神 |
実在 | 観念 |
ムードメーカー兼ドジ役 | 常に冷静沈着なサブリーダー |
現段階での整理のため表にしてみました。科学と文明の子・イデ隊員と、宇宙と地球を往還する神と一体となった子・ハヤタ隊員が好対照であることは、ずいぶん見えてきました。
連綿と続くシリーズ全体からすれば、初代ウルトラマン=観念の世界のファントムと捉える見方は明らかに『ウルトラマン』まででしか通用しないものですが、最初期のウルトラマンは何もないところから生まれた、まだまだイメージが定着していない存在であることにご留意ください。ともに怪獣と戦いつつベクトルの違うイデ隊員のような存在は、ウルトラマンとは何かを固める上のテコとして必要だったのです。
そこまで考えると、いい味を出してるサブキャラどころではありません。構造的にも、イデ隊員は『ウルトラマン』のもうひとりの主人公である、と言い切ってよいことになります。
おっとそうそう、イデ隊員のハヤタ隊員への口調が「ハヤタさん」だったり単に「ハヤタ」だったりしてきた点について。実はイデ隊員は「ハヤタよりも一年後輩」。そんな裏設定が最初期にあったんです。金城哲夫が書いたノベライズなどをオリジナル編集した「小説ウルトラマン」(ちくま文庫)に書いてあるのを、以前から知っていました。いずれ本編のなかでつまびらかにされるかと思い、とぼけてきましたが、この第12話まででもう「ハヤタ」と呼びすてが定着し、先輩後輩の意識のない横一線の仲間というかたちになっているので、クリアにしておきます。
(つづく)
( 2011.11.22 更新 )
(注)本連載の内容は著者個人の見解に基づいたものであり、円谷プロダクションの公式見解とは異なる場合があります。
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