内藤 誠 (映画監督)
汐見 ゆかり (女優)
映画『明日泣く』について
2011年11月19日(土)より、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
東映の『不良番長』シリーズやもはや伝説のカルト映画となった『番格ロック』、また『時の娘』『俗物図鑑』『スタア』など異色の自主映画で知られる内藤誠監督が25年ぶりに手がけた劇場映画は、監督自身も強い思い入れを持つ作家・色川武大の短篇小説の映画化である。この作品の公開にあわせて先頃、レトロスペクティヴや著書の刊行も実現し、いま再び映画ファンの注目を集める内藤監督と、主演のキッコこと定岡菊子を演じた汐見ゆかりさんにお話をうかがった。(取材/文:佐野 亨)
内藤 誠(映画監督)
1936年3月6日生まれ、愛知県名古屋市出身。映画監督、脚本家、著述家。元・中部大学人文学部教授。日本大学藝術学部映画学科講師。1959年、早稲田大学政治経済学部新聞学科を卒業。同年、東映に入社。69年に監督に昇進し、『不良番長』シリーズ、『夜遊びの帝王』シリーズなどを担当。キャロル、三上寛を音楽に起用した『番格ロック』『ネオンくらげ』などでカルト的人気を博する。東映を退社しフリーになった後は、『時の娘』『俗物図鑑』『スタア』などインディペンデント映画を発表。一方で著述家としても活躍。主著に『昭和の映画少年』。93年には翻訳書『快楽亭ブラック』で翻訳特別功労賞を受章。監督代表作品に『不良番長 送り狼』(69)、『不良番長 王手飛車』『不良番長 出たとこ勝負』『不良番長 暴走バギー団』(70)、『ネオンくらげ』『番格ロック』(73)、『若い貴族たち 13階段のマキ』(75)、『地獄の天使 紅い爆音』(77)、『俗物図鑑』(82)『スタア』(86)などがある。
ジャズの香り立つ映画
――映画『明日泣く』の製作の経緯から教えていただけますか?
内藤 最初は加賀まりこさんの自伝を映画化しようとしてたんですよ。加賀さんの著書『純情ババアになりました。』をベースに、不良少女の青春ものみたいなのをやりたいと(企画・共同脚本の)伊藤彰彦さんに話したら、「それは面白そうだ。ぜひやりましょう」と言われてね。うちの息子(内藤研)と伊藤さんが短いシナリオを書いたんです。ところが、ご本人に話を持っていったところ断られてしまった。「私の目の黒いうちはやらせない!」って。加賀さんとは『時の娘』(80)でご一緒していたし、僕が直接やりとりをしながらソフトに書き直せばいけるかな、と思っていたんだけど、ちょっと甘かった。加賀さんって僕の知ってるかぎり、いい意味の不良だからね。安井かずみの音楽を全篇に使って、キャンティだとか僕もそれなりに土地勘のあるところで撮影したらいいなと考えていたんだけど、まあ仕方ない。
――それで『明日泣く』の企画へと移るわけですね。色川武大さんも内藤監督にとっては非常に思い入れのある作家だと思いますが……。
内藤 うん。僕は色川武大さんと会ったことがあるのを誇りにしているからね。筒井(康隆)さんの全集の刊行記念パーティの席で、『昭和の映画少年』を読んでくれたという話をご本人から聞いて、えらく感激したんですよ。それで伊藤さんが加賀さんの企画が流れちゃった雪辱戦の意味もあって、これをやろうと提案してくれた。伊藤さんは評論家の福田和也さんの同級生で、福田さんがしきりに「色川作品のなかでも『明日泣く』は素晴らしい」って言っていたらしいんだよね。僕はもちろんその前に読んでいたし、好きなジャズの話だからこれならいいだろうということで引き受けました。
――撮影は監督のご自宅に近い江古田を中心におこなわれたそうですね。
内藤 ええ。ジャズクラブとか麻雀屋とか、だいたいあの近所でロケしました。東京の下町で、しかも昭和ヅラしてる町じゃないと駄目だからね。都内でも江古田とか長崎のあたりは開発が進んでいないので、そういう風景が多いんですよ。洋品店のおばちゃんなんか、店の裏にポスターを貼ってくれたり、切符を買ってくれたりして。だから今回は東京ローカルの映画にしようと。
――原作の舞台となるジャズクラブは銀座ですよね。
内藤 僕の若い頃は、銀座にジャズクラブやジャズ喫茶がたくさんあったんですよ。有楽町のスバル街にはよく聴きに行ったなあ。いまの銀座にはそういう気軽にジャズが聴ける場所ってあんまりないからね。去年、日比谷で山下洋輔トリオが大規模なコンサートをやって、僕も聴きに行ったけど、ああいうふうに大がかりなコンサートにしないともう客が来ない。どうも街全体にジャズの匂いが弱いような気がする。いまは高円寺とか西荻窪とか、都心からちょっと離れたところのほうがジャズの匂いがありますね。今回は入谷の「なってるハウス」と江古田の「buddy」という店で撮影しました。
――演奏シーンは一曲丸ごと使っているところもあって、まさにジャズクラブで聴いているような感じが出ていました。
内藤 汐見(ゆかり)くんはかなり努力をして、ジャズピアニストが体で演奏している感じをうまく表現してくれましたね。演奏シーンは、まず音だけを「なってるハウス」で二日間かけて録音して、汐見くんに立ち会ってもらったんです。だから、今回は音楽ダビングなしで、先に録った音に画を合わせるという方法をとった。「勝手にしやがれ」の演奏に関しては同時録音。その日だけはキャメラを3台使って、ジャズバーでの生の演奏をそのまま撮影しました。
ジャズはロックとは違って、途中でパッと飛び込んでも、ほとんど抵抗なく聴けるでしょ。渋谷毅さんには30年以上前に『ネオンくらげ』(73)の音楽に参加してもらって以来、久しぶりに仕事を頼んだんだけど、もうすぐにツーカーで、あのときはこうだった、みたいな話になるのね。今回は若いジャズピアニストの黒田京子さんにキッコのピアノの音を出してもらったんだけど、そういう若い人でも気軽に「いいね」と言い合える雰囲気がジャズにはある。これがたとえばロックに対して、いま僕がなんか言ったら、「若ぶっちゃって……」みたいに言われるんじゃないかな。
偏屈系映画監督として
――内藤監督とロックといえば、やはり『番格ロック』(73)が思い出されますが……。
内藤 そう。先日、残念ながらDVDの発売が止められちゃったんだけどね。言い分がよくわからないんですよ。僕なんかはこうやって昔つくった映画を「レトロスペクティヴ」と称してやってくれるなら素直にうれしいと思うんだけど、そうじゃない人もいるんだね。なんせいまYouTubeで流れてた予告篇も止まっちゃってる状態だから。『俗物図鑑』(82)のときのヒカシューや山下洋輔さんなんかは一切そんなこと言ってこないけどね。でもキャロルの歌は僕はいまでも好きですよ。
――『番格ロック』は特殊な例かもしれませんが、そうでなくとも最近は権利関係がいろいろと厳しいですね。映画を撮るうえで苦労されることはありますか?
内藤 『明日泣く』では、トルーマン・カポーティの肖像写真を画面に映そうかと思ってたんだけど、スタッフに「それはちょっと」と止められました。昔はビートルズのポスターだってなんだって、平気で撮影したもんですよ。そういうのが映せなくなると、画面に味が出ないよね。 そんなことだから、今度キネマ旬報社で出した『偏屈系映画図鑑』という本をつくるときにも権利料のことは考えたの。去年、鈴木則文さんの『トラック野郎風雲録』(国書刊行会)が出たでしょ。あのときは、スチルが高くて使えないというので、則文さんが自分でDVDから場面スチルを抜き出したらこれが大騒ぎになったらしいんですよ。則文さんは「俺が撮った映画のスチルを使ってなにが悪いんだ」って不服そうにしてたけどね。僕の場合はそこまで強弁はできないから、自分のアルバムに貼ってあった撮影中のオフショットのスチルをいくつか提供して、使ってもらうことにしたの。これならお金がかからないから。梅宮(辰夫)も島田陽子も肖像権を主張してきたりはしないだろうしね。おかげで16ページも写真のページができて、面白い本になりました。
――目次を眺めるだけでも愉しそうな本ですね。
内藤 荒木一郎のこととか大和屋のこととか、編集の高崎俊夫さんの注文を受けて、いろいろ書きましたよ。竹中労さんが最後まで僕に撮らせようとしてくれた『戒厳令の夜』ヨーロッパ篇をめぐる逸話も今回、初めて詳述することができた。キネ旬相手に裁判にまでなった一連の経緯があるからね、「これをキネ旬の本で書いていいの?」って訊いたんだけど、「もう世代が違うから大丈夫ですよ」と言うので、長々と書きました。高崎さんはいい人なんだけど、じつは編集者としては結構厳しい面もあるんだよ。彼とデザイナーの友成修さん――彼もすごく映画にくわしい人だけど――と居酒屋で一杯やるでしょ。で、お酒が入っていろいろ話すとね、高崎さんが「どうしてそういう話を書いてくれないんですか? 僕らはそういうことが知りたいんですよ!」と言うんです(笑)。酒を飲んで軽くなるとさ、人間言いたい放だい言うじゃない? 「わかりました。じゃあ、それは次の機会に」ということで、勘弁願ったんだけどね(笑)。
出演:斎藤工,汐見ゆかり,武藤昭平(勝手にしやがれ),奥瀬繁,井端珠里,マービン・レノアー,坪内祐三,杉作J太郎,島田陽子(特別出演),梅宮辰夫(特別出演)
監督:内藤誠 企画:伊藤彰彦 原作:色川武大「明日泣く」(講談社文芸文庫「小さな部屋・明日泣く」所収)
エグゼクティブ・プロデューサー:坂本雅司 企画協力:奥村健 プロデューサー:大野敦子,古賀奏一郎 脚本:伊藤彰彦,内藤研
音楽:渋谷毅 撮影:月永雄太 録音:高田伸也 編集:冨永昌敬 美術:大藤邦康 ヘアメイク:橋本申二
スタイリスト:小磯和代 助監督:菊地健雄 制作担当:吉川久岳
製作:プレジュール,シネグリーオ 配給・宣伝:ブラウニー (C)2011プレジュール / シネグリーオ
2011年11月19日(土)より、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
- 映画原作
- (著):色川 武大
- 発売日:2011-01-08
- おすすめ度:
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- (著):内藤誠
- 発売日:2011/11/12
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主なキャスト / スタッフ
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