インタビュー
『明日泣く』内藤誠監督

内藤 誠 (映画監督)
汐見 ゆかり (女優)

映画『明日泣く』について

公式

2011年11月19日(土)より、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開

東映の『不良番長』シリーズやもはや伝説のカルト映画となった『番格ロック』、また『時の娘』『俗物図鑑』『スタア』など異色の自主映画で知られる内藤誠監督が25年ぶりに手がけた劇場映画は、監督自身も強い思い入れを持つ作家・色川武大の短篇小説の映画化である。この作品の公開にあわせて先頃、レトロスペクティヴや著書の刊行も実現し、いま再び映画ファンの注目を集める内藤監督と、主演のキッコこと定岡菊子を演じた汐見ゆかりさんにお話をうかがった。(取材/文:佐野 亨)

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キッコはいまもどこかで生きている……かもしれない

――時代を特定しない感覚の「あわい」は、主人公・武とキッコの関係にも表れているような気がします。共鳴しあう部分がありながら、二人の関係はあくまでストイックなままなのがいいですね。

内藤誠監督内藤 シナリオを書いている段階では、より原作に近い形でキッコにはパトロンがいて、そいつと絡んでいく三角関係の話とか、この二人がラブホテルに行くような話とか、いろんなパターンを考えてはいたんですよ。でも、濃密なラブシーンを入れてしまうと、これは根本から話が変わってくる。だから映画では、画面上はそういうシーンはいっさい入れずに、ひょっとしたら男女の関係があったかもしれないけれど、本当のところはわからないというふうにしました。たとえば、島田陽子が演じた賭博狂の女と主人公はどう見てもなにかあったように見えるよね。あれはしようがないんだ。なぜなら島田陽子が非常に濃艶な演技をしているからね。汐見くんはそういう意味では、根っからの悪女みたいには見えないでしょう。そこが生きたいように生きて、すっと姿を消していくキッコの役にはふさわしかったんだよね。島田陽子はさすがにワルだもの(笑)。

――主人公の父親役の坪内祐三さん、刑事役の杉作J太郎さんなど、『俗物図鑑』をほうふつとさせるような異色のキャスティングも面白いですね。

内藤 坪内さんは細面で、どことなく工と似ているからね。互いに喧嘩もするけれど、心の底ではわかりあっているという親子の感じが出ていいんじゃないかな、と。あそこで坪内さんが口走る「好きなことをやっていれば、自然に月日が過ぎていくとでも思っているのか」というセリフは、「黒い布」という色川武大のほかの短篇から引いてきたもので、シナリオにはなかったんですよ。本当はあそこで武が家に帰ってくると、親父が黒い布をまとって居眠りをしている、というシーンにしようかなと思ったんだけど、まあ小説を読んでいない人にはわからないのでやめました。杉作さんには「メガネを外してみてください」って言って、素顔を見たらなかなかいいので、それでやってもらった。本人もその気になって、「これから映画に出るときは、メガネ外して出なくちゃいかんなあ」なんて言ってましたけどね(笑)。

――ほんの少しだけれど、梅宮辰夫さんが出ていたのもうれしかったです。

内藤 ああいう人に要所で入ってもらうと、現場の雰囲気がしまるんですよ。自主映画の場合は、ほうっておくと学生映画みたいなゆるい現場になりがちだから。アングラ感を消して、娯楽映画に近づけていくためには、梅宮みたいなベテランの役者が現場にいると違うからね。

――色川武大、というか阿佐田哲也といえば、麻雀のシーンも欠かせないわけですが……。

内藤 僕は麻雀のことはよくわからないんだけど、参考にTVで麻雀番組なんか観ると、すごく退屈なんですよ。あれは実際に自分でやらないとまったく面白くないものなんだな。麻雀牌が並んでるところをアップで撮ったりしてもさ……。これじゃあ駄目だ、と思って、撮影では麻雀の先生に指導を受けながら、できるだけテンポを早く、軽口を交えながらやってもらったの。拳銃戦やってるような麻雀にしなきゃ駄目だなと思ってね。和田誠さんの『麻雀放浪記』(84)なんかもそうだけど、やっぱり映画で麻雀を撮るときは、やってる人間の表情で勝負しないと駄目だね。

――原作は色川武大がもっと時間をかけて長篇小説にする構想もあったようですが、内藤監督は人物配置などは多少変更しつつも、全体的には原作のミニマムな感触をとても大切にされていますね。

明日泣く3内藤 じつは映画が完成した打ち上げの席で、色川さんの奥様に話を訊く機会があってね。そこで実際の話がわかってきたんですよ。「ああ、もうあれはどうしようもない女で」と。ここに登場するジャズ関係の人たちとかね、実態は無茶苦茶だったらしい。でも、それをもとに実録『明日泣く』を撮ったら、この小説の香りは消えちゃうだろうな。だから、あとで話を聞いて正解だったと思いましたよ。事実を知ってしまうと、どうしてもそれに引きずられるところがあるからね。

――キッコははたして、いまどこでなにをしているのか。そんなことを思わせるラストシーンは、少し切なくもありますが、さわやかな後味を与えてくれます。

内藤 彼女がどうなったのか、あえてあいまいにするのがいいと思うんだよね。僕の歳になってくると、実際そんなもんなんですよ。記憶もあいまいだから、現実と妄想がごっちゃになってしまう(笑)。若いときってちょっと不良少女に憧れる時期ってあるじゃない? 僕なんかも男女共学だったから、向こうもちょっかい出してきたりするわけ。真面目に勉強して、映画やりたいなあなんて思っている少年に対してね。颯爽と歩いてきて、ポンと肩を叩きながら「ガンバッテル?」みたいなね(笑)。それで田舎に帰ると、あいつはいまどうしてるかなみたいな話になる。そのはっきりとはわからないところがいいと思うんですよ。だから、僕はキッコに関しても、彼女がいまどうしてるかということをそんなに決めつけないでね。どっかで生きてるだろうし、ひょっとしたら空とぶ円盤を目撃しているかもしれない(笑)。ここは原作でもそうだし、やっぱり譲れないところなんですよ。
あの空飛ぶ円盤は、ドイツの映画監督で電話帳が人間を噛むというバカな映画を撮った人がいてね、僕の『地獄の天使 紅い爆音』(77)が好きだというので、会ったんですよ。そこで彼がビデオをくれたんだけど、観てみたら空とぶ円盤が出てきたの。それで彼に電話して、「あれ使っていい?」って聞いたら「いいよ」と。それで美術の人に頼んで、似た感じでつくってもらったんですよ。みんなには笑われたけどね。そんなことでわざわざドイツにまで電話して、と(笑)。でも、僕は映画にはこういうイタズラって絶対に必要だと思いますね。

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( 2011.11.1 新宿にて 取材/文:佐野 亨)

明日泣く 2011年/日本/カラー/76分/HD/ステレオ
出演:斎藤工,汐見ゆかり,武藤昭平(勝手にしやがれ),奥瀬繁,井端珠里,マービン・レノアー,坪内祐三,杉作J太郎,島田陽子(特別出演),梅宮辰夫(特別出演)
監督:内藤誠 企画:伊藤彰彦 原作:色川武大「明日泣く」(講談社文芸文庫「小さな部屋・明日泣く」所収)
エグゼクティブ・プロデューサー:坂本雅司 企画協力:奥村健 プロデューサー:大野敦子,古賀奏一郎 脚本:伊藤彰彦,内藤研
音楽:渋谷毅 撮影:月永雄太 録音:高田伸也 編集:冨永昌敬 美術:大藤邦康 ヘアメイク:橋本申二
スタイリスト:小磯和代 助監督:菊地健雄 制作担当:吉川久岳
製作:プレジュール,シネグリーオ 配給・宣伝:ブラウニー (C)2011プレジュール / シネグリーオ
公式

2011年11月19日(土)より、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開

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2011/11/23/17:17 | トラックバック (0)
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