――小物でもストーリーを表現しているんですね。玄関にドアチェーンをかけるシーンも2回出てきて、「家」というのは隔絶された空間でもあるんだなということを感じました。

春本　閉ざされた空間と広がった空間とでドラマが変わると思うんですよね。人が本音を見せ合えるのは閉ざされた空間の中だけというか。だけど最後の橋のシーンは、広い空間だけれど感情を出し合えている。それは二人の関係性が、外のことを憚らないぐらいのところまで持っていけているから、という見方もできると思います。

――なるほど。場所のひとつひとつにも意味があって。

春本　撮影場所には松浦さん自身が日常生活で利用する場所を選んでいて、景色のよさだとかを目的にはしないようにしました。商業でドラマをやっているときは無理にランドマークを入れるようなことばかりでしたが、大事なのはリアリティ、空気であって、それが出ていれば美しさに影響されないものが切り取られるだろうと思って。

――ロケで印象に残っていることはありますか？

春本　出来上がった映画を観て、「俺こんなに電車狙いしていたんだ！」と思うぐらい電車を撮っていて、ちょっとうるさいかなと思いましたね（苦笑）。電車が映る場所だったら電車狙いのカットにしていました。モノレールもそうですし、喜多を追いかけるところや旭が佳織とケンカしたあとひとりで走るシーンでも電車が来るし。ちょっとやりすぎたかなって反省しています。商業をやっていて付いた悪い癖です。

――（笑）。電車が入ると画が違ってくるんでしょうか？

春本　勢いが出ますよね。旭が佳織とケンカしたところで電車が来るのは、荒れた心情を象徴しています。ノイズが入りますしね。喜多を追いかけるところでも勢いが出ますし、夜のシーンに光がバーッと入って絵になるというのもある。

――ああ、夜のシーンが多いので、照明に苦労しただろうなと思います。

春本　ライティングは本当に大変でした。照明技師はひとりだけで、できることは限られていますから、走るシーンは地灯りがあるところで、などと考えて場所を選びました。助監督をやっていたので「ここだったら大丈夫かな？」というのがわかってよかったです。あと、最後の橋のシーンは、照明技師の中西（克之）くんがひとりで準備してくれたんです。僕らは昼間千葉で撮影があったので、朝彼をひとりでそこで降ろして、撮影を終えて夕方戻ったら橋全部、70メートルにコードが這わせてあって。「なんだこれは！　ひとりで全部やったの？」って（笑）。

――大感激ですね。プロの仕事を黙々とやってくれて。

春本　そうなんですよ。「長回しで旭がひたすら歩く」というシーンの説明をしたら、そのメートル分這わせてくれていました。「これは絶対にいいシーンにしなきゃな」とますます気合が入りましたね。

――みなさんが力を注いで素晴らしいエンディングになりましたね。

春本　あのシーンを撮るためにこの映画を作ったのも同然なので。あれを撮るときは僕がカメラを引っ張ったんですけど、3回やりましたね。片手で引っ張って、片手で洋人が「旭ー！」と呼ぶ声のつもりのキューを出して、それをやりつつ芝居を見るという3つをひとりで同時にやっていて。止まるときはカメラマンがバランスを崩さないように衝撃を吸収しながら止まらないといけないんですが、それを失敗したりして。テイク2でキープっぽいのが撮れたんですけど、僕の止まりの角度が悪くて納得いかなかったので「もう1回やらせてもらっていいですか？」って、3回やりました。

――ああ、そういうことでやり直しを。長回しだからやり直しも大変ですよね。

春本　そうなんです、また戻っていって。あの日だけ夜中の12時を越えてしまったし、体力の限界まで来ました。