連載第24回 放送第15話『恐怖の宇宙線』(前)
わー、びっくり。2話続けて、佐々木守脚本・実相寺昭雄演出コンビ作でした。しかも第15話はガマクジラの真珠騒動譚からさらに踏み込み、ヘンな言い方ですが、正面切っての変化球エピソードであるファンタジー。後追いの視点からすると、ものすごく攻めの姿勢を感じるシリーズ構成です。
ムシバというあだ名の小学生が資材置場の土管に描いた、なんとも弱っちい怪獣ガヴァドン。これが特殊な宇宙線によって実体・巨大化します。同じような異変がスイスや南アフリカでも報告されたという「パリ科特隊本部」(国際科学警察機構のパリ本部とは言わない)からの連絡によりますと、「宇宙線に含まれたある種の新元素を含有する放射線と太陽光線が融合すると、二次元の物体が三次元の物体に変動する」ためだとか。怪獣を描いた時の画材や土管のセメントに含まれる物質などに特徴が無ければ、ガヴァドンだけが実体化するエクスキューズにはならないのでは? とは思いますが、まあ、そこはファンタジーということで。
ところが、もとは絵であるガヴァドンは、出現しても寝てばかり。日が暮れて太陽光線が無くなると、土管の絵に戻ります。ムシバとクラスメイトたちが絵をもっと怪獣らしい、猛々しい姿に変えても、やはりガヴァドンはずっとイビキをかいて寝たまま。ウルトラマンが登場しますが、なにしろ戦いにくい相手です。それに子どもたちが「殺さないで」「やめろー」と口々にウルトラマンに訴えます。結局ウルトラマンはガヴァドンを抱え、宇宙へと運ぶます。そして、涙ぐむ子どもたちに(おそらくテレパシーで)七夕の夜、星空のなかにガヴァドンが見えるようにしてあげる、と約束するのでした。
怪獣は子どもの空想の産物であり、敵意も攻撃性もゼロな点。怪獣とウルトラマンの戦いを一般市民が目撃する描写はこれまで避けられていたが、子どもたちが科特隊隊員と一緒に見守ることになる点。そして、子どもたちがウルトラマンではなく、自分たちの生んだ怪獣のほうを心配し味方する点。その気持ちを汲んだウルトラマンが、常にハヤタ隊員の肉体を借りるルールを破り、初めてウルトラマン個人として子どもたちと意思疎通を図る点。異例づくしのエピソードです。タイトルは『恐怖の宇宙線』ですが、際立っているのは愛らしいおはなしのセンチメンタルな温もり。
このエピソードを着想するにあたっては、当時のドキュメンタリー映画としては珍しく一般の映画館で公開された羽仁進『絵を描く子どもたち-児童画を理解するために-』(56)や、開高健の芥川賞受賞作「裸の王様」(57)が大きなヒントになっているのではないか。こう想像してみると、とても愉しいです。子どもたちは、絵を思い切り描くことで心のなかのこだわりを溶かしていく。おばけやヘビなど怖いもの、クジラや動物園で見たカバなど脅威に感じたものを絵にし、自分の手で対象化することで、おそれから抜け出す……。そんな、児童の心理を知り、情操を育てるための図画教育に力が注がれていた時代の名残りを濃く感じます。
小学校のみんなが描いたのは、ネロンガ、レッドキング、カネゴンなどが力強く暴れる絵。『ウルトラマン』の世界では、怪獣は日常的に実在するわけですから、なぜ多々良島のレッドキングを街の子どもが知っているのか、と一瞬焦ります。一方で、カネゴンを知っているからにはやはり『ウルトラマン』は『ウルトラQ』の世界と地続きなのだ、とも確かめられる。ここはとにかく(おそらく科特隊が後日マスコミに発表した)ニュースなどで、怪獣の写真や想像図を見る機会はとても多かったのだと解釈しましょう。僕らだって子どもの頃は、ネッシーやイエティ、はたまたUFOや宇宙人の、どこまでホントか分からない写真や想像図を散々見てきたわけですから。
で、そのなかに、ムシバの描いたガヴァドンがいる。ほかの男子たちは、公式発表された画像をお手本にして実在の怪獣を迫力たっぷりに描き、年齢的に最も端的に自分を主張できる強さ=腕力への憧れをまっすぐ投影しています。ところがムシバの描いたガヴァドンはフニャフニャと弱々しく、てんで迫力はありません。みんなに遠慮なく笑われ、「おれってダメだなあ……」としょげてしまいます。
ほんとは、ムシバはとっても素晴らしいのです。唯一お手本なしの独創の怪獣を描いて、自分の中にあるイメージを表現し得ていたのですから。でも、あいにくそこを掬い取ってくれる大人がいなかった。やはり、開高の「裸の王様」を初めて読んだ中学生の時のショックを思い出します。「はだかの王さま」を絵にする小学生のコンクール。誰もが大人の指導で、絵本通りの王や城を描いて出品するなか、ある少年がひとりだけ参考図に頼らず、想像の赴くまま活き活きとした絵を描きました。審査する大人たちはその絵に注目しつつ、選から落とします。少年の絵が、西洋の物語なのにチョンマゲ姿という珍妙に見えるものだったからでした。読後感が鮮烈だったのは、ハンパに上手な絵を描いてみせて先生に誉められた時の落ち着かなさ(オリジナリティの無さへの自覚)を見抜かれた気がしたからでした。
今まで出現したような怪獣らしくないために笑われてしまうムシバのガヴァドン。ところがこのガヴァドンが、先述の放射線の異変によって怪獣となるのですね。クラスの友だちは感心し、「ムシバ、おめでとう」「やったな」と口々に祝福してくれます。これは、ムシバにとって誇らしい、大きな自信を得る出来事です。そして、みんなでもっとかっこいい勇ましい姿にしようとガヴァドンの姿を描き加え、色をつけます。
内気な子どもが自分の思いを絵にし、達成感を得て自信をつける。友だちと一緒により良い絵にする共同作業を通じて、積極性を身につけていく。つまり絵を描く行為が、彼の心身に長期的な良い影響を与える。このストーリーの積み立ては、図画教育の理想的プロセスと完全にシンクロしています。さっき書いた僕の小さな悩みのように、子どもの頃は絵や作文をめぐって様々なドラマが生まれます。覚えのある方はみんな、まるで自分の少年少女時代が描かれている! そんな気持ちになれる第15話です。
しかし、科学特捜隊は大人です。まさに絵に描いた餅状態で出現しても寝てばかりのガヴァドンとはいえ、巨大な怪獣が東京の真ん中でグーグーいびきをかいているだけで「我が国の経済生活をメチャクチャに打ち壊す」、その点を重要視し、攻撃を選択します。そしてハヤタ隊員も、ウルトラマンに変身せざるを得ない。
第15話は、童心が大人の都合の前で否定されるほろ苦いメルヘンとしてまず一級品なのですが、『絵を描く子どもたち』で説明されるように、児童画にはその子どもの不安定な感情がストレートに現れやすい。気弱なムシバが描いたものだったからよかったようなものの、もしも強いストレスや不安、強さへの願望で描かれた絵が実体化したら、果たしてどんな凶暴な怪獣になってしまっていたか。シナリオには、そこまでの風刺が託し込まれています。
一方でムシバが心のおもむくままに描いたもともとのガヴァドンもまた、白っぽいオタマジャクシみたいなのに、いきなり僕たちのこころの深層をまさぐるような、別の意味での脅威を感じさせます。それは同時になつかしい、神聖な畏怖さえ湛えたものです。ここまで書いたところでようやく僕は、ああそうか、エコー写真で確認された、排卵からも間もない胎児をイメージさせるからなんだ! と気付きました。ムシバの繊細な内向性、いや、子どもがみんな持つ母体への回帰願望がもろに形になっているから、かえってムシバのクラスメイトたちはムキになって笑い、からかったんだね。そうなれば、ガヴァドンが妙に『新世紀エヴァンゲリオン』の使徒に似ていることの理由まで、スルスルと掴めてくるようです。母体回帰願望は、あのアニメの重要なモチーフのひとつでした。エヴァにヒントの粉をかけていた胎児型ガヴァドン。そう考えると、けっこうな戦慄を覚えます。
その後、みんなで描き足したガヴァドンは、確かに強そうで怪獣らしくなります。子どもが母性との癒着から離れる過程で物理的な強さに憧れる、この心理的成長プロセスを、ガヴァドンの変化は見事に視覚化し得ています。しかし成獣型ガヴァドンの姿形は、皮肉にもかえって凡庸になるのでした。誰もが認める怪獣らしい絵を描くという行為は、自我が社会性に組み込まれることを意味してもいるのです。
(つづく)
( 2012.1.7 更新 )
(注)本連載の内容は著者個人の見解に基づいたものであり、円谷プロダクションの公式見解とは異なる場合があります。
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