連載第25回 放送第15話『恐怖の宇宙線』(中)
前回は、怪獣と児童画の関係について考えることに熱心になり、イデ隊員のイの字も出て来ませんでした。もうしばらく、寄り道させてもらいます。ユーミンの話が急にしたくなったのです。『ウルトラマン』の話からユーミンって……。ねえ。脱線もいいところなんですが、こういう連想のつながりこそ大事な気がするので、ちょっとお付き合いください。
第11話(連載第16回)で僕は、子どもたちが遊び場・社交場にすることができた空き地は高度経済成長期下の産物だったことを書きました。「やがて宅地になるか施設が建築される予定地。それ以前にはなく、それ以降は消える運命にあるエアポケット空間」だったと。第15話の土管置場もその延長にあるので、改めて昭和の空き地文化についてつらつら考えるうち、自然とメロディが浮かんだのがユーミンの「DOWNTOWN BOY」です。
「イデ隊員」連載休止のあいだ、本業で必要になったのをきっかけに、ユーミン=荒井/松任谷由実の主要なレコードをワッと聴き直す機会がありました。初めて聴くアルバムも何枚もありました。僕の年代にとって一番セールスが成功していた頃のユーミンは〈バブルの時代の女王〉でしたから、敬遠する期間も長かったのです。しかし虚心に聴いてみて、70年代前半から自分の世界を貫いてきたストーリーテラー(歌う脚本家という趣さえある)の、実は時代に左右されないタフな実力にずいぶんと感じ入りました。
ユーミン学習期間で、そういうことだったのか! と一番印象が変わったのが84年のヒット曲「DOWNTOWN BOY」なんですね。下町の男の子を歌った曲です。家族に反対されて破れた彼との恋を今は懐かしく思い出すの、という内容で、以前はレコードを買いつつ、〈OLの教祖〉らしい、腹の立つ歌だなーと思っていました。不良ぶってるけど純情なダウンタウン・ボーイは若い恋の相手としてはステキだけれど、結婚相手は別。こんな現実的なエゴ(80年代は若い女性が売値で捉えた自分の評価に過剰に拘った、おそろしい時代です)をうまく仕立て上げ、甘い感傷とともにファンの女性たちを自己肯定に導く、良くも悪くもユーミンの職人芸が万全に発揮された曲だと。
ところが、よく詞を吟味して聴くとそこには、自分の生きた昭和はもう終わったのだ、と哀惜とともに観照する、もののあはれが織り込まれていました。「宝島だった秘密の空地/今ではビルが建ってしまった」という、サビの前のさり気ないフレーズがまさに昭和の空き地文化の実相を体験的に捉えていたことに、最近になって気付いて感動した次第です。バブルの時代が終わると同時に失速、とはどっこいならなかった作家としての厚み。
松任谷由実は、1954年生まれ。『ウルトラマン』放送の時は、12歳です。大きな呉服屋のおしゃれな娘さんで、幼い頃から絵や音楽が好きで……そんなプロフィールのユーミンは、第11話の大人びたミエコちゃん、第15話の(名前は劇中では出てこない)おしゃまな女の子とほぼ同じ年齢なのです。彼女たちと同じようにユーミンもまた星空を眺めながら、宇宙開発競争のニュースや天体観測がブームになった時代を生きた世代です。どちらも79年に発表された「未来は霧の中に」「ジャコビニ彗星の日」のような曲を聴くと、それがよく分かります。全国区のブレイクを果たした大ヒット曲「守ってあげたい」(81)が青春ファンタジー映画『ねらわれた学園』の主題歌だったことは、ある種の必然でした。この路線は、NASAの無人惑星探査機計画をモチーフにした「VOYAGER~日付のない墓標~」(84)でいったんピークを迎えます。電池が切れる日まで宇宙を旅し続けるボイジャーの運命に表現者の矜持と孤独を投影させた、ユーミン自身の決意表明のような曲です。
60年代に少年少女だった人たちは、映画や漫画、アニメだけでなくポップスの分野でクリエイターとなっても、日常的に育んできた宇宙や未来へのロマンをモチーフにし続けているというお話でした。現時点でのユーミンの最新アルバム『ROAD SHOW』(10)にも、『ブレードランナー』のヒロインを歌った「今すぐレイチェル」が収録されています。ユーミンに加えて、「夏への扉」(80)でロバート・A・ハインラインに、「アトムの子」(91)では手塚治虫にまっすぐトリビュートを捧げた山下達郎。多彩な作風のなかに時たま怪奇/モンスター映画の記憶と執着が顔を出す桑田佳祐(サザンオールスターズ)。音楽に強い方々の手を借りてこうした第一人者たちの一面を掘り下げていけば、国内ポップスの歴史にまた違うスポットを当てられそうでおもしろいなー、と思っています。
ただ、宇宙の存在は、身近になるに従って子どもから余裕を奪った皮肉も書いておかねばなりません。ソ連が人類初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功したのは1957年。ソ連と真っ向から政治的に対立していた冷戦下のアメリカは、負けじと国を挙げて宇宙開発を急ぎ、人材育成に予算を注ぎこみました。いわゆる「スプートニク・ショック」は日本の教育現場にも飛び火し、理数科の時間割が大幅に増えることになりました。第15話のムシバたちのように放課後に自由に絵を描いたり空き地で遊んでいたら、落ちこぼれ、と呼ばれてしまう難儀な時代がまもなく到来するのです。義務教育のカリキュラムが大幅に変わった後の世代のJ-POPから、宇宙や未来の風景をなかなか見つけられなくなるのは、みなさんもよくご存じの通りです。
せっかくなので、もう少しポップスつながりの話題を。脱線が続いて恐縮ですが、ちゃんと『ウルトラマン』につなげますからね。
ちょうどこの回を書き始めている時(去年の11月中旬)、川崎市アートセンターで〈九ちゃんにあいましょう〉という坂本九生誕70年記念イベントがありまして。TBSテレビ演出部時代の実相寺昭雄が演出した1963年放送の番組『7時にあいまショー/坂本九』の上映を見てきたのです。『ウルトラマン』参加以前、歌番組を手掛けていた実相寺は、美空ひばりや倍賞千恵子の肌や唇を大写しにするなどの大胆な演出振りで、業界内に困惑気味の話題を呼んでいた……。そんな伝説の正体が、痺れるぐらいによく分かる1本でした。
今や国民ソングの「上を向いて歩こう」をはじめ、九ちゃんがヒット曲を次々と歌うレビュー構成なのですが、材木置場の空き地、仲間と集まるラーメン屋、下宿の四畳半とミュージカルのように舞台が変わり、時には「無邪気な笑顔と純情を併せ持つあなたは、今のお茶の間にちょうどよいお菓子。どうです、怒りなさい!」と挑発するナレーションが入ったり。永六輔といずみたくが、現代の人気者の天真爛漫は果たして虚像か実像かをセットの隅で対談し、九ちゃんが複雑に照れた笑顔で聞いているフェイク・ドキュメンタリー的趣向があったり。才気のカタマリのような約30分なのです。プライベートな質問に(今でいう番組ナビゲーターの)古今亭志ん朝が勝手にポンポン答えるので、九ちゃんが憤然とカメラの前に出るが、咄嗟に言葉が出ず、つい叫ぶのが「吉展ちゃんを返せ!」―当時、誘拐されたまま行方不明になって世間の関心を集めていた男児の名まで出て来るとは。総毛立つような思いがしました。これ、完全にゴダールじゃんか。
それに、穴の開いた横積みのドラム缶からこちらを覗いて笑う九ちゃんの姿は、第15話の土管の向こうで集まるムシバたちそっくりでした。向かい合う人の後頭部越しの九ちゃんなど、画面を詰めに詰めたナメの構図や、超アップと超ロングもすでに顕著。今さらのように、『ウルトラマン』の演出チームに実相寺が加わった効果の大きさを考えさせられました。
(つづく)
( 2012.1.18 更新 )
(注)本連載の内容は著者個人の見解に基づいたものであり、円谷プロダクションの公式見解とは異なる場合があります。
- 監督:監修:円谷英二, 円谷一, 実相寺昭雄, 飯島敏宏
- 出演:小林昭二, 黒部進, 二瓶正也, 石井伊吉, 桜井浩子
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Tracked on 2012/01/18(水)19:09:51
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