今週の一本
(2002 / 日本 / 田口トモロヲ)

百恵 紳之助

 19歳の時、初めてこの映画の原作を友人から借りて読んだ。
東京に出てきたばかりの学生の頃だ。筆者は映画監督を目指していた。女と付き合った経験は一度も無く、素人童貞だった。 本を読んだ感想は「なんかこの絵、ノレねー」だった。次に読んだのは23歳くらいのときだ。すでに学生ではなかった。 Vシネマの撮影現場に初めて出て、その過酷さに恐れをなし、どうしようかと思い悩んでいた時期だ。引越しの準備をしているときに、 友人から借りたままになっていたこの本が見つかった。パラパラと読み始めて、読み終わったときには感動していた。 真っ先に読ませたのが当時付き合っていた彼女だ。「こーゆー女にならなきゃ、お前も」とその彼女に言った。 彼女は困ったような呆れたような変な顔をした。筆者はそのまま現場に出続ける決心をした。その後、 25,6歳まではゴミのように働きながら、たまにこの本を手にとっては読み返していた。いつ読んでも静かに「よっしゃ……」 という気分にさせてくれる本だった。そして20代後半、 筆者はなぜかエロ本にアダルトビデオの紹介を書いたり風俗店の記事を書いたりしていた。再びあの本は読まなくなっていた。 あの本から逃げようとしたと言うほうが正しいか。だが簡単には逃げ切れなかった。

 物語の中に主人公を導くボブ・ディランが登場する。そのディランは主人公の行動全てを見ており、ここぞというときに「お前、 それでいいのか」といったふうに登場してくるのだが、この本が筆者にとってそのボブ・ディランのような存在になってしまったのだ。 常にこの本に監視され、問い掛けられている気がした。「おいおいかんべんしてくれよ。俺だって少しは大人になるんだよ」 そんな言い訳をしながら他の本とともに古本屋に売り、ディランを部屋から追い出した。 だがその久ディランが久々に顔だけちょこっと出してきやがったのだ。映画になると知った時だ。 それからというもの奴の姿を街中でチラチラと見かけるようになった。もうこれ以上は逃げ切れなかった。

 決闘でもしにいくかのような気分で映画を観に行った。こんな気分で映画を観るのは当然だが初めてだ。 一人で来ている同年代の男の人を見ると、みんな自分と同じ思いで来ているかのように見えた。

 映画が終わった。「引き分けでいーじゃん」と心の中でつぶやいた。「俺はこの映画にきっちり立ち向い、 そしてこのほぼ原作通りの映画を冷静に観ることができた。だからそこは俺の勝ち。でもちょっと見て見ぬ振りしちまった。 麻生久美子ぴったりじゃん!ホントは分かってる。分かってるけど!……俺だって頑張ってんだよ。そんな自分をさ、簡単にさ、否定はさ…… いや分かるよ、あんたの言いたいことも。言い訳だから俺のは。でもお前らマンガと映画のタッグじゃん!いや意味不明だけどさ」

 映画「アイデ&ティティ」と筆者の勝負はやや負けどころか筆者の完敗だった。この映画はやはり筆者にとって眩しかった。

 中島役の峯田和伸。「なぜラーメンズの片桐仁が中島なんだ!?」 恥ずかしながら筆者はこの峯田率いるゴーイングステディというバンドを知らなかった。 惜しまれながらも解散してしまったバンドらしいのだが、このキャスティングが大成功だった。見ていくうちに、 もう峯田はどうしようもなくあの中島なのだ。ホント「あ、中島だよ、中島!」という感じなのだ。たまらなく愛しいのだ。 その峯田をはじめ監督も脚本家もこの原作が大好きだという。 そしてこの映画には彼ら作り手たちのその原作への気持ちが深い愛情となって溢れんばかりに全篇に漂っている。 彼らは僕が目を背けてきたマンガ「アイデンアンドティティ」から目を背けずメンチを切り合っていたのだろう。 特に監督の田口トモロヲは愚直なまでにこの原作と向き合っている。冒頭の当時のバンドブームを経験した人たちへのインタビューなど、 原作にないものを作ったというより、この原作を描ききるためには絶対に必要という強い気持ちの現れだ。まさにこの映画の撮影中、 田口監督は中嶋だったのだろう。

「君が君でいる限り、私は君のことが好きだよ」今、この言葉を自分の彼女から言われて真っ向から受けきれる男が何人いる!? 少なくとも筆者の周りにはゼロだ(と思う)。自分の理想通りに生きるのは難しく苦しい。だからたいていの人はその道を避ける。 そして避けた道の中から理想をさがす。で、またその理想を避ける。また避けた道から理想をさがす・・・。 いつの間にか上記のようなセリフをヘラッと笑ってかわす人間になっている……。

 この映画は理想を克ち取った人が理想を追い求めている人に向けて作った理想の映画だ。 だから筆者にはこの映画もこの映画を作った人たちも眩しかった。そして「アイデンアンドティティ」はやはり筆者にとってのボブ・ ディランだった。きっちり戻って来やがった。来てくれてというべきか。だから今回は受けてみよう。それが筆者にとっての 「やらなきゃならないこと」……だと思いたい。やっぱ眩しい人になりたいし。

2005/04/30/18:35 | BBS | トラックバック (1)
百恵紳之助 ,今週の一本
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