(2004 / 日本 / 井口奈己)
猫のように忍び寄り……

膳場 岳人

 「学生映画みたいだなあ」という、まるで誉め言葉にならない思いを抱きながら見始めた。すべてのカットから、「本番!」 の掛け声のもと、現場スタッフが息を潜めて役者の演技を見守っている姿が想像されるような、妙な緊張感が伝わってくる。 きっとスタッフは皆若い人ばかりで、貧乏臭いなりをして、最小限の人数で撮影してるんだろうなあ――そんな、 根拠のない憶測をしてしまいそうになるほど、映画から受ける印象は質素で蒼い。人物が食事をする場面は「登場人物が食事をしている」 ことが妙に意識されるし、フィルムとフィルムの繋ぎ目は「編集を感じさせない」どころか、スプライサーの「ガチャン!」 という切断音が聞こえてきそうなくらいにぎこちない。人は、これが「誰かの手によって作られた映画」であり、「フィルムで撮られている映画」 ということをイヤでも意識してしまう。それはプロの映画作りとして如何なものであろうか? 疑念を感じながら見守るうち、 物語はいつしかほの暗い深みに歩を進めている。

 中国に留学したアベちゃん(小池栄子)の留守宅を預かるヨーコ(榎本加奈子)のもとに、幼馴染のスズ(藤田陽子) が転がり込んでくる。同棲していた恋人(西島秀俊)と喧嘩して、アパートを飛び出してきたのだ。こうして、 どこか神経質なところのあるヨーコと、のほほんとしてマイペースなスズの共同生活が始まる。彼女たちは同じ布団に眠り、同じ料理を食べ、 表面上はそれほどの不和も見られないが、厄介なことに男の趣味が似ているのだった。それが二人の関係に不協和音を奏でることになり、 やがて決定的な破局を予感させる、スリリングな一夜が訪れる――。

 その「一夜」が描かれる頃には、口を半開きにして事の次第を凝視してしまっている自分がいた。スズとヨーコが、 生じてしまった軋轢に対してどんな決着をつけるのか。物語はどんな場所に着地するのか。ハッピーエンドなのか、悲劇に終わるのか――。 その頃にはとうに気づいている。この監督は人を罠に嵌めることが大好きだということに。罠は仕掛けがシンプルであるほど、効果を発揮する。 なにも『氷の微笑』や『ワイルド・シングス』のように、二転三転するドラマツルギーを駆使せずとも、「あ、言い忘れていたけれど……」 といった白々しい風情で、ヒロイン二人の過去にまつわる、思いも寄らぬ因果を示すだけで充分だ。その瞬間、 フィルムは濃密で滑らかな質感を帯びた生命体としてスクリーンに現前するし、単にぎこちないだけと映っていたカットごとの荒い繋ぎ目が、 まるで運命の足音のように重厚な響きを轟かす。終盤映し出される曇り空が、「どうだ、参ったか」と皮肉な笑みをもらした時、(……参ったよ) と内心呟いてしまった。

 通常、多くの映画はウソを真に見せることを主眼としているので、万事が滞りなく淀みなく流れることを目指して制作される。しかし、 制作陣自ら「ハンドメイド・ムービー」と名乗っているとおり、作り手が目指したのはあくまで人肌のぬくもりを持った「手作り感覚」だ。 その狙いはかなりの程度成功しているといっていい。良くも悪くも、プロフェッショナルな映画人が作る映画とは一線を画した"純粋"な感覚が、 脚本、演出、演技、撮影、編集、そしてタイトルバック、エンドロールに主張されている。

 個人的には、この映画の目指す作りや、登場人物にはまるで共感できないが、特に共感する必要もないのが映画芸術の面白いところ。 物語の中盤ではじめて明らかにされる「三角関係」には、シナリオ技術の妙技が冴え渡るし、クライマックスとなる夜が明け、 ヨーコとスズが対峙し、爆弾が落とされ、スズの怒りが炸裂する瞬間は真に鮮烈だ。TVドラマなどで見慣れた「怒りを表わす突発的な行為」が、 あれほどの清新さでスクリーンを切り裂くとは!

 ヨーコを演じる榎本加奈子も、スズを演じる藤田陽子も、ほとんど嫌いになりそうなくらいに、リアルな佇まいを示している。 なかでもボーダフォン等のCMに出演していた藤田陽子は、不思議系というか天然系というか、深夜、 ひとりで楽しげにケーキを作ったりするような役を完璧に演じきっている。終盤にみせるフツーの下着姿が目に焼き付いて離れません。 艶やかな髪の毛もいいなあ。物語序盤で姿を消してしまう小池栄子が、「この人の名前はアベちゃんしかありえない」といった感じで、 「アベチャン」を好演している。そう言えば、無個性な好青年を演じる忍成修悟も、「三鷹クン」でしかありえない。 これまたほぼ無個性な西島秀俊も、「古田クン」しかないなあ。このネーミングセンスは的確すぎて凄い。この映画の男たちは、 ちょっと都合がいいくらい無欲なキャラクター造形をされているが、多くの女性客に受けるのは間違いなさそうだ。

 この映画は、井口奈己監督が四年の歳月をかけて完成した8mm映画『犬猫』の、セルフリメイクである。8mm版『犬猫』 はぴあフィルムフェスティバル2001で企画賞を受賞し、中野武蔵野ホールでレイトショー公開された。このたびのリメイクは、 プロデューサーが8mm版の質実を見据えた上での判断だったはず。自分の芸術を一徹に信じることが、こうした成功に繋がるという好例だ。 自主制作映画に取り組んでいる人たちよ、精進しようぜ。

(2004.11.14)

2005/04/30/19:44 | トラックバック (0)
膳場岳人
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