チューブライディング――サーフィンの魅力を伝える映像の中で、
これほど迫力と爽快感を感じさせるものはないだろう。それは恰も波が崩れ落ちる直前の一瞬から次の一瞬へ向かって、
サーフボードで"時"を切り裂いていくようなもの、と言えばよいだろうか。
チューブライディングを経験したことのあるサーファーがその体験を「感動的」と口を揃えるように、
チューブライディングには単なるサーフィンのテクニックという範疇を超えた"特別な何か"があるのかもしれない。
本作「クリスタル・ボイジャー」は、そんなチューブの魅力に取り憑かれたサーファーの一人である、ジョージ・グリノーが「波」と「自由」
をひたむきに追い求める姿を追ったセルフ・ドキュメンタリーである。サーフ映画の金字塔である「ビッグウェンズデー」
の水中映像を撮影した腕利きの水中カメラマンとして知られるグリノーだが、
本作を観ると水中撮影は単なる副職にすぎないということがよく分かる。水中撮影の仕事で得た金は全てサーフィンのために費やしているようで、
その情熱は計り知れないものがある。
なにせ彼のすることは半端じゃないのだ。彼はより高い運動性能と理想の機動性を追い求めて、「ニーボード」
という膝をついて乗る彼独自のサーフボードを開発してしまうのだが、それもただ単に「波に近い方が楽しい」
「波の上をもっと自由に動き回りたい」という単純な理由なのだから恐れ入る。まさに「好きこそものの上手」を地でいく彼の姿を見ているのは、
サーフシーン同様に実に気持ちが良いが、驚きはそこに留まらない。ニーボードで一頻り波乗りを楽しんでいた彼だったが、
サーフィンが一般大衆化され、ビーチに人が溢れるようになるや、「サーフィンは人のいないところでするに限る」という余りにも自明な、
しかし、普通は仕方ないこととして諦めるような理由から、大型クルーザーを「手作り」するという信じがたい行為に走るのだ!
ジャンク屋で使えそうな部品を調達しては、こつこつとパーツを組み上げていく彼の姿は、もはや「サーフィンバカ一代」としか呼びようがなく、
「たかが」サーフィンに向けられた彼の眼差しの深さに言葉を失うことだろう。
かくしてグリノーは誰もいない沖合の波に向かって、手製のクルーザーで旅立つのだが、本作の最大のクライマックスはここから始まる。
彼が魅せられたチューブライディングの世界が、それまで選ばれた者にしか垣間見ることの出来なかったチューブ内の情景が、
彼の背中に背負われたカメラによってひたすら映し出され続けるのである。その時間にして23分。粘り着くような波の壁と白く輝く波濤、
光芒を放ちながら現れては消えていく泡と気泡の数々……これまで見たこともないような光と海水のダイナミックな混淆が、
刻一刻と表情を変えながら画面狭しと踊り狂う脅威の映像世界が、ピンク・フロイドの"Echoes"に乗せられて繰り広げられるのだ。
この不思議な浮遊感に満ちた贅沢な時間を、ナチュラル・ハイと呼ばずしてなんと形容すべきであろうか。
筆者はこれ以上の言葉を思いつくことが出来ない。これを観た後に、本作が30年以上も前に撮影されたという事実を聞かされたなら、
驚かない者はまずいないのではないだろうか。30年の時を経て、漸く日本に上陸を果たした本作、
サーファーならば絶対に見逃せない一本であるが、サーファーでなくともこの未体験の映像世界を是非とも体感して欲しいものだ。
(2004.11.22)
主なキャスト / スタッフ
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