一切の感傷を排したハードボイルド・サウンド
アメリカン・ニュー・シネマの台頭に職人監督たちが呼応し、リアルな描写と社会性に、
等閑にされがちだった娯楽精神を加味することでうまれた数々の傑作刑事アクションの群れ。その中でも、
市民生活のゴミ箱のフタを自認するアウトロー刑事と時代の病巣の申し子たるサイコ・
キラーとの1対1のバトルを正攻法で描ききることでエポック・メイキングたりえた傑作『ダーティハリー』。そこにシフリンが添えたのは、
この時点での彼の音楽の総決算とも言えるものだった。この作品の成功に、音楽の力も多いに貢献している。
軋むような不協和音に、ダルでルード…という形容も当てはまらない、一切の感傷を排したハードボイルドな女声コーラスがかぶり、
鋭いパーカッションとうねるベースが"穢れたハリー"の捜査活動を彩る。ハリーなじみのホットドッグ屋や、場末のバーでかかるポップ・
ミュージックまで、シフリンは自ら書き下ろし、作品のスタイリッシュなトーンを纏め上げていく。レッド・ツェッペリンの「移民の歌」
を思わせるギター・リフに前述の女声コーラスが絡む殺人鬼"サソリ"関連のテーマのグルーヴィーな味わいや、
乾いた詩情が漂うエンディングのエレクトリック・ピアノの旋律には、映画の添え物を越えた"音楽の力"を感じられるはずだ。
映画自体がひとつの頂点を極めた結果、シーゲルとイーストウッドのコンビ作は、79年の『アルカトラズからの脱出』
まで空白を持つことになり、イーストウッド主演作にシフリンの音楽が添えられるのも『ダーティハリー』直後の『シノーラ』
でいったん終止符が打たれる。だが、その後シリーズ化された『ダーティハリー』には、『~3』を除き、
つねにシフリンの音楽が寄り添うことになる。
自らの裏返しのような自警団を組織し、殺戮を繰り返す若手警官たちとハリーが対峙する『~2』では第一作の音楽的要素を引き継ぎつつ、
ブラス・セクションを参入させることでより迫力のある音を紡ぎだし、折からのブラック・
ムービーの勃興に対応したようなよりファンキーかつソウルフルなスコアで聞かせる。特に、
真っ赤な背景にハリーが握る44マグナムが延々と映し出されるメイン・タイトルにかかる、
第一作の"サソリのテーマ"の発展系のようなメインタイトルは(淀長センセの解説付きで、頻繁にテレビ放送されたこともあり)
印象に残っている人が多いのではないだろうか。また、あえて前作の悪党のテーマをメイン・タイトルに発展させたのは、
作品自体が第一作に寄せられた批判に対する答えであったことに呼応する音楽設計ともとれ、興味深い(ちなみに、『~2』
の原題は"Magnum Force"といい、ハリーの愛する"マグナムの威力"とも、対峙する敵を示す"マグナム軍団"とも解釈できる、
御大好みのテーマ=モラルの曖昧さを示唆するものとなっている)。
『~3』から7年の間を置き、80年代なかばに突如御大自らの監督作品として世に問われた『~4』にシフリンが提供したのは、
初期2作に自らが提供した音楽の80年型アップデイト・ヴァージョン。いきなりのスクラッチの導入に、
佐野元春や角松敏生がヒップホップのニューミュージックへの導入に血道を上げた時代の空気を感じるが、そのデジタルで冷ややかな音創りは、
御大の好む"光と闇"の演出に一役買う効果をあげていた。エンディングを飾るロバータ・フラックのバラード「永遠の想いを」のメロディは、
初期2作のエンディングを飾ったエレクトリック・ピアノの旋律をベースにしており、長年のファンには感涙モノだった。この傾向は、『~5』
にも引き継がれ、作品自体がファン・サーヴィスの意味合いもあったのだが、幾分レイドバックされた本編を見事に引き締め、
爆弾搭載のラジコンカーと実車のカーチェイスなど次々と繰り出される冗談のようなシチュエーションにも迫力を持たせていた。
ちなみに、5本を数えるヒット・シリーズでありながら、『ダーティハリー』の音楽はなかなかリリースにつながらず、
辛うじて各作のメインタイトルが映画音楽のコンピレーションに収録されたり、シングル・リリースされるにとどまるという状況が続いていた
(同時期の、やはりシフリン作ということで『~2』と『燃えよドラゴン』
のカップリングという豪華二本立てならぬ無茶苦茶なシングルも存在している)。『~4』の公開時に、
やっとシリーズの1作目から4作目までのサントラを集めたコンピレーションLPがリリースされ、ファンは溜飲をさげたものだ。現在では、
シフリン自らが主催するAlephレーベルからコンピレーション『DIRTY HARRY ANTHOLOGY』がリリースされており、
主要な楽曲が聴けるようになっている。(ただ、LPには収録されていた「ワイルドバンチ」「ガントレット」などで著名なジェリー・
フィールディングが手がけた『~3』関連曲や、前述の「永遠の思いを」、またLP発売後に発表された『~5』
の音楽は版権の関係か収録されていない…)。また、2004年にはやはりAlephレーベルから第一作の音源を完全収録した待望のフルアルバムが発売されている。
なお、うれしいことにAlephからは『~2』『~3』の完全版の発売も予告されている(!)。
その後も、シフリンは、ドン・シーゲルとのコラボレーションを続け、『突破口!』『テレフォン』等の傑作をモノにしている。
80年代のアクション映画の衰退後は、ショーもないホラーや、『スティング2』
のような誰も喜ばない続編仕事で手堅く仕事をこなすにとどまり、CTIやVERVEからの本人名義のジャズ/フュージョン・
アルバムに力点を置いた活動を続け、前述の自らのレーベルAlephの設立後、うれしい発掘、再発などを続けている。だが、近年は久々に
『ラッシュアワー』シリーズという快作サントラをはなち、ジャッキー世代のアクション映画好きを喜ばせた。
Alephからの発掘ももちろんだが、新作も楽しみに待ちたい。
それにしても、改めてカウントしてみるとわずかな本数であったが、イーストウッド主演作においてシフリンの音楽は大きな成果をあげ、
一部の世代にとっては欠くべかざるものとして記憶されている。情熱、クール、頽廃…観客が御大に期待するもの、
全てが詰まっていたような音をこの時期紡いでいたのがシフリンというのは言いすぎだろうか。いや、同意して欲しくて書いているんだけどさ。
また、そこから御大がえた影響も多大にあったと推察される。シフリンとの蜜月を経て、イーストウッドは元来有していた音楽への興味、
才能を寄り広く発揮していく。そこにも多いに聴きどころがある。次回は、シフリン以降のイーストウッド作品に寄り添った音楽について、
さらに勢いよく筆を滑らせてみたい。
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