脳内i-pod・サウンドトラックコーナー繁忙記
第五回 / ガントレット
クリント・イーストウッドに捧げる音シリーズ
クールに際立つジェリー・フィールディングの世界

佐藤 洋笑

ガントレット クリント・イーストウッド御大がモノ好きな人なのは、よく知っていた。
例えば『恐怖のメロディ』における、やたらとリキの入ったダレ場がその一例だろう。

 ――ダレ場とは、ドラマのクライマックス直前で、客の緊張をほぐすため、あえて脱線してみせるという、 1960年代くらいまでは頻繁に見られた芸当だ。『ゴジラの逆襲』にて、一度は撃退したはずのゴジラが再び! という緊迫感あふれる展開の前に、センス・オブ・ワンダーのかけらもない宴会が繰り広げられていたことを想起してみよう――

 わけもなく、女が怖い怖い怖いという病的な疾走感と〝ミケランジェロ・アントニオーニか?〟 と突っ込みたくなる決まりまくった構図に自らの長身をあてがいさらに悦に入る御大の陶酔が極めて味わい深い『恐怖のメロディ』のダレ場とは、 往年のモンタレー・ジャズ・フェスティバルのエキサイティングな映像。

 主人公をDJ――躍らせるのではなく、ラジオという微妙な媒体を通して語りかけ、音楽に聞き入らせる存在として設定し、 ストーキングの対象にすることで、男と女の間に生まれた異常な思い込みをより鮮烈にするためのクールで的確な判断。だが―― あの長々としたジャズのドキュメントは、完全に趣味だね、設定を利用した。

 ドン・シーゲル/ラロ・シフリンとのコラボレーションから新たな道に踏み出した後、彼の音楽趣味はよりはっきりと打ち出され、 彼の監督作の重要なファクターとなっていく。

 『恐怖のメロディ』『荒野のストレンジャー』に続き、本人は出演せず、中年男と少女との繊細な邂逅を描いた『愛のそよ風(原題: Breezy)』では、ミシェル・ルグランが起用された。御大の出演がなかったことで、日本ではTV公開のみにとどまった作品だが、 当時発売されたサントラ盤LP(米/MCA/MCA-384)は、御大とルグランの趣味がバシっとはまったグルーヴィーなジャズ (特に2曲目のRockin'Chairがイイ!)を収録してることもアリ、今となっては懐かしの渋谷系/ サバービアのラインでも高く評価された逸品だ。ルグラン自身が歌う挿入歌のセンシティヴな味わいもすばらしい。長いこと廃盤、 というか日本盤は一度も発売されていないはずなので、知る人ぞ知る状態だろうが、より多くの人に聞いてほしい一枚だ。私? LPで所有してます。端っこに安売りの対象となったことを示す無残なドリル穴つきのカット盤ですが…

 一転してジェームズ・ボンド風のインテリ・スパイを御大が演じる大作『アイガー・サンクション』には、あのジョン・ウィリアムスが登板。 雪深い山岳を舞台にした冒険譚に、哀愁を帯びたメロディのテーマを設定し、それを手を変え、品を変え、多種多様なアレンジで聴かせる。 いうまでもない、彼の(モノ好きにとっての)代表作『ロング・グッドバイ』 にも通じる繊細かつ大胆な仕事ぶりで大味になりかけた映画に妙味を加えた。現在の大型オーケストラを華麗に引き連れる彼の姿もよろしいが、 このころの仕事ぶりも思い出してほしいと思うのは私だけではあるまい。

 続く『アウトロー』で御大と組んだのはジェリー・フィールディング。『メカニック』『チャトズ・ランド』で男気監督マイケル・ ウィナーとともに、チャールズ・ブロンソン原理主義者を増産した硬骨漢であり、『がんばれ!ベアーズ』でぬくもりあるスコアを提供した男だ。 40年代から50年代に、数多のビッグ・バンドのプレイヤーとして過ごしてきた彼は、むしろ当時としてはオールド・スタイルとも思える、 ウェスタン、カントリー、 そしてスィングするジャズといった伝統的なポップスをベースに緻密にオーケストレーションしたスコアで攻める作曲家であった。その持ち味は 『ワイルドバンチ』『わらの犬』『ガルシアの首』『キラー・エリート』などのサム・ペキンパー監督の諸作品で存分に発揮されている。 『ワイルドバンチ』の凄惨な場面に添えられる繊細な旋律の生むコントラプンクトの味わい。ラロ・ シフリンにも通じる決定的な場面へ導くまでのスリルを盛り上げることに重点を置き、 主役は映像であることを忘れない堅実な仕事ぶりは多くの人の印象に残っていることだろう。それは、ペキンパー節が大いに空回りしてしまった 『キラー・エリート』でも貫かれた、音楽家フィールディングのジェントルなマナーである。

 そのマナーは『アウトロー』でも発揮され、南北戦争時代の西部を冷たくも美しく活写し、 そこで復讐に燃える御大の姿をより鮮烈なものにした。この映画で、 フィールディングは自身としては3度目となるアカデミー賞ノミネートを果たしている。また、彼と出会うことで、 音楽面では様々に可能性を広げていった御大がひとつのスタイルを得ることになる。

 その証明のように、続く『ダーティハリー3(監督:ジェームズ・ファーゴ)』には従来シリーズを手がけたラロ・ シフリンに変わって音楽を担当。シフリンのロック的ビートとは違うスィング感あふれるジャズで軽快にハリーの活躍を彩った。また、 若手の婦人警官とコンビを組むという新機軸に応じるように、繊細でリリカルなメロディも随所に添えている、プロの仕事だ。

 この二人のコラボレーションのひとつの頂点が『ガントレット』だ。証人として喚問される娼婦(ソンドラ・ロック) の護衛を任せられた田舎町のさえない警官=イーストウッドが、追っ手から逃げて逃げて逃げまくる、イーストウッド・ アクションの円熟期の傑作だ。

 フィールディングはかなりのインプロビゼーションをプレイヤーたちに許容したジャズ・スコアを提供。メイン・ タイトルとラストに流れるスロー・テンポの「汚れた街の夜が明けて」の派手な撃ち合いの前兆のようなクールなトランペットはジョン・ ファディス、実にいい味を出している。アート・ペッパー、リー・リトナーの活躍も聴き逃せない。おお、ニック・デカロ『イタリアン・ グラフティ』などのシティ・ポップ~AOR 仕事も印象深いバド・シャンクまで参加しとるではないか! アクション・ シーンでのダイナミックだが、クールなタッチは彼らプレイヤーの力も大きいだろう。こんな贅沢な音楽とともに進行する、二人の逃走劇。 それこそ、追い詰めさせたら天下一品の役者である御大からこんなにも逃げる姿の魅力を引き出せたのは、『ゲッタウェイ』 などの諸作で数多の逃亡者(の逃走と反撃) を描いてきたペキンパーのもとでフィールディングが磨いてきたセンスのたまものだろう(註)。 ――クライマックス、二人の乗るバスが警官隊に包囲され無茶苦茶に銃弾を打ち込まれるシーンの、迫力と冗談がない交ぜになって、 行き着く果てに現出するリアリティ・ゼロ地帯のカタルシスはとにかく体感してほしい。余談になりますが、 この銃弾くらいつつ特攻をかけるバスorトラックっつーのは、石原プロがよくテレビでやってましたなぁ…あのころのテレビは熱かった。

 こうして新たな音楽的パートナーを得た御大が満を持して放ったドン・シーゲルとの最後のコラボレーション『アルカトラズからの脱出』 にもフィールディングは登板。そのクールな肌触りは今も、あの青みがかった映像と相まって強烈な印象を残す。しかし、 残念なことに1980年のフィールディングの急死により、二人のコラボレーションは終結を迎える。

 これまで綴ってきたとおり、フィールディングの音楽に、今音盤として触れることができるのは極少数である。往時より、 リリースに恵まれない作家ではあったが、それに反するように映画音楽好きの評価は高い。彼が参加した映画を体験することで、 今一度彼の功績を思い起こしてほしい。

 さて、重要なパートナーを失ったまま、80年代を迎えることになった御大だが、 フィールディングとの仕事はそこを乗り切るための重要な鍵を残していた。そして、その80年代、御大はその作家性をより強く発揮していく。

 その過程は、それまでフィールディングを脇で支えた有能なアシスタントでありアレンジャー、レニー・ ニーハウスが御大の監督作の音楽担当に昇進し、頭角を現す過程ともシンクロしているものである。それについてはまた別の話ということで――。


筆者註:『ゲッタウェイ』 の音楽は当初フィールディングが担当し、自身が最高傑作と公言する音楽も完成していたが、主演=スティーヴ・ マックィーンがこれを拒絶した。結果、完成作品で聴ける音楽はクィンシー・ジョーンズが担当している。この件に関して、 ペキンパー監督はフィールディングの協力があってこそこ『ゲッタウェイ』が完成した旨を発言し、 そのことを記載した広告を出稿するなど、フィールディングへの謝辞と受け止めていい行動を起こしている。なお、 筆者は現在鑑賞することが出来る『ゲッタウェイ』を心底愛しているが、フィールディングの音楽が、 当初の意図通りに添えられたヴァージョンも観たくてたまらない。噂に名高い別ヴァージョン・エンディング以上に。

2005/07/18/16:40 | トラックバック (4)
佐藤洋笑 ,脳内i-pod
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