今週の一本
(2005 / 日本 / 田尻裕司)
平沢里菜子に魅入られる夏

膳場 岳人

 この映画は、第二回ピンクシナリオ大賞入選作、『ヒモのひろし』(作・守屋文雄)の映像化作品である。ピンクシナリオ大賞とは、 国映が主催するピンク映画作品用のシナリオコンクールで、世評の高かった『不倫団地 かなしいイロやねん』(堀禎一監督、公開済み) もその回の佳作受賞作の映像化作品だ。本作の監督は田尻裕司。神代辰巳監督の遺作『インモラル』に助監督として参加した後、『OLの愛汁 (ラブジュース)』という、映画史上に残る恋愛映画の名作でデビュー。現在に至るまで『不倫する人妻~眩暈』『淫らな唇~痙攣』 といった秀作を撮り続けている名手である。どちらかというとシリアスなタッチで女性の心理に肉薄してきた技巧派の監督だが、 いまは作風の幅を広げようとしている時期なのだろう。11月19日に公開となる最新作は、前田亜季(!)が妊婦(!)を演じるホラー(!)、 『孕み~白い恐怖』だし、本作は"コオロギ相撲"をモチーフとしたコメディである。

 シングルマザーのはるか(平沢里菜子)は、郵便局に勤めながら一人息子の雄一郎を育てている。そこに転がり込んできたひろし(吉岡睦雄) は、近所のオッサンたち(伊藤猛、小林節、川屋せっちん)が夢中になっている"コオロギ相撲"に魅入られ、ついには「横綱」 と呼ばれる大物の安西(佐野和宏)と対決することに。だが、ひろしがコオロギ相撲にのめり込むのを快く思わないはるかは一計を案じ……。

 というお話だが、そこにはるかの前の彼氏やその恋人らが絡み、何やかにやとあちこち寄り道をして、結局はコオロギ相撲の話は遠景へ。 『ロッキー』みたいなコオロギ同士の白熱した戦いを見たいわけではないので、そのこと自体に不満はないのだけれど、「笑い」 という観点からも、人間ドラマとしても、どことなく不足感が付きまとって、 田尻監督の映画がつねに与えてくれる深い満足感は今回それほど得られなかった。というのが正直な感想ではある。

 とはいえ、タイトルロールの「ヒモのひろし」を演じる吉岡睦雄(『たまもの』の郵便局員の兄ちゃんだ) がパワフルな演技で映画をぐいぐいと引っ張って行くので退屈したり弛緩するということはまったくない。逆立てた髪型といい、 派手に移り変わる表情といい、憎めないヒモ役を完全に自分のものにしている。ラストにひろしは、 分かったような分からないような奇跡の逆転劇をかますのだが、(まあ、この男ならなんでもアリか……) と脱力感とともに思わせる不思議な説得力は、役者・吉岡睦雄の力だろう。

 もっとも、この映画はヒロインである平沢里菜子のものだ。彼女は、いまおかしんじ監督の『援助交際物語 シタがる女たち』 で漫画家を目指しながら援助交際をする女をそつなく演じ、鮮やかな印象を残した。小沢真珠そっくりのこの女優さんは、 すらりとした肢体に眩しいほどの白い肌、濁りのないまなざしに力のある美人。彼女が画面に映っているだけで、 筆者などはぽかんと口を開けて見入ってしまった。ピンク映画のヒロインゆえ、およそ貞操観念というものに欠けているのはご愛嬌だが、 やや険のあるきつい顔立ちに、生い立ちや家庭生活の不幸を想像させる幽かな陰があり、いいようもなく暗い欲情を掻き立てるのだ。 痛々しい状況に置かれれば置かれるほど、惨いものを秘めた眼光が冴えてきて美しくなるのではないか。いや、 これはそういう映画ではないのだが。

 こんなことばかり書いていると、ポルノ的な目でしか映画を見ていないのかと非難されそうだが、女優の顔立ちや肉体の美醜は、 ピンク映画のみならずあらゆる映画において重要事項。そしてこの映画の平沢里菜子は、 チビTシャツにミニスカートの軽装が夏の景色によく映えていて、映画をひときわ魅力的なものにしているのである。難をいえば、 一日の話というわけでもないのに始終ずっと同じ衣装を着けていること。せっかくスタイルの良い女優なのだから、 もっと色々な衣装で楽しませてくれてもいいのではないかという気はしました。もっとも、 これはラストの喪服を際立たせるための計算なのかもしれないが。

 脇を固める役者さんたちが粒揃いだ。「ピンク四天王」の一人、佐野和宏監督がコオロギ相撲の「横綱」を演じていて、 出番は短いがハードボイルドな味わいで印象に残る。喫茶店店主を演じる伊藤猛も、 ひょろひょろと長い手足を生かした衣装によって容貌魁偉に磨きをかけた印象。 それから筆者が個人的に大好きな藍山みなみが小さな役で出ている。ブラジャーを頭上で振り回しながら、 裸で波打ち際を駆けて来るという冗談みたいなショットがあり、そのときの溌剌とした笑顔がすこぶる可愛らしい。 以前にくらべ体つきがいささかふくよかになっているが、それはそれで肉感的。 またまたぽかーんと口を開けっ放しにしてスクリーンを見つめてしまう筆者なのでした。ただ、 彼女が墓場で平沢里菜子と繰り広げるレズシーンなんて、もっともっとねちっこく撮って欲しかったという気はするなあ。 この組み合わせは相当レアだと思う。あくまで個人的にだが。

 ひろしとはるかがバス停に降り立ったときの切りかえし、安西の屋敷で、縁側にずらりと蚊取り線香が横一列に並んだショット、 夏の河原に卒塔婆を立て、喪服姿の一団が静かに佇むロングショットなど、いつもながら映像センスは冴え渡っている。 新しい地平を切り開こうとする田尻監督が、今後いかなる作品世界を展開するのか。そして平沢里菜子がいかなる活躍を見せるのか。 何かと期待を持たせてくれる作品である。

(2005.10.10)

2005/10/10/07:05 | トラックバック (0)
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