小林悟監督『肉体の市場』(62)を第1号としてスタートしたピンク映画は、当初、 年間100本だった制作本数が、わずか数年で200本へと飛躍的に増加。60年代後半には学生運動の気運の高まりと連動する形で、 「政治と性」を主題としたまがまがしい作品の一群を世に送り出す。その代表的存在が若松孝二監督だ。 彼が率いる若松プロには大和屋竺、足立正生、沖島勲、小水一男といった鬼才が結集し、 政治的な議論と暴力とセックスがごちゃまぜになった過激な作品を次々と発表。『現代好色伝 テロルの季節』(69) では吉澤健が成田空港を爆破するし、『性賊〈セックス・ジャック〉』(70)では主人公を演じる秋山未知汚(道男) が首相暗殺をやり遂げ、しまいには日本の「象徴」の抹殺に向かう。ピンク映画は、 今では考えられないほど過激で攻撃的な表現を可能にしてきたのである。
そして2005年。『花井さちこの華麗な生涯』は、ブッシュ大統領や朝鮮半島の問題を物語の主軸に据え、 21世紀の現実社会と密接にリンクした過激な物語を展開する……。
……と、仰々しく書き出してはみたものの、 実際のところこの作品が目指すのはナンセンスなコメディであり、現実世界のパロディだ。 いわゆる政治的なメッセージを打ち出すことは周到に回避されている、というより放棄されている。とりあえずは 「ブッシュ大統領の指のレプリカ」を巡る、お色気あり、活劇ありのコメディと位置づけることで自らを納得させるほかないのだが、 ただそれだけの無邪気な作品ならば、改めて「ピンク映画が本来もっている可能性」といったことに思いを馳せることはなかったはず。 言い添えておくとこの映画は04年にピンク映画として製作されたが、今回ポレポレ東中野で上映されるのは、90分の「インターナショナル・ バージョン」である。
映画のヒロインはイメクラ嬢の花井さちこ(黒田エミ)。発砲事件に巻き込まれて頭に銃弾を喰らい、突如、 天才的な頭脳をもつように。彼女を追う某国の殺し屋(伊藤猛)は、いつしか彼女に心惹かれて――。
押井守の映画さながらに、古今東西の哲学者や、チョムスキー、スーザン・ ソンダグといった現代を代表する知識人の名前や言説がポンポン飛び交うものの、それが映画の内容には決して深いかかわりをもたない。 しかしである。アメリカがありもしない大量破壊兵器を「ある」と言い張ってイラク侵攻をやってのけた時、いったいどれだけの「言説」 がブッシュやネオコンのアホどもに影響をもたらしただろうか。着々と進行する悲劇の周辺を、塵や芥のように、 ふわふわと無責任に舞っていただけではなかったか……。
……といったことまで考えさせる映画ではないが、クライマックスで「デウス・エクス・マキーナ」 が皮肉な役回りで登場する場面には奇妙なリアリティが漂っている。『マトリックス』シリーズのラストにも登場したこの「機械仕掛けの神」は、 本来「錯綜したプロットを強引に解決に導く存在」という役を任じている。現実世界の、ほとんど正気とも思えないような混乱を解決に導くには、 かくのごとき強引な存在(神)によるきっぱりとした断罪が必要なのかもしれない。この映画は、この世の未来に何ひとつ期待していない。
いわゆる「緊張感」や「リズム感」を徹底的に排除し、「手際の良さ」だとか「省略の見事さ」 といった映画評にありがちな形容を頑迷なまでにはね付ける映画である。それは映画としての欠点だと指摘されても致し方ないものであり、 全体的なチープさも相俟って、なんとも危うい位置に立つ映画であることも事実。それでも、ここには「表現の自由」 を信じるアグレッシブな魂があると思いたい。そうでなければ、「ブッシュ大統領の指」が日本のイメクラ嬢を快楽の絶頂に導く、 なんて場面が映画史に刻まれるはずがないではないか。
小説に「石原慎太郎を殺すために記す」というタイトルをつけることすらタブーとされてしまう世の中だ。 ピンク映画にのみ可能な表現はいくらでもある。そんなことを強く思わせる作品である。
(2005.11.25)
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